終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第138話
/黎
茜とアルティージェ。
二人がぶつかり合い始めて、ずいぶんとたつ。
闇に時折輝くのは火花。
茜が振り下ろした剣を受け止め、その瞬間に咒法を打ち放つ。
拳大の光の球は、至近距離であったにも関わらず、茜によってからめとられ、そのまま握りつぶされる。
互いに剣を押し合い、一旦離れたと思った瞬間に、またぶつかり合う。
二人ともに隙は無く、確実に一撃一撃を繰り出し、防ぎ、攻撃していた。
差は無いように見えるが、剣技においては明らかに茜――つまりナウゼルの方が一枚上手のようだった。
天性の勘の為せるような技を、時に繰り出す。
一方のアルティージェに、さほど目立つ剣技はない。
しかし堅実だった。
基本に忠実で、付け入る隙が無い。
なるほど正反対なのだ。
ナウゼルには才能があった。
アルティージェにもあったのだろうが、それはナウゼルほどではなく、そのほとんどが努力の上に積み重ねられているものである。
時折圧倒しようとする茜の剣を、ぎりぎりで防ぎきることができるのは、これまでの彼女の堅実な努力のおかげだろう。
両者の戦いは、少しずつ加熱していく。
「ふふ――相変わらず強いのね」
満足そうにアルティージェは笑い、槍剣を振るう。
ギィン!!
常人ならば絶対に受け切れぬその一撃を、茜は受け止めた。
「――――」
押し返される。
「っ」
圧力に負け、アルティージェは後ろへ下がる。
逃さぬと、茜は追う。
その間に繰り出される、剣技の数々。
受け、凌ぎ、流して――彼女は何とか下がりきる。
一呼吸の間の攻撃を終えた茜は、それ以上の追撃を避けて、自分もまた後ろへと下がった。
「ふん……。ドゥークとならば、面白い剣舞が見れたでしょうにね」
頬に走った傷に指をなぞらせ、指先についた血を舐めながら、アルティージェは言った。
最初に傷を負ったのは、彼女の方だった。
茜の方に、一切の傷は無い。
再び、剣の切っ先が、アルティージェへと向けられる。
「小手調べでは今さらどうにもならないわ。あなたの妄執がどの程度のものなのか、これで確かめてあげる」
にやりと笑って、アルティージェは槍剣を構えた。
瞬間、踏み込まれる。
上下左右――その全てから、アルティージェへ向けて刃が振り下ろされた。
「ふ――――っ!」
その全てを、ことごとく打ち返し、更なる連撃に怯むことなく応えていく。
かわすことのできるものもあった。
しかし彼女は、その全てを敢えて受け、少しずつ裂傷を負っていく。
「ち……!」
やはり、ナウゼルの剣の方が上なのだ。
少しの差が、少しの傷となって現れてくる。
「――――!」
ガッ……!
重い一撃が、アルティージェを弾き飛ばした。
初めて、彼女の体勢が崩れる。
その僅かな時間を、茜は剣を振るうことには使わなかった。
ただ振り上げ、力を注ぎ込む――
「ふん……!」
望むところだと言いたげに、アルティージェも動作をとった。
地を蹴り、舞い上がる。
溢れ出す光。
「〝九天打ち崩す〟――――」
アルティージェが振り下ろすよりも一歩早く、茜は飛び上がった。
「――〝十戒打ち隠す逢魔が時〟!」
突き上げられる、刃。
「〝降魔が牙〟!!!」
それ目掛けて、アルティージェは槍剣を一閃させた――――
/真斗
どこかで炸裂音がした。
ここからずっと下の方か。
しかし構ってはいられない。
「でやああああああ!!」
群がる亡者を一閃し、吹き飛ばす。
道が開け、エルオードまであと十数メートル。
一気に駆け上がろうとしたところで、赤い闇が踊った。
「やべ……!?」
放たれた閃光は、寸前ででたらめに飛び散る。
エクセリアが防御してくれたのだ。
おかげで傷つくことは無かったが、前進も止まってしまう。
かといって止まったままではいられない。
「!」
見れば、エルオードの姿が消えていた。
まずい――!
ギィンッ!
思った瞬間に、俺は剣を振るった。
思わぬところで剣戟が響く。
「なるほど。大した勘ですね」
すぐ背後には、槍を持ったエルオードがいた。
ぎりぎりと、鬩ぎ合う。
「僕がどうにか集めたシュレストの遺産も、もはやこの業魔六軍の槍を残すのみ。君の持つ武器に対抗するには、同じ作り手のものでなければ話になりませんからね」
そう告げて、エルオードは跳び退く。
ただし、僅か数歩。
「――――っ」
まずい、と思った時には、俺めがけて槍が繰り出されていた。
「っ………!」
しごき、次々と繰り出される槍先を、俺は何とか受け凌ぐ。
俺にとってはやや遠すぎる間合い。
しかしエルオードにとっては、最適の空間なのだ。
リーチのある槍だからこそ、ここまで届く。
しかし俺の剣は届かない。
防戦一方になる。
こっちは剣だ。
間合いを詰めなければ届かない。
しかし相手はこの間合いこそ必殺。
縮めてくるはずもない。
ならば……!
