終ノ刻印

第140話 避けて通れぬ壁

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第140話

     /アルティージェ

「ふ――」

 息を鋭く吐き出しながら、わたしはその一撃を受ける。
 その剣は折れているにも関わらず、今までの中で一番重く、そして強かった。

 ジンッ……!

 バラバラに、砕け散る。
 根元から全て、逢魔十戒の剣オルディオンは灰燼に帰す。

「――見事よ」

 惜しみなく、わたしは賞賛を送った。
 それを受けたことで、わたしの腕と足が折れた。

 ――かつてもそうだった。
 継承戦争の最後、わたしはナウゼルと戦い、腕と足を折られ、絶体絶命であった。
 メルティアーナお姉様がナウゼルお兄様の息子であるブライゼンの軍勢を打ち破り、その場に辿り着き、決定的な一撃を与えてくれなければ、わたしは死んでいた。

 ナウゼルお兄様は無粋で飾りの無い兄であったが、それでもその強さには惹かれていた。
 紋章を譲られ、彼の力はお父様に比肩し、わたしがお父様を継ぐにあたってどうしても避けて通れぬ壁。
 それを乗り越えたものの、わたし一人での力ではない。

「最後ね」

 宣言して、わたしは折れた足で宙を待った。
 シャクティオンを構え、渾身の一撃を振り下ろす。

「――〝九天打ち崩す、降魔が牙アリア・シャクティオン〟」

 ……なぜナウゼルを縛り、今まで残したのか。
 思い返せば、理由は明白だった。

 再戦の望み。
 それはお兄様以上に、わたしの中にあったもの。
 わざと苦痛と屈辱を与え、王となったわたしに劣らぬ力を得させるという、我ながら鬼の所業だとは思うけれど、そうしてでもわたしは勝ちたかったのだ。

 魔王フォルセスカの時代、わたしは彼に遠慮して眠っていた。ところがその間にナウゼルお兄様はフォルセスカと、そしてイリスと戦い敗れた。
 目覚めた時、ナウゼルお兄様が消えていたことにはショックを受けたけれど、今日こうして再戦できたことは、僥倖か。

 わたしの放った一撃は、もはや抵抗もしない茜の頭上をかすめ、断ち切るべきものを、断ち切った。

「――――」

 糸の切れた人形のように、茜は倒れ伏す。
 これだけの時の中、ナウゼルお兄様の意識はすでに死んでいた。
 恐らくイリスに倒された時点で、絶えていたのだ。
 茜の中に眠っていたのは、ただの力の残滓に過ぎない。

 ゆえにこの場に彼の意識があるのはおかしい。
 何者かがその力を核に、かつての意識を再現して、いかにもそこにあるように見せかけていただけなのだ。

 つまり、捏造。
 そんな真似ができるのは、エクセリアかレネスティアしかいない。
 そして好んでこの力を使うのはレネスティアだ。

 だからこそ、その干渉の糸を断ち切った。
 圧倒的な存在力をもって、捏造を打ち消す。
 それは、如何な彼女達とはいえ、決して神や悪魔でないということだ。
 少なくとも、わたしの前にあっては。

 ――わたしは満足して、その場に倒れた。
 ナウゼルはお兄様もう、わたしに抗し得る存在ではなかった。
 しかし彼のおかげで、わたしの力の前では観測者のねつぞう擬似運命ですら、偽物と証明することができたのだから。

「………ふう」

 先ほどの一撃は、紛れも無く全霊を込めたものだった。
 一気に気が抜けて、わたしは尻餅をついたまま空を見上げる。
 そして、

「悪くないわね」

 そう、つぶやいた。

     /由羅

 ようやくその場についた時、そこには三人の姿があった。

「ジュリィ……! 茜は……!?」

 ジュリィに介抱されている茜へと、思わず駆け寄る。

「ちょっと……わたしには声もかけてくれないの?」

 不満そうにアルティージェに言われ、私はあたふたとなった。

「でも茜……え、うそ、なんで? アルティージェ――なんでここにいるの……?」

 確かアルティージェはエルオードにやられて、それで……。

「茜は無事よ。彼女のおかげでね」

 ジュリィがアルティージェを指して言う。

「……貴女」

 一緒に来ていたイリスが、アルティージェを何やら複雑そうな顔で眺めていた。

「あらイリス。千年振りだというのに、昨夜はろくに……というか全然話せなかったものね。元気していたかしら?」
「む……」

 気安く声をかけられ、イリスは更に複雑な顔になった。
 どうやら顔見知りらしいけど……?

