終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第135話
/真斗
今までの不調が嘘のようだった。
エクセリアにあれを刻み込んだ瞬間に、俺の身体の一切の不調が消し飛んでしまったのである。
そのことに調子を得て、俺たちは目的地に向かって走っていた。
向かう場所は、昨夜と全く同じ場所。
第二ラウンドってわけか。
エクセリアと出会った公園からはかなり距離がある場所であるが、単車を飛ばして山すそまでは来ている。
そして今は、境内へと続く山道を登っているところだった。
「――――」
登り始めてすぐ、異様な雰囲気に気づいて足を止める。
「……これは」
山が鳴動しているのが分かる。
そして眩い閃光が、時折闇を照らす。
しかしそれ以上に……何か違うものが、この先全体を覆っているようだった。
「真斗」
姿を現したエクセリアは、俺の横に並んで見上げてきた。
「なんか、やばそうにことになってるな……」
「恐らく、想念であろう」
「想念?」
「人の想いが凝っている。主に、妄執が」
「尋常じゃないな」
そうとしか言いようがない。
俺みたいに感覚の鈍い奴ですら、これほど感じるものが渦巻いているのだ。
尋常なわけがない。
「この想念には、方向性がある。向けられるべき対象がいる」
「……というと?」
「アルティージェが山に登ったのだろう。ゆえに憎悪も活性化した」
憎悪にアルティージェ、か。
何となく納得する。
あいつが過去にやらかした残骸――そういったものの類なのだろう。
今ここに満ちているものは。
もっともそれを掻き集めたのは、エルオードだろうけど。
「山頂へ」
「え?」
そう言われて、俺はエクセリアを見返す。
「あの境内は上まで行かなくたって……」
「あれは、表にすぎぬ。この奥に、最遠寺が管理してきた呪いがある」
「呪い?」
「そうだ。この地はこの町の鬼門に当たる。それゆえ、様々な厄災が封じられた場所でもある」
「鬼門ねえ……」
俺はそういったことには詳しくないが、それでもこの京都って町が、そういったものを意識して作られているってことは知っている。
鬼門といえば、北東。
京都市の北東を見てみれば、叡山やら鞍馬といった寺が、京都の鬼門鎮護の寺として信仰を集めてきたのは有名なことだ。
「恐らくこの場のことは、誰にも知られてはおらぬ。最遠寺はかつて叡山の末寺であったゆえ、その長吏がこの地において秘密裏に管理を任っていたらしいが」
「詳しいな」
「エルオードがそう言っていた」
なるほど。
「で、まさかと思うけど……」
「エルオードはそれを解放するつもりだ。それこそ方向性の無い想念に違いないが、一時の力にはなる。そなたと戦うための」
「……どうしてそんなことができるんだよ?」
不思議に思いながら、聞いてみる。
「聞いたはずだ。あの者とはネレアの契約を、かつて結んだことがある。わたしの知識だ」
「ふうむ……」
エクセリアの、か………。
と思った瞬間、ぼごっ! と突然何かが地面から飛び出してきた。
「げ!?」
目を疑う。
出てきたのは、まさに骸骨だったのだ。
身体には、鎧と思しきものを一部身につけた、まさに落ち武者の亡霊といったところの物体。
「おいおいおい……!?」
正直慌てた。
気味が悪い上に、ぼろぼろになった太刀をひっさげて、こっちににじり寄ってくるのである。
しかもあちこちで、似たような音がしていた。
地面から飛び出てくる音。
「……これもあれか?」
「屍を利用する方法もできたはずだ。実際、二代目のネレアがオルセシス異端裁定において……」
「後にしろっ!」
エクセリア自身はさほど脅威を感じていないらしいが、俺はそうはいかない。
襲い掛かってきた骸骨に向け、解凍した剣を一閃させる。
あっさりとそいつはバラバラになったが、似たような連中は次から次へと湧いて出てきていた。
武者の格好をした奴だけでなく、中途半端に腐った、恐らく最近の自殺者じゃないかと思われるようなもので、こっちに向かってきている。
ほとんどゾンビだ。
