富田長繁 ~越前の狂犬、越前国を大混乱に陥れた狂人か

富田長繁 ~越前の狂犬、越前国を大混乱に陥れた狂人か

 富田長繁とは戦国時代の武将。越前朝倉氏の家臣。
 後にこれを裏切り織田信長に下り、主家滅亡後の越前国にて大混乱を巻き起こし、最期は味方に裏切られて命を落とした人物として知られてる。

富田長繁(とだ ながしげ)
生年1551年(天文21年)
没年1574年(天正3年2月18日)
別名長秀
通称:弥六郎
主君朝倉義景織田信長
父:富田吉順
庄左衛門

富田長繁とは

由羅
由羅
出た! 越前の狂犬!
……巷ではそんな風にも呼ばれているみたいだね。富田長繁は朝倉家の家臣だけど、家臣時代よりもむしろ、主家滅亡後の活躍? だか暴走の方が有名な人物だよ
イリス
イリス
由羅
由羅
戦国時代の越前のバーサーカーだものね!
……否定はしないけれど
イリス
イリス

朝倉家臣時代

長繁の出自

 長繁はまず越前国の戦国大名・朝倉義景に仕えた。
 その出自は出雲国で、越前国に来て義景に仕えたとされている。

でもどうやら長繁の父親と考えられている富田吉順は越前国の南条郡にすでに所領を持っていたので、何代か前にすでに移り住んでいたみたい
イリス
イリス
由羅
由羅
じゃあ出雲国から来たっていうのは?
真偽はわからない。富田氏が出雲国出身、というのはそうなのかもしれないけれどね
イリス
イリス
由羅
由羅
ふ~ん。ちなみに名字の「富田」は、「とだ」もしくは「とんだ」って読むんだって
この記事では「とだ」で統一するから
イリス
イリス

主家滅亡

 朝倉氏はこの頃織田信長と争っており、長繁の名前が初めて出てくるのは1570年(元亀元年)で、信長のの越前侵攻に際してである。
 その後1572年(元亀3年)に朝倉を見限り、織田に寝返ることになる。
 この時に寝返った朝倉家臣の者は多く、前波吉継、毛屋猪介、戸田与次郎などがいた。

 そして朝倉氏が1573年(天正元年)に滅ぼされると、長繁は越前府中の領主に任じられることになる。

由羅
由羅
敗色濃厚な朝倉家を早々に見限って、ちゃっかりと領地を安堵されたってわけね
不忠に聞こえるけど、この時代じゃ珍しいことじゃないし、それも一つの生き方だよ。朝倉氏7代目の朝倉孝景だって、裏切りを繰り返して越前一国を手に入れたんだから
イリス
イリス
由羅
由羅
そうだね。それに寝返った後の織田家では、けっこう活躍していたみたいだし。長島一向一揆なんかでもさりげなく奮戦しているものね。でも長繁が暴走するのはここからなんだよ!

桂田長俊との抗争

 朝倉家が滅亡すると、桂田長俊が越前守護代に、そして長繁が府中領主に任命された。
 この後で、第二次長島攻に従軍して戦功をあげている。

こうして越前国で所領を得た長繁だけど、桂田長俊との待遇の差に不満を募らせていくの
イリス
イリス
由羅
由羅
桂田長俊って前波吉継のことだよね? 主家滅亡後に名前を変えたんだ
けっこうみんな変えているよ。朝倉景建は安居景建に、朝倉景鏡は土橋信鏡に……みたいな感じで
イリス
イリス
由羅
由羅
朝倉の名前は捨てる……ってことかな。それはともかく、どうして長繁は不満だったの?
ほんの少し、長俊の方が早く織田に寝返っただけで、守護代になってしまったから
イリス
イリス
由羅
由羅
……それだけで?
……一番最初に名乗りを上げた者が、一番目立って功が大きくなるものだよ。小山評定の時の、山内一豊みたいな感じかな
イリス
イリス
由羅
由羅
なるほど
まあ、長繁はこの時とても若かったし、でも長俊はすでに朝倉家の重臣の一人だったから、その辺りの差もあったとは思うけどね
イリス
イリス
 長繁の最初の標的になったのは桂田長俊(前波吉継)だった。
 長繁が長俊に不満を持つ一方で、長俊もまた長繁に知行を与えすぎであるとか、府中領主になったことに対して批判するような訴えを起こしていたようで、当然両者の仲は険悪なものになっていく。
由羅
由羅
この二人がぶつかるのは自然な流れだったわけだね
 桂田長俊は越前国で圧政を敷き、その悪政に不満を持たれていた。
 そこでそんな民衆を長繁は扇動して、土一揆を引き起こすことになる。その数3万3000人。
由羅
由羅
3万3千って。ちょっと扇動され過ぎじゃないの?
この時代の一揆は凄まじいから。でもこんなもので驚いていたら駄目だよ。まだまだ続くんだから
イリス
イリス
由羅
由羅
はあ……。何にしろ、こんな大軍相手じゃどうしようもないね
 長繁が引き起こした一揆に対し、桂田長俊に対抗できるすべはなく、長俊自身やその家族は殺害されることになった。
長俊はこの頃一乗谷に住んでいたから、この一揆がとどめになって一乗谷は完全に荒廃。それから何百年も埋もれていくことになるの
イリス
イリス
由羅
由羅
でもそのおかげで現代になって、一乗谷朝倉氏遺跡として良好な保存状態の遺跡が現存しているんだよね

長繁の暴走

 桂田長俊を討ち取ったことで、越前国は一時的に長繁の支配するところとなる。
 勢いに乗った長繁は、織田家より代官として派遣されていた木下祐久・津田元嘉・三沢秀次を襲撃。
 彼らは絶体絶命の危機に立たされたものの、朝倉家旧臣である安居景健(朝倉景建)と朝倉景胤の説得により、九死に一生を得ることになる。

