終ノ刻印

第136話 殴り合いだとしても

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第136話

 どうなるか、私自身分かっていた。
 私の光はあっさりと赤光の槍に貫かれ、しかし一切の勢いは衰えることなく、泪目掛けて収束していく。

 相殺するつもりなど毛頭無い。
 まだまだ我慢比べの続きなんだ……!

 視認できないほどの速さで迫る槍を、私はほとんど勘で掴み取り、少しでも狙いを逸らそうと力を込める。

「ぐ……!」

 それに意味があったのかどうかは知らない。
 槍は私のわき腹を抉り、貫いて背後へと飛んでいった。

「ふ――――は……っ」

 激痛が襲ってくる。
 ひどい出血だった。
 ずっと背後で槍は地面を貫いて、轟音と共に爆発する。
 一方で、私の目の前でも同じことが起こっていた。
 泪に収束した光は、地面を捲し上げるように根こそぎ破壊していく。

「はあ……はあ……」

 ぼたぼたと滴る血など気にせず、両方向から迫る爆風の中、私はじっと泪のいた方向を見返した。
 直撃だった……と思う。
 これだけの大技の後だ。防御が間に合ったとも思えないけど……。
 衝撃が収まり、爆煙が少しずつ晴れてきて、捜していた姿がはっきりと見えてくる。

「…………!」

 泪は、立っていた。
 やはり直撃だったのか、全身はすでにぼろぼろになっている。
 片腕は千切れ飛び、顔は火傷で爛れ、腹からは内臓を垂れ流しながらも……立っていた。

 その傷のせいで、すでに表情は分からない。
 それでも私を見ていた。
 怨嗟に満ちた瞳で。

「もう……終わりよ」

 今の一撃でとどめを刺せなかったのには驚いたけど、あの有様ではもう戦えはしない。
 別に苦しませるつもりもなかったし、次の一撃で終わらせる――そう思ったところで。

「え……?」

 私は目を疑った。

「ウ……ゲェィィィィェ…………! ギ。ギギギャビビビビ…………!」

 気味の悪い音を発しながら、泪の身体が異様な動きを繰り返し、そして、少しずつ再生し始めていた。

「う、うそ……!?」

 出血が止まり、抉られた肉が増え、千切れた腕が生えていく。

「う……」

 それは、とても嫌な光景だった。
 どうしようもなく醜くて、無様で。

 けど、ずっと昔の私もこんなことを繰り返していたのだ。
 レネスティアに散々に弄ばれ、壊される度に勝手に蘇生して、また繰り返す。
 とっても辛かったけど、こうやって外から見ると……かつての自分自身を見ているようで、どうしようもなく嫌になる。

 ううん――問題はそんなところじゃない。
 問題なのは、泪にもわたしたち千年ドラゴン並の再生能力があるということだ。
 もしその再生の理由が私たちのような〝呪い〟によるものならば、簡単には滅ぼせない。
 どうすれば……。

「ギェギギギャァアアアアアアア!!」

 再生途中のまま、動揺した私目掛けて泪が跳び掛ってくる。

「――――もうっ!」

 悩んでいても仕方ない。
 私は逃げず、反対に泪へと跳び掛る。
 空中でぶつかり、そのまま揉み合いながら地面をごろごろと転がって――その後はお互い殴り合いになった。
 防御などまったく考えずに拳を叩き込む。

「このおおおっ!!」

 どれくらい続いたか分からない。
 気づいた時には相手は動かなくなっていた。

 ……というか、上半身が人間の原型すら留めていない。
 だっていうのに、そいつはまた再生し始めていた。
 少しずつ、少しずつ……だけど、確実に。

「うそ……まだ」

 私はその場に立ち上がり、数歩退いてしまった。

「まさか、私と同じ……?」

 そうとしか思えない、再生能力。
 だけど、そんなの嫌だった。
 こんな怨念の塊みたいなやつが、私と同じだなんて……!

