終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第141話
/真斗
すでに最初のようにはいかなくなっていた。
剣を振り下ろし、弾き、弾かれ――全身には鈍い激痛がいくつも走っている。
どこか、身体の一部が砕けているかもしれない。
本当はもう動かないはずなのかもしれないが――そんなことは、もう気にしていられない。
剣を握っている限り、何度だって打ち込んでやる――!
「く――!?」
エルオードが下がる。
しかし数歩。
即座に槍が突き出される。
「でええいっ!!」
脇腹をかすめ、身体を切り裂かれるが、そんな傷はすでに数えきれないほど。
感じてなどいられない……!
叩きつける。
出鱈目でも何でもいい。
身体の動く限り振り下ろす――!
「それでこそ!」
エルオードは真正面から迎え撃つ。
いや、むしろ打ちかかってきた。
防御じゃなく、攻撃。
突き出し、相殺して次の一撃を、俺よりも早く繰り出してくる!
閃光が走った。
数条の光。
その全てに渾身の力を込めているのは間違いない。
命中すれば、必殺だ。それだけの力が込められているのは間違いない。
「こんなもの!」
そのことごとくを、俺は弾いた。
まさしく同時に繰り出されたからこそ、一薙ぎで打ち払うこともできた。
互いの刃先が宙を目指し、即座に方向転換する。
相手の、喉笛目掛けて。
鮮血では無く、火花が散る。
どちらも攻撃であったが、どちらも受け止めていた。
硬直したのは一瞬。
鍔迫り合いなどする余力は無く、何とか互いに武器を持ち上げ、振り下ろすことで剣風を巻き起こす。
しかしお互いに届かない。離れて、またぶつかり合う。
すでに何合打ち合っているのか。
今はただ、数え切れないぶつかり合いを、ひたすら続けるしかなかった。
「うおおおおおっ!!」
「はあああっ――!」
どこまでも届きそうな凄絶な剣戟が、戦場に響き渡った。
余韻が残るうちに、次の音が響き渡る。
それは決して止まらず、連続して続いた。
途絶えた時は恐らく――決着のつく時だろう。
くそっ……!
負けねえ……!
「こっのおおおっ――――!!」
幾度も打ち付けた剣は、とっくに曲がってもいいほどの衝撃を受けたはずだった。
しかしそれは、曲がるどころか輝きを増している。
あの古びた印象は一層され、錆も片鱗とて残ってはいない。
まるで幾度も剣を交えたことで鍛えられ、活が戻り、その剣は依然の姿に復活を遂げたようでもあった。
これがあのアルティージェも自慢していた魔剣、か……!
――ここまできて、負けるわけにはいかなかった。
頭に浮かぶのは、あのどうしようもなく朴念仁なエクセリアだ。
無口で愛想の欠片も無く、とっつきにくいことこの上無いが、それでも馬鹿みたいに純粋で、真っ直ぐに、力を求めてきた。
俺の命があいつの手の内にあることを除いても、応じるだけの魅力はあったのだ。
「いい加減に――!」
打ち込む。
響く。
押し返される。
くそ、退くかよ……!
前進しろっ――!!
「こちらとて退けはしない……!!」
エルオードが叫んだ。
「ぬうんっ!」
全霊を込めて、俺の刃を振り払ってくる。
即座に、投擲体勢をとった。
槍が赤光に放つ。
こいつは……!
「来るなら来い!」
望むところだと、俺も剣を構えた。
きっと俺にもエルオードにも、残された力などすでにほとんどない。
だけどここで撃ち放つ。
理由は単純だ。
負けるわけにはいかない。
それだけだ。
きっと、お互いに……!
「おおおおおおっ!」
俺が知る限り、最大の技を持って迎え撃つ。
白い閃光が湧き立つ。
「――エクセリア!!」
叫んだ。
この技だけは、自分一人では為せない。
それだけのものが、初めから無い。
自分は一介の人間に過ぎない以上、使えるのは小賢しい頭だけ。
無いものは借りてくるか――もしくは作らせる!
/エクセリア
その呼びかけに、一切の抵抗はできなかった。
全霊を、要求されている。
迷うことなど無い。
レネスティアの目前から、私は飛んだ。
真斗の元へと。
/真斗
「む……!」
エルオードが息を呑むのが聞こえた。
目を見張っている。
俺の傍に降り立ったエクセリアは、応じて千年ドラゴンに劣らぬほどの生命力を、その場に創り上げていた。
渦巻く風の中、それでもエルオードに退く気は無いのは間違いない。
相手がエクセリアであろうと、構わず放ってくるはずだ。
エルオードが身体をひねる。
――来やがれ!
「――――〝六軍打ち消ス業魔が槍〟!!!」
赤い閃光が走った。
一撃必中。
貫けるものなどないと、その意思が十全に篭もった一撃。
「砕けろおおおおおっ!!」
俺は真正面から、絶対負けないだけの力を振り絞り、叩き付ける!!
