終ノ刻印

第129話 損な性分

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第129話

     /黎

「何ていうか、相変わらず手荒だな」
「……かもしれないわ」

 定の感想に、苦く笑う。
 かつてのユラとのことを言っているのだろう。
 倒れ込んだ真斗を支えながら、定を見てわたしは言った。

「けれど、仕方ないでしょう。真斗は、放っておけば何でも背負い込んでしまうもの。そんなことは、わたしとユラの時のことを思い出せば、考えるまでもないわ」
「確かにな」

 定は安物の煙草を取り出すと、やれやれといった感じで一服する。
 真斗やユラの前では滅多に喫煙しないが、わたしの前ではお構い無しだ。
 理由はいたって簡単である。

「一本どうだい?」

 わたしは首を横に振った。
 今は別にいい。

「真斗も言っていたことだけどね」
「ん?」
「アルティージェのことよ。今回のことの一番の責任は、彼女にあるわ」
「ふむ……」

 紫煙を吐き出して、定は肩をすくめてみせた。

「その通りではあるがな」
「なら」

 声が冷たくなるのが、自分でも分かる。

「彼女を差し出してしまえばいい。エルオードにね。そうすれば無意味に茜を手元に置く必要も無くなるわ」

 今ならば、アルティージェは手元にある。
 しかもエルオードの不意打ちをまともに受け、かなりの重傷だ。
 いかに彼女とはいえ、簡単には全快しない。
 しかしアルティージェもまた、千年ドラゴンなのだ。
 いずれは全快してしまうだろう。そしてそれは、そんなに遠い日のことでもない……。

「チャンスは今しかないわ。それで全て片がつくのならば、それでいいんじゃないの?」

 別に試したわけではない。
 定が何と答えるかは分かっていたけれど、それはわたしの一つの本音でもあった。
 それで済むのならば、それでいいのではないかと。

「やはり君が、一番現実的……というか、合理的だな。真斗にも見習わせたいものだ」

 苦く笑いながら、定は言う。

「時にはそういう判断も必要だ。冷酷とも思える判断を下し、そして汚れ役をも買って出てくれる配下というものは、王にとっては得難い人材だ。が……君は配下の器じゃない。どちらかというと、支配者側の人間だ。しかし王が泥まで被ってしまうのはうまくない。王とは常に綺麗でなくてはな。誰も御輿を担いでくれなくなる」
「……結局、中途半端だと?」
「君が望んでいる理想と現実が一致していないだけさ。だから中途半端にも見えてしまう」

 それは、的確な指摘だった。
 わたしはずっと背伸びをしてきた。
 でなければ、エクセリア様やレネスティア様の姉としては存在できないと思ってしまっていたから。

 本当は、ただの妹でいたかったのだ。
 レイギルアに、みんなのように甘えてもみたかった。

「……大した洞察力ね」
「なに、自慢にはならんさ。おれのというよりは、シュレストのだ。仮にも最強とされた王の経験だ。時には役に立つ。というか役に立ってもらわねば困る」
「………それで?」

 先を促す。
 定は話を元へと戻した。

「君は頭がいい。だからわかっているはずだろう。――もし君がそうするのであれば、おれが敵になる」

 確かに、予想通りの答えだった。

「……アルティージェのこと、好きなのね」
「シュレストは、限定したくはなかっただろうがな。だが、まあ……恐らく八人の中では最も愛でていたのも事実だ。継承戦争の後、いい男を見つけてさっさと結婚してしまったメルティアーナとは違って、アルティージェは老後の世話をずっとしてくれたからな……。結局、最期を看取ったのもレネスティアではなく、アルティージェだった」

 あの戦争において、兄弟姉妹にはどこまでも残酷に臨んだアルティージェだったけれど、親に対しては全く逆の感情を見せている。

「では却下ね」
「最初から、そのつもりなどなかったんだろう?」
「本音ではあるわ。実現不可能なね」
「おれに話を持ちかけるあたりが、やはり損な性分をしている。君らしいがな」

 定の言う通りなのだろう。
 今さら確認するほどのことでもないけれど。

「それなら、エルオードと直接対決するしかないわね」
「そうなるな。だが、あいつの実力はどうなんだ?」
「わからないわ」

 長く彼はわたしの傍にいたけれど、その間ずっと隠し通してきたはずだ。
 己の実力を。

「ただ、アルティージェに負けているのは確かよね」
「話を聞けば、そうだな。だからこそこの期に及んで、茜くんまで利用しようとしている。一人では無理だと判断しているんだろう」

 定の言う通りだと思う。
 エクセリア様さえいなければ、何とかできる相手のはずだ。

「しかしな……あいつのことだ。油断はできん」
「ええ」

 それは同感だ。

「事は急を要するが、慎重にだな。その辺りを肝に銘じて探ってみよう」
「わたしも行くわ」
「真斗はどうする?」
「ユラに任すつもりよ」
「ほう」

 そこで、にやりと定は笑った。

「やはり君は、損な性分をしている」

 その意味するところは充分に分かったけれど、その時わたしは何も答えないでおくことにした。

     /

「――いえいえ。そんなことはありませんよ」

 闇の中、彼は誰かと話していた。
 彼のよく知る人物と、非常に似た相手。
 そういえば一昨日、彼女が戯れに姿を変えたのを間近で見ることができたが、やはりよく似ていると思った。

 とはいえ、内面は驚くほど違っている。
 しかし更によく相手を知れば、やはり同じなのだとも思わせられる。
 単に、到達していないだけだと。

「お互い様です。むしろ僕としては、ありがたいくらいですからね。正直なところ、これほど早く変わっていくとは思ってもみませんでしたので」

 そう思うのは当然だった。
 何せこの千年もの間、ろくに変わることが無かったのだ。
 それをこのたった一年の間、どうしてここまで変われると想像できただろう。

「――――」
「それはそうですね。まあ仕方の無いことです」

 青年は苦笑すると、視線を外へと向けた。

「――どうやらお客さんのようです。恐らく、このまま最後までいくでしょう。とすると、あなたとお話するのもきっと最後ということになりますか」
「――――」
「ははは……。実にあなたらしい言葉です。光栄ですよ」

 軽く笑った後、青年は彼女に背を向けた。
 そしてこの場に侵入してきた人物へと視線を向ける。

「――それでは。フォルセスカ殿に、またよろしくお伝え下さい」

 そうとだけ言った後、彼の意識は完全に侵入者へと向けられた。
 一番乗りは、予想通りの相手だった。
 自分と同じネレアの知識を有する者。
 エクセリアと直接的な繋がりこそないが、それでも間接的には縁の深い相手だ。
 そしてそれ故に、ナウゼルを受け付けなかった者でもある。

「お待ちしていました。あなたが最初です。九曜楓さん」


 次の話 >>
第130話 由羅の看病終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第130話      /真斗 「く……」  悪い夢でも見た後のように、気分はしっくりこ...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...