「――ううん。そんなことないよ」

 声は、後ろからした。

「――イリス!?」

 振り返れば、イリスと楓の姿があった。
 どうやらもう、イリスは大丈夫のようだ。
 そのイリスが私を見て、少し微笑む。

「由羅、すごい顔」
「え、ええ……?」

 そういえば、私だって泪に殴られまくったのだ。
 ヒリヒリと皮膚は痛いし、骨だってどこか砕けてしまっている。
 だけど、それもどんどん治っているのが自分でも分かった。
 そのうち完全に治るだろうけど、その間はちょっと恥ずかしい。

「まったく……殴り合いとは。桐生くんにでも習ったのですか?」

 少し呆れたように、楓が言ってくる。
 うん、って言ったら真斗、怒るだろうなあ……。

「ううん。真斗、殴り合いとか好きじゃないみたいだし。私は……その、あまり戦い方っていうの、知らなくて」
「でしょうね……」

 ここから見える周囲は、あらかた吹き飛んでしまっていた。
 私が手加減無しで暴れると、こうなってしまうのだ。
 少し、反省する。

「しかし、大した力です。おかげでイリスの傷も塞がりました。呪いの影響も受けていないはずです」
「もう、大丈夫だから」

 イリスはそう言って、私の前に出る。
 そして、足元で再生している泪を見下ろした。

「……これは、由羅やレダと同じなんかじゃない」
「本当……に?」
「うん。たぶん、人形がそういう風にできているの。依り代に力が残っている限り、再生し続けるようにって。だけどそれは、どんどん小さくなっていっているから」

 その言葉に、私は疑問を覚えて聞いてみる。

「だけどエルオードが、殺されれば殺されるほど、想念が増すって……」
「増していますよ」

 隣にきた楓が言う。

「叩けば叩くほど、この人形に詰め込まれた者どもの想念は増していっているようです。ですが……同時に身体の再生に、力を使わねばなりません。最初の時のように、スペアの人形をいくつも用意しているのならば、得た力を減じずにすむかもしれませんが、この状態ではそれもできません。……見たところ、消耗の方が激しすぎて、力はどんどんと小さくなっているようですね」
「由羅のおかげだよ」

 イリスの言葉に、嬉しくなる。

「ギ……ギギギギ…………!」

 原型を取り戻し始めた泪が、私達を見上げてまたあの気味の悪い音を上げ始める。
 身体はまだ動かないようだけど、威嚇はできるらしい。

「でも、どうやって倒すの?」
「わたしがやるから」

 イリスはそう言うなり、動き始めていた泪を無造作に踏みつけた。

「ギェ!?」

 手には大鎌を持っており、再生し始めている首の部分に狙いを定める。

「で、でも、そんなので……?」
「大丈夫ですよ」

 私の心配を見越したように、楓が声をかけてくれた。

「彼女はこれでもれっきとした死神なんです。確実に存在否定の力を振るえば、彼女を前に死を逃れられる存在などありません。今回は想念ごと、その存在全てを消し去るでしょう」

 楓がそう言い終わったところで、音も無く鎌が振り下ろされた。
 それは地面ごとその首を掻き切り、中途半端に再生していた首が転がっていく。
 そして、ようやく泪の身体は動きをやめた。

 完全に動かなくなってからややあって、その身体は黒い塵となって消え去っていく……。
「……終わり?」
「うん」

 その言葉に、私は全身の力が抜けるのを感じた。
 そのままへたへたと座り込む。

「……由羅?」

 そんな私を、イリスは不思議そうに見つめてきていた。

「どうしたの?」
「うん……なんだか、急に疲れて……」

 たぶん、今までずっと緊張していたのだろう。
 やっぱり私は、あんまりこういうのには向かないのかもしれない。

「ごめん……まだ何も終わってないのに」

 泪は倒したとはいえ、エルオードも茜も残っている。
 見渡してみるものの、すでに茜の姿もエルオードの姿も無い。

「ジュリィ……」

 大丈夫だろうか。
 思い出して、私はこんな所で座ってられないと立ち上がる。

「行く、よね?」
「うん」
「ええ」

 イリスと楓は頷いて。
 私たちは気配を求めて更に山の奥へと進んだ。


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