「三界打ち滅ぼす天魔千年の吐息!!」
/エルオード
彼が放ったのは、アルティージェが最強を自負するであろう一撃だった。
大気が震撼し、大地が鳴動する。
鬩ぎ合う。
それは永遠のようで、しかし現実には一瞬のこと。
このぶつかり合いにおいて、もはや勝負は見えていた。
彼女が本当に選んだ方にこそ、勝利が傾くのは当然だ。
初めから分かっていたことではあるが、それが今、ただ現実となる。
あまりの衝撃に、音が消えた。
白光と共に、山頂は吹き飛ぶ。
それこそ、木っ端微塵に。
「…………」
包まれた閃光の中、つい笑みをこぼしてしまった。
思惑通りではある。
しかし……やはり悔しいか。
彼女がここまでやってきた時点で、思惑はほぼ果たされたといって良かった。こうやって真斗君と闘う必要は無かったのかもしれない。
だがそうはしなかったし、する気も無かった。
彼女にとっての彼の有用性を認めつつも、自分の存在意義を完全に否定する気にはなれなかったのだ。
それは羨望でもあるし、未練でもあったから。
なるほど自分もまた、俗物には違いなかったらしい。
別にそれでいい。
しかし今、こうして未練を打ち消すだけの閃光の中にあっては、納得せざるを得ない、か……?
そうして。
圧倒的な閃光の中、僕の意識は消えていった。
/真斗
「――呆れた」
そんな言葉が耳に届いて、俺は目を覚ました。
視界に映ったのは、覗き込むようにして見下ろしている、アルティージェの顔。
「……何でだよ?」
喋るのも億劫なほどに疲れていたが、それでもどうにか言葉は出るようだった。
「だってさっきの、わたしが自負する一撃なのに……それをあっさり真似してくれて。わたし、形無しだわ」
本気でそう思っているようで、物凄く唇を尖らせている。
「俺はただ真似しただけさ。力を貸してくれたのは……」
エクセリアのおかげだ。
俺が覚えていた記憶をそのまま形にしてくれたのは、エクセリアに他ならない。
あいつがいなければ、微塵として力を発揮しなかっただろう。
「――ねえねえ真斗!?」
新たな顔が飛び込んでくる。
「……ドアップでくるな。びっくりするだろ」
「知らないそんなのそれより大丈夫なの!?」
「当然でしょう」
隣からは、黎の冷静な声。
「……らしいぜ」
俺としては、もう指先だって動かしたくないほどに疲労してしまっている。
とはいえ、大丈夫といえば大丈夫なのだろう。
意識ははっきりしてるし。
「茜は?」
由羅の顔を見た時点で無事だということは察しはついたが、それでもはっきり聞くまでは落ち着けない。
「無事だよ。今はイリスと楓が診てくれてるから」
「ふむ……」
なら安心か。良かった。
とりあえずは終わったらしい。
色々と。
とにもかくにも疲れた。
「ふあ……」
どうしようもない睡魔に襲われて、大きな欠伸を一つ。
「寝る」
「えー?」
由羅が声を上げるが、もちろん無視。
動かせって言われたって、もう動かねえし。
……それにしても、寝心地がいい。
特に枕がふにふにして……。
「む?」
何かがそっと、俺の頬に触れた。
冷たいけれど、暖かい手の感触。
「礼を言う……真斗」
落ち着いた声。
「ぬ……?」
もう一度しっかり見れば、由羅でもアルティージェでもない顔が、俺を見ていた。
微笑なんていう、とてつもなく珍しい表情をみせて。
……どうやら俺、エクセリアに膝枕をしてもらっているらしい。
何だか知らんけど、色々と僥倖だよな。
そう思って。
俺は宣言通り、眠ることにした。
/
「これで良かったのか?」
「そうね」
かけられた声に、女は頷く。
足元には、ぼろぼろになりながらも五体を保っている、エルオードが倒れている。
真斗の放った衝撃を受けて、消し飛ばぬ道理は無いが、それでも形を保っているのはひとえに彼女が救ったからだった。
使い捨ては、彼女の趣味ではない。
それにこの男の所有権は別の者にあると彼女は思っていたし、勝手に使い捨ててはどれだけ文句を言われることか。
だから救った。
その程度といえば、その程度のことではあるが。
「お前が満足そうだから別にいいんだが……」
それでもどうしてか心配だと、青年は言う。
「このままお前みたいにあの姉殿が育ったら、またもや色々と大変な気がしてな。将来」
「あら」
女が振り返る。
「わたしも大変だと言うの……?」
「違うとは言わせないが」
即答すれば、くす、と笑われた。
「それはそれで、面白くなるのではなくて?」
「……呑気なものだ。相変わらず」
男は苦笑して、肩をすくめる。
一年前。
彼女はアルティージェを使ってエクセリアにきっかけを与えた。
自由を選ぶ、そのきっかけを。
そして一年がたち、ナウゼルのことを終わらせるついでにエルオードに協力して、エクセリアに対して駄目押ししてみたのである。
それは概ね、彼女の理想通りになった。
「で? 彼はどうする?」
「どうもしないわ……。生きたければ生きればいいし、死にたければ死ねばいい。わたしには関係ないことだもの」
淡白な物言いは、実に彼女らしい。
「ふむ。まあ何とかするか」
彼女がそんなものだから、彼の苦労が増えるのも、仕方ないといえば仕方ない。
「フォルセスカ?」
「ん?」
「姉さんはこれから楽しんでくれるかしら……?」
そんな問いに、男は頭を掻いて、
「さあな」
そうとだけ、答えた。
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