次々に繰り出される連撃を受けながら、頃合いを窺う。
受け、受け、受け――――ここだ!
ジィンッ!
エルオードの最も勢いの乗った一撃を前に、俺の持つ剣が弾き飛ばされる。
「真斗――!」
切迫したエクセリアの声が響いた。
その声こそ、助けになる。
俺が、わざと剣を飛ばしたことを隠すために。
疑いもせず、エルオードはとどめとばかりに、更に一撃を繰り出した。
いや、複数。
胴目掛けて五つがほとんど同時とも思える速さで、打ち込まれた。
しかしそれよりも早く、銃口が火をふく。
「――――!?」
咄嗟に身をひねって避けたのはさすがだけど、しっかりと肩口に銃弾は命中していた。
不意のことに、バランスを崩すエルオード。
俺は銃をしまい込み、弾かれた剣を拾い上げると、ここぞとばかりに攻め立てた。
「おおおおおおっ!」
「くっ!」
一撃の重さは、こっちが上だ。
まともに受けたエルオードに下がる機会を与えずに、猛攻する。
「はあああっ!」
ギィイイイインッ!!
凄まじい剣戟が響き渡り、エルオードを弾き飛ばした。
追わず、俺は一旦下がって呼吸を整える。
「……驚きました」
銃創のある肩を抑えながら、エルオードは苦笑した。
「まさかこの期に及んで拳銃とは……やられましたね」
「槍よか早く、しかも距離を置いて使える武器っていったら、やっぱりこいつだろ」
抜き撃ちにはかなり自信があるし、何より俺がもっとも愛用しているのは銃だ。
もっともザインの奴にぶった切られてしまっていたが、すでに新しいのを補充済みである。
「ま……一騎打ちに飛び道具ってのはあれだけど、こっちも負けるわけにはいかねえからな」
エルオードには咒法がある。
それは銃よりも凶器となるだろう。
一方の俺は、あまり咒法が得意ではない。エクセリアのおかげで使えないこともないのだが、慣れていないことが一番の問題だ。
だからこそ、あまり頼るつもりはない。
「しっかし……こっちも驚いたな。槍なんてもんを、あんたが使えたなんて」
エルオードの実力は、上田と名乗っていた時には完全に隠していたのだろう。
はっきりいって尋常なレベルではなく、エクセリアがいなければ、俺にさばききれるはずもない。
「……そうでもありませんよ」
苦笑して、エルオードは槍を振るう。
「これは形見でしてね」
「形見……?」
「ええ。これはシュレストが作り、娘のラスティラージュに与えたものです。彼女は僕の妻でしたから」
「な……?」
いきなりのことに、俺は言葉を呑み込んだ。
「僕はオルディードの孫に当たりますが、シュレスト第七子のラスティラージュとは、ほぼ同じ年齢でした。そういうわけもあって……ということですけどね」
……ラスティラージュはアルティージェに殺されているはず。
そいつがエルオードの妻だって……?
「まあ……この事実は、シュレストはもちろん、アルティージェも、ラスティラージェ自身も知らないことですが。察せられるのも困るので、槍に関してはずっと隠していたというわけです」
「それで……アルティージェを殺そうと、エクセリアと契約したのか?」
「そうですね」
あっさりと、エルオードは頷く。
「お互いに利用し合った、というところでしょう」
少し離れた所で、エクセリアが僅かに顔を伏せていた。
あまり、耳にしたくない過去のことだったのかも知れない。
「もっとも復讐心など、今では欠片もありませんけどね。アルティージェは面白い方ですよ。誰よりも最初に出会っていれば、また違った未来になっていたと思います」
「だったら……」
俺が言うよりも早く、エルオードは首を横に振った。
「例えそれが間違いであったとしても、誰に最初に出会ったか、というのはその後の人生にどうしようもない影響を残すものです。そんなことは、真斗君自身が一番良く知っているのでは?」
「――――」
それは、そうだ。
由羅のこと。
あいつとの出会い方が、まさにそうだったのだ。
エクセリアによって変化した記憶の順番のせいで、俺はずっとあいつのことを敵とは思えなかった。
出会い方一つで、こうも変わってしまう。
「僕の場合も、そうだったというわけです。彼女と出会ったこと。それがここに僕のいる理由の全てですから」
「……そんなに、エクセリアのことが?」
「ええ」
頷き、エルオードは槍を構えた。
「彼女はまだ幼い。誰かが支え、導かねばならないんですよ」
「……そうかもな」
同感といえば……同感か。
「ま……俺はそこまで大層なことを考えてるわけじゃねえけどな……」
そういう役があるのであれば、悪いが俺がそこにいるつもりだ。
押し退けてでも。
「ただ今は、茜が第一だ。とっとと倒して返してもらう」
「……直接、彼女の元に行った方が良かったのでは?」
「適材適所だよ。あいつにはいっぱい慕ってくれる奴らがいる。みんなで寄っても仕方ないだろ。あいつらが感情で茜を支えるんだったら、俺は冷静に、効率のいい方法でやってやる」
「ふむ……。僕の見込んだ通り、頼もしいですね」
「そうかよ」
俺も構えをとる。
「――では」
再び、エルオードの槍が唸った。
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