終ノ刻印

第137話 エクセリアのために

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第137話

     /真斗

「これで最後だっ!」

 最後の一体を切り伏せたところで、山頂が見えた。
 もう邪魔する者はいない。
 俺は息を吸って吐くと、エクセリアと共に先へと進む。

「真斗」
「ん?」
「この先はきっと……私自身の戦いになる。相対するのは、私自身ゆえ」

 エクセリアの言いたいことは、分かる。
 そのつもりだった。

「ああ」

 頷く。
 待っているのはエルオード。
 しかしエルオードの行動は、かつてのエクセリアそのものなのだ。
 だからこれは、エクセリア自身の戦いでもある。

「過去を切り捨てるわけではない……しかし、対峙せねばならない。そうであろう?」
「そうだな」

 過去のエクセリアが間違っていたわけじゃない。
 今のエクセリアが正しいわけでもない。
 それでもこいつは選んだのだ。
 だからこそ、向き合わなければならない。
 そういうことなのだ。

「手伝って欲しい」

 俺は笑った。

「そいつは俺の台詞だろ?」

 俺は俺の理由でここにいる。
 一番は茜か。
 だけどそれと同じくらい、エクセリアのためであってもいいのだろう。
 どちらにせよ、やることは同じだ。
 深くは考えない。
 別にそれでいい。

「じゃあ――行くぜ」

 俺達は、山頂へと辿りついた。

     ◇

 そこは静かだった。
 下での騒ぎが嘘のように落ち着いていて、しかも空気が澄んでいる。
 霊場であることはすぐに知れた。
 清浄すぎる空気が、かえって異常に感じてしまう。

「――お待ちしていました」

 気配など無かったが、そこにエルオードはいた。
 当然のように、待っていた。

「一人か?」
「ええ」
「茜は」
「彼女ならば、下で誰かと戦っているところでしょう。さしずめアルティージェ、でしょうが」

 ここ以外で派手に誰かが戦っていたのは間違い無い。
 あの光と振動から察するに、由羅ってとこか。
 相手は茜なのか、それとも泪か……。

「どうやら泪は敗れたようですね。もう少しもつかと思っていましたが」

 特に何とも思っていないような口調で、そう言うエルオード。

「なあ……」

 無駄だと分かってはいたが、それでも聞いてみる。

「俺がここに来たのは、茜のことでだ。あいつを無事に返すって言うんだったら、目をつむったっていいんだぜ」

 エルオードの目的がアルティージェだけなのならば、勝手にすればいい。
 茜を巻き込まないのであれば。

「僕の最優先されるべき使命は、確かにアルティージェですけれどね。それが最初に受けた命でもありますし。しかし、それだけではすみません。彼女が終われば、次はまた別の誰かになるだけです。それはジュリィかも知れませんし、由羅さんかも知れない。もちろん、真斗君かもしれないわけです」

 エルオードの目的は、かつてエクセリアが望まなかったもの全て、なのだ。
 アルティージェだけですまないことは、分かってはいる。

「それは、エクセリアのために?」
「そうです」

 よどみない答え。

「本当にそう思ってるのか? じゃあどうしてエクセリアが、今俺のとこにいるんだよ」

 隣には、エクセリアがいる。
 黙ったまま、エルオードを見ていた。

「彼女の意思に従うことだけが、彼女のためになると、そう思っているわけではないからです」
「……どういうことだ?」
「別に大したことではありません。エクセリア様の現在の選択は、あなたの傍にいることからも容易に察しがつきます。――しかし、それで本当に良いのですか?」

 ぴく、と俺の隣でエクセリアが震えた。
 その様子に満足そうに、エルオードは続ける。

「異端……それは通常ならばまず在り得ない存在です。ところがあなたの妹のせいで、そんな存在が捏造されてしまった。本来ならばそんな捏造された存在など、すぐにも修正されてしまうもののはずですが、悪いことにあなた方観測者には、擬似運命を捏造できるほどの認識力を備わっていたわけですね。そして更に言うならば、擬似運命を偽物であると判断することができる、運命の管理者など存在しなかったということです」

