終ノ刻印

第134話 兄との再会

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第134話

     ◇

「―――――」

 泪が、何事か唱える。
 その瞬間に間合いを詰める楓だったが、詰め切る前にそれは完成していた。
 泪が両手を伸ばし、その周囲に現れる無数の赤球。

「く!」

 まずいと判断したのか、楓は前進を止めて来た方向へと跳び退く。
 その瞬間、それらが解き放たれた。

「うそ……!?」

 それこそ際限無く、それは打ち放たれる。
 無数の赤球一つ一つの威力は相当なもので、直撃すればただではすまない。
 私は必死になって、避け続ける。

「…………!」

 楓は時に赤球を打ち落としながら避け、イリスは迫り来るそのほとんどを、大鎌ではじき散らしていた。
 凄いと思ったけど、違う。
 怪我のせいでうまく動けないのだ。
 だからわざわざみんな、受けている。

 第一波が終わり、反撃に出ようとした瞬間に、第二波が打ちつけられる。
 この無数の弾幕を前に、イリスも楓も前に進めずにいた。

「これじゃあ……!」

 全然応戦できない。

「ねえ楓! あなた、同じことできないの!?」

 もしできるのだったら、二つの力がぶつかり合っている間に私が駆け抜けて――と思って、聞いてみる。

「時間さえかければ不可能ではありませんが――」

 この状況で、時間をかけることなど無理だ。
 相手は咒力が無尽蔵かと思わせる勢いで、狙いも定めずに連発してくる。
 避けることに集中すれば、咒法に集中することもできない。

 ……きっと千年単位で溜め込められた怨念が、力の源なのだ。
 そう簡単には尽きはしない。
 このままではいずれ、追い詰められてしまう。

「っ!」

 目の前で、イリスの目の前に赤球が落ち、彼女の姿が爆煙に消えてしまう。

「イリス……!?」

 イリスは大きな怪我をしてるのだ。
 きっとうまく身体を動かせなくて、はじき損ねてしまったのだ。

「イリス!」

 私は構わずにイリスの元へと飛び、仁王立ちして庇う。

「由羅……!」

 動きの止まった標的へと、赤球は一気に降り注いだ。

「この――ふざけないで!!」

 私は生命力を放出させると、迫る無数の赤球に向けて、収束させたものを打ち放つ。

「〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟!」

 放たれた光は赤球を呑み込み、完全に打ち消した。
 そうか――
 そこで私は、自分のすべきことが分かったような気がした。

「イリス、大丈夫……!?」
「……うん」

 直撃ではなかったけど、イリスは更に傷を負っていた。
 口からは、未だに止まらない血が流れている。
 イリスの傷は、普通の人間だったらまず間違いなく死んでいるほどのものだ。

「――楓!」

 一旦攻撃がやんだところで、私は楓を呼ぶ。

「……イリスを治してあげて欲しいの。その間、私が何とかするから」
「何とかって……」
「だから早く。私じゃ防げても、決定打は与えられない。……やっぱりイリスがいないと」

 私の言葉に、楓が溜息をつく。

「残念ですが、それは認めましょう。彼女を完全に殺すには、イリスの力が不可欠です」
「……大丈夫、だから……こんな傷。すぐに……」
「治るでしょう、あなたなら。ですが今すぐにとはいきません。あなたの存在力をもってしても、多少の時間はかかります」

 だから手助けする、と楓は言った。ちょうど借りを返せますから、とも。

「でも……由羅……?」

 心配そうに、イリスが私を見る。

「大丈夫」

 私はにっこり笑いかけた。

「相手が物量でくるのなら、こっちだって。私は負けないもの」
「まさかあなた、先ほどのあれを……?」

 楓はすぐに、私の意図に気づいたようだった。
 その通りだと、頷く。

「無茶です。先ほどあなたが放ったような大技は、そう何度も放てるものではありません。そんなことをしてはあなたが――」
「そんなことない」

 私の強みといえば、二千年以上存在としてあった、という存在力の強さだ。
 そしてそれは、圧倒的な生命力を与えてくれている。
 あんな妄執の塊なんかに負けはしない。
 千年単位の力の勝負なら、望むところだ。

 ぞわりとした嫌な気が、向こうで膨れ上がる。
 泪を中心に、赤黒い闇が力を増していく。
 どうやら私の一撃を見て、戦法を変えるらしい。無数の力を分裂させるのではなくて、収束させて私を打ち破る気でいるのだ。
 こっちだって負けてられない。
 私も生命力を燃やし、力とする。

