終ノ刻印

第143話 エピローグ②

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第143話

     /真斗

「うすー」

 事務所に入ると、中では当然のように茜と黎、そしてエクセリアがいた。
 暖房が効いていて、ほっとなる。

「遅いぞ」

 所長の席に座った茜が、じろりと睨んでくる。

「真斗がお寝坊さんなんだもの」
「こら由羅。別に遅刻してねーだろうが」

 というか、別に時間なんか決めてなかっただろうし。

「おはよう。真斗」

 俺が入ってくるなり、すっと目前に現れたエクセリアが、俺と由羅の間に割って入った。

「おはよーさん」
「外は寒い」

 そうとだけ言うと、まるで由羅から引き剥がすように、俺の手を引いてエクセリアは部屋の奥へと誘う。

「あー、横取り!」

 由羅が慌てるが、エクセリアは素知らぬ顔で行ってしまう。

「うー……。何かエクセリアったら、最近レネスティアに似てきた……」

 俺はエクセリアの妹のことは知らないが、エクセリアがずいぶん変わってきたのは俺でも良く分かる。
 とにかく、よく自己主張をするようになったのだ。
 今のように、ちょっとしたことなどで。

「エクセリア様、ずっと真斗のことを待っていたのよ?」

 からかうように、黎が言う。

「確かにそわそわしていたな」

 と、茜。

「そんなことはない」

 きっぱり断言するエクセリアだが、その顔には満足そうな表情が浮かんでいた。
 これも最近分かったことなのだが、エクセリアは意外と独占欲が強い。
 たぶん、この面子の中では一番に。

 一年前の一件以来、エクセリアはイリスの前にも姿を現すようになった。
 その時はエクセリアが素直に謝ったこともあり、また茜も無事だったことから、イリスはさほど怒りはしなかった。
 おかげで現在まで穏便にすんでいる。

「んで、所長は?」

 まだ来てないのか、と茜を見たら、睨まれた。

「今の所長は私だぞ」
「いや、そーなんだけど……」

 どうも今までの癖っていうか何ていうか。

 そう。
 実は現在ただ今ここの所長は茜だったりするのだ。

 所長――じゃなく、柴城さんが京都にあまりいれなくなったことで、代理という形で茜にそんな話が持ち上がったのである。

 アトラ・ハシースから抜けた茜は、柴城さんとこで働くつもりだったこともあり、話はスムーズに進んだ。
 茜も乗り気で、そういうことになったのである。
 代理とはいえ、このままだと茜に乗っ取られそうだけどな……。

「で、所長? 所長……じゃない、柴城さんは?」
「東堂さんに迎えにいってもらっている」
「駅まで?」
「そうだ」

 なるほど。

「出ていったのは一時間ほど前だから、そろそろ帰ってくるんじゃない?」

 黎がそう言った瞬間、ドアが開いた。
 噂をすれば何とやらだ。

「――よう」

 入ってきたのは三人。
 柴城さんを先頭に、次に見知らぬ女の子、そして東堂さんと続く。
 どうやらその女の子が、噂の新人らしい。

 つまり、今日からこの事務所に新人が来ることになっていたのだ。
 関東の人で、所長の知り合いとか。
 修行を兼ねて、しばし茜の元に身を寄せるらしい。

「久しぶりだな」
「夏以来だもんな」

 俺が答えると、東堂さんが満面笑顔で上着を脱ぎながら、自分の席へと座る。
 ふむ……。どうやらまた女性が増えることが嬉しいらしい。
 現金なもんだ。

 たぶん迎えを買って出たのも、いち早く新人さんを品定めするためだろう。
 あの顔からすると、満足の域らしい。
 わかりやすい人だ。
 しっかし……。

「ねね! 定、その子が新しい子?」

 興味津々、といった様子で、由羅が口を開いた。

「おう。紹介する」

 こほん、と咳払いをして、柴城さんはその少女の肩に手を置いた。
 髪は短く、歳は茜より少し下といったところか。
 勝気そうな顔で、硬い表情でこちらを見ている。

「………?」

 少女の雰囲気に、俺は首を傾げた。
 一見緊張しているように見えるが、それだけじゃないような気がする。
 はて……?