 エルオードはそこまで言うと、エクセリアを見返した。

「あなたはそれに気づき、自ら運命の管理者を買って出たはずです。本来あるであろう存在を維持し続ける者と、それを塗り替えようとする者。あなたにも本当の運命を認識することはできませんでしたが、少なくとも妹によって生み出されたものが偽物であるということだけは、はっきりしていました。――それは、正しいことではなかったのですか?」
「それは……」
「迷わずとも良いのです。それで正しかったのですから」
「ならば――なぜ、私はそれを為すことができなかった? そのことごとくは失敗した? そして…………なぜ私はここにいる」
「僕が、あなたの示した正しさを、今も尚続けているからですよ」

 その言葉はショックだったのか、エクセリアは目を見開いて……そして視線を逸らした。
 覚悟は決めていたのだろうが、それでもエクセリアにとってはきつい言葉だったのだろう。

「……正しいとか間違っているとか、そんなのはこの際どーでもいいんじゃないのか」
「というと?」
「今のあんたの行動が、こいつのためになってるのかどうかってことだろ?」
「なっているはずです」
「ああ。俺も同感だ」

 それも、初めから分かっていたこと。

「俺もエクセリアもわかってはいるんだよ。あんたは昔のエクセリア自身だってことくらい。こっちを選んだ以上、ぶっ倒してでも通らなきゃならない壁だってな」

 エクセリアは決して安易にこっち側を選んだわけではない。
 その証拠がエルオードであり、それを乗り越えることは結果的に、エクセリアのためになる。
 正しい間違っているは関係無く、ただエクセリア自身の成長のために。

「本当ならもっとゆっくりじっくりと、二人で解決するべき問題なんだろうけどな……。そうもいかない」

 エルオードの目的は、由羅やジュリィにまで及んでいる。
 そして多分、俺自身にも。

「これ以上、あいつらにちょっかい出して欲しくねえしさ。茜を返す気が無いのなら……力ずくでも奪い返す」

 これが俺にとっての本当の理由であり、エクセリアのことはついでといえばついでだ。
 だけど、ついでであるとは言い切ってしまいたくなかった。
 どちらも俺にとっては、重要なことだ。

「なるほど」

 こくりと、エルオードは頷いた。

「ならば、お互いできることは一つですね」

 その瞬間、空気が変わった。
 今まで清浄だったものが、一気に変質していく。
 どろりとした、物理的な圧力さえ感じさせる、何かに。
 これ……は……?

「僕にはかつて彼女から授かった力があります。そして真斗君、あなたにも。これはきっと、いい見物になりますよ」

 単純に勝てばいいという問題ではないが、勝たねばどうにもならない。
 俺自身の目的のためには、エルオードを倒すことが一番手っ取り早い。しかしエクセリア自身もあいつに勝たねばならず、その意思がなければ俺も勝つことはできないだろう。

 結局、エクセリアの意思が、勝敗を左右する。
 しかし俺はエクセリアを疑うことは、微塵も思わなかった。
 こいつの意思はすでに決まっているはず。
 後は俺がエクセリアの代わりに剣を振るえばいい。
 あいつのためにも――俺自身のためにも。

「……で? この気味の悪いのは何なんだよ?」

 周囲はすでに、清浄さを失っている。
 ひどく嫌な空気が、山頂を支配しつつあった。

「清浄ゆえに染まりやすい……そういうことですよ」

 事も無げに、エルオードはそう言った。

「ああ……エクセリアが言ってた呪いってやつか」
「ええ。いかに彼女に力を授かったとはいえ、それは知識に過ぎません。それを利用することができねば、本当の力とは言えませんからね」

 どんどん嫌な空気の濃度が増していっている。
 正直、気分が悪い。

「真斗」

 エクセリアが俺の名を呼んだ瞬間に、気分の悪さが消し飛んだ。

「多少は、遮ることもできる」
「……さんきゅ」

 なるほど。
 どうやら俺は、エクセリアがいないと舞台にも立ってられないってわけだな。
 少々情けない気もするが……まあいい。

 そう思ったところで、何かが地面から飛び出してくる。
 複数。
 かなりの数だ。

「げ……」

 出てきたのは、先ほど延々と相手し続けた亡者の群れだった。
 その数は数十――というか、増え続けている。

 ……どうやら封じられていた呪いが解放され、それに宛てられた連中が迷って出てきたってとこか。
 相変わらず気味の悪い……!

 しかしそんなに脅威な相手ではない。
 エクセリアの言うように、ただ動くだけだ。
 一気に突破して、打ち込む!

「――行くぜ!」

 その一声が、本格的な幕開けとなった。


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