城郭・神社・仏閣

福井県の御城印

 福井県で収集することのできる御城印について紹介。
 現在、福井県で入手可能な御城印は、全部で7城である。

一乗谷城

一乗谷城御城印
城郭名:一乗谷城(いちじょうだにじょう)
築城主:朝倉氏(あさくらし)
主な城主:朝倉孝景(英林孝景)朝倉氏景朝倉貞景朝倉孝景朝倉義景桂田長俊

所在地:福井県福井市城戸ノ内町
販売場所:一乗谷朝倉氏遺跡復原町並受付
価格:300円


 一乗谷は戦国大名である越前朝倉氏が5代103年に渡って、領国支配の拠点とした。
 1573年、朝倉氏は織田信長によって滅ぼされ、灰燼に帰すことになる。
 現在は一乗谷朝倉氏遺跡として知られている。

 御城印の意匠は朝倉氏の家紋である「三盛木瓜」と、一乗谷朝倉氏遺跡内にある朝倉館の唐門。

一乗谷城の御城印 一乗谷城とは戦国時代の山城であり、越前朝倉氏の居城。  朝倉氏は一乗谷城を中心に越前国を支配し、戦国時代にあって栄華を築いた。  ...

北ノ庄城

北ノ庄城御城印
城郭名:北ノ庄城(きたのしょうじょう)
築城主:柴田勝家(しばた かついえ)
主な城主:柴田勝家、結城秀康

所在地:福井県福井市大手
販売場所:柴田神社
価格:1,000円


 北ノ庄城は越前国足羽郡北ノ庄にあった城。
 柴田勝家時代の柴田氏北ノ庄城と、越前松平氏による結城氏北ノ庄城(福井城)に大別される。

 安土桃山時代に越前国を支配していた朝倉義景が滅亡したのち、越前一向一揆を経て、織田家臣であった柴田勝家が越前国支配の拠点として、新たな縄張りにより築城した。
 天守は7層の巨城で安土城に匹敵し、その屋根は笏谷石によって葺かれていたことで、碧色の城に映ったという。

 1583年の賤ケ岳の戦いにより勝家は羽柴秀吉に敗れ、城に火を放ち自害。北ノ庄城は焼失する。

丸岡城

丸岡城御城印
城郭名:丸岡城(まるおかじょう)
築城主:柴田勝豊(しばた かつとよ)
主な城主:柴田氏、本多氏、有馬氏

所在地:福井県坂井市丸岡町霞
販売場所:丸岡城天守券売所
価格:300円


 丸岡城は越前国丸岡藩の藩庁。
 現在は天守のみが残り、安土桃山時代に建造された天守は、国の重要文化財に指定されている。

 1576年に、織田家臣であった柴田勝家の甥である柴田勝豊によって築城。
 勝家が滅亡すると丹羽長秀の所領となり、その後城主が変わったが、江戸時代には本多成重が福井藩の付家老として入り、のちに独立して丸岡藩が成立。
 その本多氏はお家騒動により1695年に改易されると、有馬清純が新たな城主となって、有馬氏が明治維新まで存続することになる。

大野城

越前大野城御城印
城郭名:大野城(おおのじょう)
築城主:金森長近(かなもり ながちか)
主な城主:金森氏、松平氏、土井氏

所在地:福井県大野市
販売場所:越前大野城受付窓口
価格:300円


 大野城は越前国大野藩の藩庁。
 1575年に越前一向一揆を平定した功により、金森長近が越前国大野郡3万石を与えられ、新たな居城として築いたのが大野城の始まりである。
 その後城主はめまぐるしく変わり、最後に土井氏が入って定着し、明治維新を迎えた。

 雲海に浮かぶその姿から、「天空の城 越前大野城」の名が知られている。

金ヶ崎城

金ヶ崎城御城印
城郭名:金ヶ崎城(かねがさきじょう)
築城主:平通盛(たいら の みちもり)
主な城主:気比氏、甲斐氏、朝倉氏

所在地:福井県敦賀市金ヶ崎城
販売場所:金崎宮社務所
価格:300円


 金ヶ崎城は敦賀湾に突き出した丘である金ヶ崎山に築かれた山城。
 源平合戦の折に、木曾義仲と戦うために平通盛は築いたのが初まりとされる。
 南北朝時代には新田義貞勢と、斯波高経ら室町幕府勢との戦いの場となり、室町時代には長禄合戦、そして戦国時代には越前国を支配する朝倉氏と、それに侵攻した織田氏との間で激戦となった。
 特に織田信長の撤退戦である「金ヶ崎の退き口」はよく知られている。

国吉城

国吉城御城印
城郭名:国吉城(くによしじょう)
築城主:常国国吉(つねくに くによし)
主な城主:粟屋勝久、木村定光

所在地:福井県美浜町佐柿
販売場所:若狭国吉城歴史資料館
価格:300円


 国吉城は戦国時代に若狭武田氏家臣・粟屋勝久が改修し、たびたび攻め寄せる越前朝倉氏の来襲から守り抜いたことで知られている。

 1582年の本能寺の変ののち、若狭武田氏は滅亡。その後国吉城は木村定光が入って城主となった。
 1615年頃に廃城になったと思われる。

熊川城

熊川城御城印
城郭名:熊川城(くまがわじょう)
築城主:沼田統兼
主な城主:沼田氏

所在地:福井県三方上中郡若狭町熊川
販売場所:若狭鯖街道熊川宿資料館宿場館
価格:300円


 熊川城は沼田統兼によって永禄年間に築かれたとされている。
 しかし1569年、若狭武田氏によって攻められ、落城。沼田氏は近江に逃れたという。
 その後、越前朝倉氏を攻めた織田信長が、この地で宿をとったとされている。
 天正年間には若狭街道の宿場町として、熊川宿が整備。

まとめ

 福井県の御城印は、嶺北、嶺南、奥越と県内全域に存在する。
 2020年9月現在、期間限定で特別な御城印が販売されているお城もあるので、御城印集めを趣味にしている方は、逃さずに手に入れよう!

福井県の御城印