 ……咒法があまり得意でない私には、こんな単純な力技しかできないけれど。
 泪の赤い闇が、一つの大きな力になっていくのを見て。
 私はそれに立ち向かった。

     /黎

「く……っ!」

 茜とわたしは幾度も交錯しながら、戦場を駆けていく。
 もはや最初の場所からは遠く離れた山奥へと、移動していた。
 足場も悪く、木々に遮られた場は、武器を持つ方にとっては不利だ。
 しかし茜の持つ剣はやはり尋常でなく、あっさりと大木を切り裂いてわたしの首を落とそうと迫ってくる。

「――〝スィークティアスの光〟よ!」

 ゴォ!
 打ち放つ咒法は、一直線に茜を目指す。
 しかし茜はその剣の一振りで、咒法の光を霧散させた。
 高位咒法ですら、足止め程度にしかならない。
 どうやらよほどに――ナウゼルという男は強かったのだろう。

 わたしはユラのためだけに生きてきたのであり、それ以外の他者に対してはさほど強くもないのだ。
 所詮、わたしの敵う相手ではない。

 わたしは更に戦場を駆け、移動した。
 茜の追撃をかわしながら、やがて開けた場所へと出る。
 そこには。

「――ようやく来たわね」

 当然のように、アルティージェの姿があった。
 わたしは別に驚かず、その前に立った。
 アルティージェがここに向かうであろうことは予想していたし、実際向かったとのことは、すでに定から連絡を受けている。
 ならば利用させてもらうだけだ。

「かつて、あなたはナウゼルに負けたと聞いたけれど?」

 わたしの言葉に、アルティージェは煩わしそうに顔をしかめてみせた。

「負けてなどいないわ。勝てなかっただけ」

 思っていた以上にあっさりと、アルティージェはその事実を認めた。

「一年前の恨みでもあるの?」

 わたしはアルティージェの剣を受け、重傷を負ったことがある。
 あの時の彼女にわたしを殺す気はなかったのかもしれないが、それでも死んでも構わないとは思っていただろう。
 不愉快ではあるが、わたし自身も他人を簡単に批判できるほど、まっとうな人生を歩んできたわけでもない。

「別に。一度、真斗があなたを完膚無きまでに叩きのめしてくれたから、それで満足よ」
「完膚無きって……」

 またそこで、アルティージェが顔をしかめる。
 そのつもりはなかったのだけど、どうしても皮肉が混じってしまう。

「嫌な女ね」
「あなたこそ」
「ふん……まあいいわ。それで? あなたこそ、逃げてきたのでしょ?」

 茜を指して、アルティージェが言う。

「あなたの元に連れてきただけよ。とはいえ……彼が覚醒した以上、放っておいてもあなたの元に向かったでしょうね。兄弟の中では、彼があなたに一番酷い目に遭わされたのだから」
「そうだったかしら」

 肩をすくめるアルティージェ。
 罪悪感は、少しも感じていないらしい。
 一方の茜は、アルティージェを前に、明らかに変化があった。
 一言も語りはしないが、もはやアルティージェしか見てない。
 これで二人の戦いは避けられないだろう。

「――わかっているとは思うけど」

 一つだけ、言っておかねばならないことがある。

「依り代になっている人間のこと。茜を殺すような真似だけは、してはいけないわ」

 もしそんなことをすれば、確実にイリス様を敵に回すことになる。
 そのことは、アルティージェも承知のはずだった。
 でなければ一年前、ユラとアルティージェを追った茜が無事にすんだわけもない。

「さあ? そんなこと知らないわ」

 アルティージェはそうとだけ答え、一歩前に進み出る。

「おどきなさい。巻き添えをくって良いのならば、構わないけれど」

 言われるまでもなく、わたしは後ろへと下がった。
 元よりわたしなどが介入できる戦いではない。
 アルティージェもまた、茜しか見ていなかった。

「事情は聞いているわ、お兄様」

 嘲るように、告げる。

「フォルセスカに敗れた後、イリスにも負け、挙句にはネレアなんていうものにまで取り込まれて」

 その言葉に、茜が反応する。
 そして溢れ出てくる、いいようのない気配。
 憎悪だ。

「ネレアにへばり付いたままこの国に来て、九曜の人間にとり憑いて……いずれはわたしを、とでも思っていたの?」

 殺気が膨れ上がり、茜の持つオルディオン剛剣がアルティージェへと振り下ろされる。

 ギィンッ!

 しかしそれを、アルティージェはあっさりと受け止めていた。
 その、降魔九天の剣シャクティオンで。

「良かったわね。こうして会えたのだもの」

 くすくす笑いながら、アルティージェは槍剣に力を込める。
 はじかれ、茜は吹き飛ばされた。

「いつかの続きといきましょうか? ナウゼルお兄様」

 相手を兄とも思わぬ冷たい微笑を浮かべながら。
 アルティージェは槍剣を振るった。


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