「――まったく、だらしがないですね」

 一方で楓が、茜を見下ろしてそんな感想を洩らしていた。

「この程度で意識を手放すなんて……」

 口では厳しいことを言っているけど、楓の表情は安心したような、優しいものになっている。
 それを見て、私はホッとなった。
 大丈夫……なのだ。きっと。

「終わった……の? これで」

 そうつぶやくと、どこか呆れたような視線がジュリィから投げかけられる。

「エルオードがまだよ」

 あ……。

「それにユラ、あなたには真斗の看病をお願いしたはずよね? 彼はどうしたの?」
「え? だって真斗のことはジュリィが――」

 ジュリィには、真斗を見張れと言われていた。
 しかしそんなものは上辺だけだと、すぐに気づいた。
 だから真斗に生気をあげて、それで――……。

「わ、わたし、真斗ならきっと茜の所に行くと思ってたから……」

 でもここにはいない。

「ふふ……彼らしいわ」

 話を聞いていたアルティージェが、くすりと笑った。

「彼は元凶を倒しに行ったのでしょうね」
「エルオードを?」

 楓の言葉に、アルティージェは曖昧に首を横に振ってみせる。

「というより、エクセリアね」
「え……? ど、どういう意味?」
「ある意味において、ということね。エルオードは過去のエクセリアを演じ、一つの壁になろうとしている。あのエクセリア馬鹿者に自由を教えるには、そんな効率の悪い方法を選ばざるを得なかったというわけね。難儀なことよ」

 よく分からなかったけど、それでも一つ、はっきりしていることはある。

「真斗、助けにいかなくちゃ……!」
「手出しを望むかしら」
「そんなの知らない! 私、真斗のことも大事だもの!」

 はっきり宣言すると、アルティージェは笑ったようだった。

「……相変わらず、真っ直ぐで気持ちがいいわ。……ねえ? イリス」

 話を振られて、イリスは眉をひそめた。
 何だかイリス、とっても警戒しているようにも見える。

「ああもう……そんなに怖い顔しないで。千年前のことは、お互い様でしょ? それに今回、茜を救ってあげたのはわたしよ?」

 感謝しないの? と言われ、さすがにイリスも小さく頷いた。

「その……ありがとう」
「ふふ、ずいぶん不本意そうなありがとうね。けどまあいいわ。あなたも素直で好きよ」
 苦笑してそう言うと、アルティージェはその場に立ち上がった。
「骨もようやくくっついたようだし、みんなで行く?」
「当然!」
「わたしも行くわ」

 私は強く頷き、ジュリィも頷いた。

「私は残ります。妹の元にいますから」

 楓の言葉に、アルティージェは微笑む。どこか、満足したように。

「わたしは……」

 イリスは困ったように茜と私を見ていたけど、すぐにごめんと私に謝った。

「わたしも、茜の傍にいたい……から」
「いいよ」

 イリスがそう言うのは当然のことだ。
 別に謝られることでもない。

「気にしないで」

 そう答えて、山頂の方を見上げる。
 嫌な気配としかいえないものが、山頂から漂ってきているのは先刻からずっとだ。
 きっと、真斗はそこにいる。
 と、そこで変なものを見てしまった。

「なに……?」

 何か人影のようなものが、ぞろぞろとこっちに向かってやってきているように見える。
 藪を掻き分け、この広場を囲むように、そいつらは現れた。

「……亡者ね」

 ジュリィの言葉に、アルティージェは肩をすくめる。

「どうやらエルオードは、邪魔が入るのは嬉しくないらしいわ」
「気味が悪い……」

 こっちにやって来る連中は、みんな酷い容姿だ。
 骨だけだったり、中途半端に腐ってたり……。

「満ちた妄執に、屍が宛てられたというところね」

 眺めて、ジュリィが言う。

「無様なこと」

 相変わらず容赦の無い、そんな感想を洩らすアルティージェ。

「さあ行くわよ。わたしも、エルオードには一言言ってやりたいしね」
「――うん」

 頷いて。
 私達三人は、真斗のいるであろう山頂を目指した。


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