終ノ刻印

第130話 由羅の看病

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第130話

     /真斗

「く……」

 悪い夢でも見た後のように、気分はしっくりこなかった。
 背中に流れた大量の汗の不快感に、目を覚ます。
 目が覚めたその場所は、久しぶりに自分の部屋のようだった。

「何でだよ……」

 ズキズキと頭痛がして、顔をしかめる。
 どうしてこんな所に俺は戻ってきてしまったのか……。

「目、覚めたのね」

 声がした。
 枕もとには、由羅の顔があった。
 こっちを覗き込んでいるせいで、その長い髪が俺に垂れかかっている。

「……お前が俺の監視か?」

 意識を失う前のことは、よく覚えている。
 ようやく目が覚めたと思った途端に、黎に生気を吸われてぶっ倒れたのだ。

「看病」

 俺の質問に、由羅は訂正してきた。

「看病って……お前、イリスは?」
「イリスなら行ったよ」
「行ったって……」

 ああ、そうだな。
 あいつが今行くところがあるとしたら、それは茜の所だ。
 黎じゃなくて由羅がここにいるところを見ると、黎も行ったってところか。

「真斗、起きれる?」
「む……?」

 突然そんなことを聞かれて、少し戸惑った。
 起きれるかってそんなの……。

「あ」

 起きることができた。
 確かに身体はとてもだるい。それは変わらないのだが、身体はしっかり動きはする。
 これだと、黎に生気を吸われてぶっ倒れる前よりもいいくらいだ。

「そう……良かった」

 安心したように、由羅は微笑む。

「お前……?」
「ジュリィにはね、真斗がどこにも行かないように見張れって、そう言われたの」
「だろうな」
「だけど、そんなのできない」

 真っ直ぐに俺を見て、由羅は言う。

「だって真斗、苦しんでたもの。茜だけのことじゃない。真斗自身のことだって……私は、心配なの。このままじゃ、だめ。だからちゃんと……ちゃんとして欲しいの」
「……そうだな」

 そんなことは分かっている。
 まずはそれをしなければならないことは。

「だから……その、ごめんね。私勝手に、真斗に生気をあげちゃったの。そういう方法でしかできなくて、その……」

 視線を逸らして、由羅はもにょもにょとつぶやく。
 あげたって……。

「そっか……どうりで身体が楽になってるわけだな」

 これならしばらくの間くらい、歩き回ることもできるだろう。

「サンキュ――って、なに赤くなってるんだ?」

 きょとんとなる俺に、由羅はぶるんぶるんとかぶりを振った。

「ぶ」

 振り乱された髪がまともに顔面に直撃して、再びベッドに沈む。
 地味に痛いぞ。

「わ、真斗……」
「何だよどーしたんだ?」
「う、ううんっ。何でもないから、気にしないで」

 いや、気になるって。……まあ今はそんなことを追及している場合でもないか。

「で、お前はどうするんだ?」
「私も茜を捜しに行く。……先に、行ってるから」
「ああ」

 それでいい。
 俺だって、すぐ行くけどな。

「気をつけろよ」
「真斗も」

 ……それだけの会話をした後、由羅は部屋を出ていった。
 一人残された俺は、何度も深呼吸をしながら身体の調子を確かめてみる。

「……よし」

 何とか大丈夫そうだ。
 これも由羅のおかげか。

 ……それにしても、由羅がこんなことをしてくれるとはな。
 もしかすると、黎が由羅に俺を任せていったのは、初めからこうなることを分かった上でのことだったのかもしれない。

 あれで黎も、けっこう情があるしな。
 表にはあまり出さねえけど。

「さて……と」

 特に出ていく必要は無かったのかもしれない。
 行くべき場所も、今は茜のところではない。
 だけど、じっとしていることもできなかった。
 相手がどこにいるのかは分からない。
 それでも俺は、こっちから会いにいくつもりで、外へと出た。

     /

 ほとんど会話も無く、その戦いは始まっていた。
 楓が辿りついた場所は、昨夜と全く同じ場所。
 確かにここ以上に、気兼ねなく戦える場所は無い。
 もはや語ることなど無く、楓はすでに激戦の中にあった。

「――く!」

 幾度もの交錯の末、楓は勝機に手を伸ばしながらも、その先に行けないでいた。
 後少しのところで、邪魔される。

「ふふ、さすがですね」

 杖を振るい、冷気をまといながら、泪は言う。

「伊達に九曜は名乗っていないということですか」
「――関係ありませんよ、そんなことは」

 溢れた炎が泪を包み込む。
 その威力は、泪のまとう冷気をことごとく消滅させたが、自身もまた力尽きて消える。

 咒法の腕は、ほぼ互角。
 とはいえ泪には咒を増幅できる杖があるだけに、その限りではない。

 もっとも楓にも、武器はある。
 イリスの持つ死神の鎌と同じ、原理崩壊式咒ゴルディオスによる武器。
 武器の扱いに関しても、楓は九曜家随一だ。
 そしてその刃は、幾度も泪を追い詰めている。

 しかし決定打にならない。
 黒い影に、寸前でかばわれるからだ。
 何らかの結界咒かと思ったが、どうやら違う。
 あの得体の知れぬ影を操っているのは、高みの見物を決め込んでいる、エルオードという男。
 茜を奪った張本人だ。

「――〝闇の声・偽りの光・ロアドの爪痕ルリラ・ロウ・カルテア・ザ・アルネルド〟」
「ふん!」

 解き放たれた光熱波を、楓はベファーリア三日月の弓を一閃させて掻き消す。

「――大したものですね、本当に」

 素直に泪は、感嘆したようだった。

「確かにあなたは優れているようです。このままでは長引くだけでしょう……。エルオード、そろそろどうでしょうか?」
「それもそうですね」

 エルオードが頷いた瞬間、膨れ上がった殺気に、楓は後方へと退く。
 その楓目掛けて、何者かが飛び出し、剣を振り下ろす。

 ギンッ!

 その威力に手が痺れたが、それでも完全に防ぎ切る。
 ――相手が誰であるかは見えていた。
 しかし構わずに、楓は咒法を解き放つ。

「〝煉将廃魔陣エネシス〟!」

 狙いを定めず四方に放たれた白い炎は、一瞬にして相手を呑み込む。
 しかし、呑み込まれたのも一瞬だった。

 あっさりと切り裂かれた炎より姿を現したのは、紛れも無く九曜茜。
 その手には、昨夜までザインが手にしていた逢魔十戒の剣。
 元々は、ナウゼルの愛剣だったもの。

「……茜」

 楓はその名を呼んだが、茜に答える様子はまるでない。
 明らかに、その雰囲気が変質してしまっている。

「…………」

 原因は、考えずとも分かる。
 茜に憑いていたナウゼルが、エルオードか泪の仕業によって、表面に覚醒しているのだ。

「これで二対一……いえ、三対一ですね」

 茜の隣まで来た泪が、優越感を滲ませて、楓を見下す。

「先日は始末しそこねましたが、今夜は間違いのないように」

 そう宣言して。
 泪は茜と共に、楓へと迫った。


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