「名前は最遠寺要だ」
「さいおんじ~?」

 その名に、思わず俺は声を出してしまっていた。

「ん? どうした?」
「いや……だってさあ……」

 俺は頭を掻きながら、黎やら茜やらを見た。
「最遠寺って名前を聞くたびに、ろくなことがないっていうか……」

 二年前は黎。
 でもって去年は泪だった。
 で、今年は要か。
 毎年毎年この時期になると、最遠寺って名前が不吉を運んでくるような気がしてならねえぞ。

「――無礼ですわねそこなわっぱ!」
「なぬ!?」

 開口一番がそれだった。

「わっぱって俺かい……!?」
「他に誰がいると言うんですの?」

 つん、と済まして要が言う。

「って、てめーの方が十二分にガキじゃねえか!」
「心根が、と言ったのです。……なるほど、九曜の者とは聞きしに勝る山猿のようですわね」
「なんだと?」

 ぴくり、と反応したのは茜。
 が、爆発はしなかったようだった。
 そのまま冷静を装って、なりゆきを眺める。

「おい所長! 何なんだこのガキは?」
「ガキではないと――」
「少し黙ってろ」

 ぽん、と頭を軽く叩かれて、すぐに要は大人しくなった。

「おれの妹だが」

 ほう。
 妹……。

「は!?」
「いやだから」
「妹って……正真正銘の!?」
「ああ。完全無欠にな」

 ぬう……。
 今度は本物が現れたか。

「へえ……。この子、定の妹なんだ♪」

 にこにこしながら由羅は近寄ると、ずいっと顔を近づけた。

「う……?」

 さすがに気圧されて、一歩下がる要。

「私、由羅って言うの。あっちからジュ……黎、肇、茜、エクセリア、真斗。初めまして」
「え、ええいっ! 近づくのではありませんわ!」

 要は癇癪を起こしたように叫ぶと、びしっ、と事務所内を指差して宣言した。

「わたくしは、兄上の住処が異端の巣窟となったと聞き及び、こうして退治に参ったのです! ここにいるもののほとんどは、異端の怪物だと聞いていますわ! わたくしが来た以上――」
「だから大人しくしてろ」

 また柴城さんに言われ、要はしゅんと小さくなった。

「異端の怪物……?」

 むう、と不満顔になる由羅と、苦笑する黎。
 エクセリアはきょとん、としている。

「すまんな。口が悪くて。というか普段はこうじゃないんだが、箱入りなせいでちょっと照れてるらしい。だが人畜無害だから気にせんでくれ」
「無害なのか……?」

 本気で疑う俺へと、柴城さんは笑ってみせた。

「ああ。最遠寺で一応一通り習ってはきたんだが、覚えが悪くてな。やっと三級咒法士の資格を取ったところだ。お前たちの前じゃ、そこらの人間と変わらんさ」
「あ、兄上……!」
「お前もいちいちいきり立つんじゃない。これから一緒に仕事するんだからな」
「……はい」

 どーやら柴城さんの前では、従順らしい。

「で、だ。お前たちにこいつを鍛えてやって欲しいんだ。ついでにバイトとしてでも構わんから、茜くんの好きに使ってやってくれ」
「私は構わないが……容赦はしないぞ?」

 茜は他人にものを教えるのは上手いが、一貫してスパルタだ。
 俺が経験しているからよく分かる。

「好きに、と言っただろう? それに、要には強くなってもらわんと、おれが困るもんでな」
「どうしてなの?」

 黎に聞かれ、柴城さんは肩をすくめた。

「泪がああなったからな。後継ぎ問題で、おれが残念なことに最有力なわけだ。が、おれはいったん最遠寺を出た身であるし、だからこその面倒事もある。で、妹に頑張ってもらおうと、そういうつもりなわけだ」

 なーるほど。
 柴城さんとしては、最遠寺の次期当主を要にさせたいのだろうけど、実力が伴っていない。
 それで敢えてこんな異端の巣窟に放り込んで、鍛えようってわけか。
 ま、柴城さんが強制するとも思えんから、要自身、その気ではあるんだろう。

「今は艱難辛苦に堪え、いずれはここに巣くう異端など一掃してみせますわ! 覚悟なさい!」
「……すまんな。強気なことを言ってるが、こう見えて緊張してるんだ」
「……みたいだな」

 俺は溜息をついて、頷いた。
 どうやらまた、面倒なことが一つ増えるらしい。

「ところでそこのあなた」
「俺か?」
「そうですわ。――あなたが桐生真斗?」
「そーだけど?」

 俺を見て要はしばし考え込んでいたが、やがて小さく頷いてから口を開いた。

「及第点、というところですわね。よろしい、あなたにわたくしの身の回りの世話を申し付けます」
「はあ……?」
「この中では、あなたが一番の下っ端と聞いていますわ。ならば当然のことでしょう?」

 当然、じゃねえ……!

「どーして俺が、お前の世話なんぞせにゃならんのだ!?」
「うるさいですわ。わっぱ」
「お前の方が歳下だろーが!」

 ったく……!
 一方で柴城さんというと、苦笑して眺めている。
 ちょっとそこの兄貴、何とか言えって……!

「えー、だめだめ!」

 声を上げたのは由羅。

「そういうのは、私が最初なの!」

 なに当然のように宣言してるんだよ……こいつ。
 と思った瞬間、手を握られた。

「む?」

 横を見れば、エクセリアと視線が合う。
 特に何も言いはしなかったが、その瞳に気圧されてしまう。
 まるで、裏切ったら許さない、とでも言われているようで。

「ぬう……」

 冷や汗が零れ落ちる。
 何なんだ。この緊迫感は。

「おーい茜……。どうすんだよ?」
「事情はわかるけど」

 茜はそう言うと、柴城さんを見た。

「つまり、その子はここに住むわけなんだろう?」
「ああ。そうなるな」

 ここは元々柴城さんの家でもあるし、代わりに妹が来たって特には問題無い。

「すると、この事務所に近い関係者といったら、真斗と黎になるわけだ。で、黎は一応正所員で先輩だけど、真斗はバイト。だから真斗にって考えたわけだな」
「わたしがみてあげてもいいけれどね」