「くっそ……!」
焦る俺を、不思議そうにエクセリアが見返してくる。
「あんなものは、ただ動くにすぎない。そなたが恐れるようなものでは……」
「見た目が気持ち悪い!」
断言してやると、エクセリアは一瞬押し黙った。
それからじっと連中を見つめ、もう一度口を開く。
「趣味が良いとは言えぬが……」
やはり釈然としない様子のエクセリア。
俺が嫌がっている理由を共感できなくて、不本意に思っているようだった。
……エクセリアって、こういうの見てもあまり感じないんだな。
今だけはちょっと羨ましい。
などと思っていると、腐った死体が俺の寸前まで迫っていた。
「くそっ!」
ほとけさんには悪いが、遠慮はしてられない。
俺は剣を振るって、前に進む。
「行くぞエクセリア!」
「――――」
エクセリアは俺のぴったり横につく。
俺達はそのまま亡者の群れの中を突き進んだ。
/由羅
「はあ――っ!」
幾度となく繰り出された闇を、私は全て振り払う。
闇と光がぶつかり合い、大地を鳴動させる。
相手も私を敵と認識したのか、執拗に私を狙ってきていた。
更に大きな赤い闇が、木々を一瞬にして腐らせながら突進してくる。
あんなものに触れられたら、私までおかしくなってしまう。きっとそういうもの、だ。
「このぉ!」
構わずに、こっちも撃ち放つ。
二つの力は相殺され、その場で消え失せる。
さすがに疲労を感じてきたが、まだまだいける。
「――――キさマ」
初めて、泪が声を出した。
憎悪に満ちた声で。
それはもはや泪の声ではなく、何かの集合体のような、入り混じった声。
「なゼ……ダ。我らガ恨ミ、貴様ごとキに届かヌはずガ……!」
苛立ちが、その声から滲み出す。
「甘くみないでよ!」
単純な積み立てならば、二千年以上も前に生まれた私の方が多いのだ。
相手はレイギルアの次の魔王の時代の存在である以上、何百年か後の時代に生まれたことになる。
消耗戦では、私の方が有利なのだ。
「ふん! いっぱい集まってるからって、私に勝てると思わないで! 烏合の衆って言葉、教えてあげる……!」
今度はこっちから仕掛けた。
放たれた光が大地を薙ぎ払う。
「ヌうううウうウ………!」
それでもさすがというべきか、泪は私の一撃をしのいでみせた。
そして即座に反撃してくる。
「死ねエエエエエエ!!」
赤い触手が無数に展開し、私を貫こうと襲いかかる。
「この程度で!」
どんどん戦意が高揚してくる私は、その触手の中に飛び込んだ。
纏わりついてくるのを払いのけながら、泪を目指す。
「はああああっ!」
「!」
懐に飛び込んだ私は、下から思い切り殴りつけた。
何かが砕ける音がして、泪はまともに吹っ飛ぶ。
確かな手応え。
もう一発と思い、更に踏み込んだところに、赤い触手が行く手を阻むように群がってくる。
触手に絡め取られ、嫌な圧力が全身に圧し掛かった。
「このっ!」
私はそれを振り払い、先へと進む。
そこへ放たれる、赤光の球。
「っ……!!」
直撃だった。
顔は庇ったものの、光は私を巻き込んで炸裂して、ずたずたに引き裂こうとする。
「こんなもの……!!」
それでも、私の身体を壊せるほどのものではない。
耐えることはできる!
全身の生命力を防御として、耐え忍ぶ。
「――――っ!」
赤い闇が晴れ、開けた視界の向こうには。
その赤光を槍のように細く収束させて、投擲の体勢を取る泪の姿。
完全に、照準が合ってしまっている。
狙い撃ちだ。
逃げるか、防ぐか、攻めるか。
その瞬間に咄嗟に浮かんだ選択肢。
私は迷わなかった。
「――――〝光陰千年の〟」
これまでで最大出力の力を練り上げる。
眩い光が全身を覆う。
「オオオオオオオ!」
対する泪もまた、全身から想念を吐き出していた。
全く異質でありながら同等の質量をもった力が、ぶつかり合う。
「――〝六軍打チ消ス業魔ガ槍〟!!」
「〝息吹〟!!」
赤と黄金。
二つの光が一帯を、在り得ない光量で照らし尽くした。
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