 しかし長繁は止まらずに矛先を変え、かつての同僚である朝倉家旧臣の一人、魚住景固を朝食に誘って彼の息子もろとも斬殺。
 その勢いのまま魚住氏の居城に攻め込み、魚住氏を滅ぼしてしまう。

由羅
由羅
このあたりの長繁の行動は意味不明なんだよね
魚住景固のことを警戒していたみたい。景固は同じ朝倉家臣で、主家滅亡前に信長に降伏して道案内などをして、本領安堵されているの。でも性格は穏やかで仁者だったらしく、民には慕われていたものだから……
イリス
イリス
由羅
由羅
そんな人気のある人物だったから、警戒してやっちゃったわけね
でもこれは当然大失態だよ
イリス
イリス
 桂田長俊と違い、魚住景固は仁者として慕われていたこともあって、一揆の矛先が向けられるような人物ではなかったのである。
 しかし長繁が傍目には何の理由も無く魚住氏を滅ぼしたことで民心を失い、かつての朝倉家旧臣の者は警戒して誰も寄ってこなくなったのだった。
由羅
由羅
扇動した一揆には見限られて、長繁は孤立していくことになるんだね

一揆との戦い

 混乱した越前国を一時的にとはいえ支配下におさめた長繁は、その支配権確立のために色々政策を行い民心を得ようとするもののがうまくいかず、それどころか先に自身が扇動した一揆勢を敵に回す羽目になってしまう。
 この一揆勢は加賀国にいた七里頼周を呼び寄せ、土一揆だったものは一向一揆に進展。越前のいたるところで決起し、越前は大混乱に陥った。

 標的とされた長繁も一揆勢に包囲される。その数14万。

由羅
由羅
14万~!?
だから3万くらいで驚いていたら駄目だって言ったでしょ?
イリス
イリス
由羅
由羅
でも14万って……。今から天下分け目の一大決戦でもするのかって勢いだよね
ちなみに永正3年の一向一揆による越前侵攻の際の一揆勢の兵力は30万だから。14万なんてまだまだだよ
イリス
イリス
由羅
由羅
はあ……。なんかもう、凄いとしか言いようがないよね。ところで迎え撃つ長繁の兵力は?
700だよ
イリス
イリス
由羅
由羅
勝てるわけないよねえ……普通なら。でも
 窮地に立たされた長繁ではあったが、このまま一揆の好きなようにさせるのは無念、と決死の覚悟で突撃を敢行。
 府中にもっとも近い位置に布陣していた2万の一揆勢に突撃し、その一角を打ち破って壊走させ、さらに執拗に追撃して2,000以上の首をとったという。
由羅
由羅
勝っちゃったんだよね
そうだよ
イリス
イリス
 これによって勢いを取り戻した長繁は即座に次の手を打つ。
 一向宗、つまり本願寺と仲の悪い真宗三門徒派を懐柔し、6,500人の兵力増員に成功。しかしまだまだ兵力では圧倒的不利な状況には変わりなかったものの、府中から北ノ庄に向けて進軍。
 鯖江を抜き、浅水付近にて一揆勢と決戦に及び、烏合の衆でしかない一揆勢に対して有利に戦局を維持。そのまま勢いで押し勝ち、大勝利した。
由羅
由羅
ものすごい戦上手だったんだね
猛将の類だけど、もし朝倉家の家臣としてその能力を振るっていたら、大勢は変わらずとも信長も苦戦したかもしれないね
イリス
イリス
由羅
由羅
そうだね。でも頭がちょっと……なんだよね。この後の行動も意味不明だし

長繁の死

 大勝利した長繁は止まることなく勢いのまま、傍観に徹していた安居景健と朝倉景胤へと襲い掛かった。

由羅
由羅
どうしてあちこちに喧嘩をふっかけるのかなあ、このひとは
邪魔者は消せ、だよ
イリス
イリス
由羅
由羅
イリスが言うと怖いけど。でもこんなことを続けていたら……
 この戦は全く休まずの強行軍であり、絶倫な長繁はともかくとして、それに従う兵の方は耐えられるものではなかった。
 そのため攻め切れず、いったん兵を引くも、しかし翌日には再度突撃を敢行する有様だったという。

 このような無茶に、ついに不満が爆発した。
 この合戦中に味方である小林良隆によって背後から鉄砲で射殺。
 首を取られたのだった。享年24。

由羅
由羅
花火のような人生だよね
はた迷惑な、だけど
イリス
イリス
由羅
由羅
長繁は樊噲が勇にも過たりとか言われるほどの武将だったんだけど、人心を得る力は全く無く、こういう結果になったんだよね。ちなみに樊噲というのは前漢の猛将の名前だよ
とにかく長繁の行動により越前国は混乱し、加賀国に続いて一向一揆の支配する国になってしまうの
イリス
イリス
由羅
由羅
まさに戦国時代、だね。戦死した長繁だけど、福井県鯖江市の歯塚大権現に供養塔が残っているんだって

富田長繁 関係年表

 1551年 富田吉順の子として誕生。
 1570年 織田信長の越前侵攻に対して出陣。
 1572年 織田軍に寝返り。
 1573年 朝倉家滅亡。
     府中領主に任じられる。
     長島一向一揆攻めに従軍。
 1574年 越前にて土一揆を扇動。桂田長俊を殺害。
     魚住景固を殺害。鳥羽野城攻め。
     一向一揆14万を破る。
     長泉寺山の砦を攻める。
     小林吉隆に裏切られ、討死。享年24。