 何を思ったのか、黎がそんなことを言う。

「いいのか? こいつは手を焼くと思うんだが」

 と、柴城さん。
 っておいこら、俺だったら手を焼いてもいいのか。

「別にどうというものでもないわ。むかし、もっと手のかかる妹たちの世話をしてきたから」

 慣れているの、と黎は言う。
 それならと、柴城さんは頷いた。

「まあよろしく頼む。こう見えて、意外と泣き虫でな。色々と大変だろうが」

 その言葉に不服そうに見上げる要だったが、特には何も言わなかった。
 本当に、兄貴の前では従順らしい。

「あ、そうそう真斗」
「ん?」
「お前もこいつに色々と教えてやってくれ。要もお前と同様、本家ではけっこう辛かったはずだからな。その辺のことは、よくわかってるだろ?」

 なるほど。
 要の歳でまだ三級ってことは、俺と同様、あまり才能があるってわけでもないらしい。
 俺もそれでけっこう肩身の狭い思いをしたけど、要の場合は仮にも最遠寺の血筋の人間だ。
 俺以上に肩身が狭かったかもしれない。

 とすると、その辺の理由もあって、ここに連れてきたのかもしれないな。
 あっちにいて修行するより、気兼ねの無いこっちで頑張って、改めて返り咲くって感じで。
 見たところ、反骨精神は旺盛っぽいし。
 しかしその前に、あの性格を叩き直さなきゃな。
 ま、何とかなるだろ。

「あ、真斗。何かやる気になってる……?」

 目ざとく俺の様子を察して、由羅がそんなことを言う。

「どーだかな」

 適当に答えながら茜を見ると、茜は茜で俺と同じような顔をしていた。
 茜も努力する奴のことは、素直に好きって感じだしな。

「とりあえず朝ご飯にしましょうか」

 黎が言う。
 最近まで知らなかったことだが、黎の料理の腕も、茜に負けず劣らずだったりするのだ。
 現代の食生活に慣れていなかったこともあるが、元々は由羅やらエクセリアの面倒をみていたわけだし、茜に現代の料理を習ったりして、今ではけっこう料理が達者になっていたりする。

「私も手伝おう」

 そう言って、立ち上がる茜。

「あ、私も」
「三人もいらない。お前は要と遊んで待っていろ」
「う~」

 茜に言われて、渋々従う由羅。
 相変わらず不器用な由羅よりも、茜としては教え甲斐のある黎と一緒にやる方が楽しいらしい。
 でもって由羅は、早速要にアタックしていた。
 要の方はまだまだ刺々しいが、そのうち慣れるだろう。
 相手は由羅だし。

 ……さてと。
 ともあれ、これからまた騒がしくなるってことだ。
 いったいどの程度、こんな生活が続くのかは知らないが、できれば適当に続いて欲しいもんである。
 また色々と、厄介事も起こるだろうけど、その時はその時だ。
 何とかなるだろう。

 由羅は由羅で相変わらず呑気で平和そのものだし、黎もそれにつられてのんびりしている。
 時々心配にはなるが、今のところは大丈夫そうだ。
 とりあえずはエクセリアに尽くすことで生き甲斐を得ているようだったが、さっきの発言からも、少しずつその範囲を広げているし。
 要がやってきたのは、あいつにとってもいい刺激かも知れない。

 で、さしあたっての問題があるとすれば、まあ茜とのことか。
 アトラ・ハシースと縁を切り、こっちに完全に戻ってきたということになって、イリスと由羅は手放しで喜んだ。
 で、いつか俺に語ったように、着々とこっちで自活していくつもりらしい。
 今のところ何も言ってはいないが、俺の返事を待っているのは確かだ。
 つまり、この先俺がどうするか。

 とりあえずはバイトは続けていくつもりであるが、その後はどうしたもんだか……。
 ま、その気がないわけじゃないんだけどな。
 それでももうちっと、様子は見たいと思う。

「――んで、お前はこの先どうするんだろうな?」

 隣のエクセリアへと、俺は何気なく聞いてみた。

「私か?」
「おう」
「知らぬ。私はしばし、先を見ることはやめにした」

 なりゆきに身を任すと、エクセリアは言い切る。

「そなたに委ねよう。そう、決めたゆえ」
「ふーむ」

 投げやりというわけでなく、こいつなりの新しい前向きな方針、ってわけか。
 とはいえ、何がどう変わったってもんでもないけどな。
 いつも通りといえば、いつも通りだ。

「そんじゃ、飯食ったらいつも通り、学校行くか」

 こくり、とエクセリアは頷いて。

「あー、私も行く!」

 どこで話を聞いていたのか、由羅も宣言する。
 あーもう、好きにしてくれ。
 二年目になると、さすがにもうどうでもよくなるぞ。
 ふと、柴城さんが俺を覗き込んできた。
 そしてにやりと笑う。

「……幸せそうだな?」
「そうか?」

 答えて。
 まあその通りかもしれないと。
 俺は前向きに納得しておくことにするのだった。


 目次に戻る >>