終ノ刻印

第128話 シュレスト・ディーネスカ②

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第128話

「親がそんなことさせたのか?」
「その辺りが、おれにシュレストが憑いている理由でもある。シュレストは魔王になるにあたって、レネスティア悪魔と契約していた。その内容は、もっとも強き存在になること。悪魔も満足するほど、シュレストは最強だった。おれが自慢しても仕方ないんだが、恐らく過去未来の魔王の中でも、飛び抜けて強かったはずだ。ところがシュレストは満足できなかった。自分は決して最強ではない、と」
「……謙虚だったってことか?」
「そうとも言えんな。どちらかというと、悪魔の期待にどうしても応えたかったんだろう。強迫観念のようなものだったんだろうが、それほどまでに悪魔のことを想ってしまっていたわけだ」

 悪魔って、エクセリアの妹のことだよな。
 いったいどんな奴だったのか……。

「最終的に、自分では駄目だと判断してしまった。応えられない、と。で、自分の子供に託したわけだな。実際、シュレストに劣らぬ才を持つ者も、その中にはいた」
「それが、アルティージェだったってか?」
「いや。その頃のアルティージェは、生まれて十数年しかたっていなかった。兄弟の中では一番弱かったといってもいいだろう。一番の後継者はナウゼルだと目されていたからな」
「なのに、アルティージェが?」
「そういうことた」

 そこで、にやりと所長は笑った。

「ある意味、シュレストの勘は正しかったってことさ。実際にいたんだよ。自分より強いやつがな。別に腕っ節ってわけじゃないぞ。何ていうかな……運の力、っていうか」
「ふうん……」

 運の力、ねえ……。
 確かにそれが最強だったら、あらゆる意味で最強になるかもな。

「そういうわけで、継承戦争は始まって、終わった。シュレストは後をアルティージェに譲って、悪魔との契約は白紙。残った娘二人に面倒みてもらいながら……一応、天寿をまっとうしたってわけだ」

 と、そこで所長は肩をすくめた。

「したのはいいんだが、やっぱり未練は残った。こうなるともはや呪いの類だな。あいつとの契約なんてものは。でまあ、それが使われてしまったというわけだ」

 それが、シュレストなんてものが出てきた原因であるらしい。

「――少し話は逸れてしまったが、その男はそんな昔にあったことを、今回のことにうまく利用したらしい。まず泪の母親で実験し、成功した後に泪を生ませ、成長させた。これを核に、色々と裏でやらせていたんだろうな」

 所長もそれにやられた口なんだろう。

「おれの場合は失敗だったんだが、おれがこっちに来たのを支配から逃れるために、とでも思ったんだろうさ。だから失敗しているとは思っていなかった。で、おれもそれを逆手に利用しようって考えたんだが……」
「寸前に、やられたってわけだな」
「そんなところだ」

 あっさりと、所長は認める。

「しっかし……そうなると、初めからわかってたんだな」
「ん?」
「いやさ。例えば初めて由羅を連れてきた時のこととか。あれ見てすぐに分かってたんだろ? あの刻印の正体に」
「まあな」

 だからこそ、あんなにも迅速に応急処置ができたのだ。
 他にも思い当たる節はある。
 一年前、アルティージェと戦う前に、あいつのことを妙に詳しく知っているように話していたこととか……。

 それはそれでいい。
 所長がそのことを話さなかったのは、それなりに事情があってのことだろうし。
 憑かれる、というのがどういうものかは分からないが、あまりいい経験でもないだろうしな。

「で、結局エルオードの目的は何だと思う?」
「黎くんと話したんだろう? 察しはついていると思うが」
「アルティージェ、か?」
「まず間違いなく」

 エルオードが最初の主であるエクセリアの命令を、今も忠実に実行しようとしているのならば、それに以外に考えられない。

「じゃあ……茜をさらったのは」
「泪の目的と同じはずだ。継承戦争の時とは違い、アルティージェはもはや単純に強い。一人では勝てはしない。だからこそ、茜くんの中のナウゼルを利用しようとするはずだ。何といってもナウゼルは、アルティージェの最大の敵だったしな」

 やはり、そうか……。

「もしナウゼルとかいう奴の意識が覚醒した場合、茜の意識はどうなる?」
「わからん」

 さすがに困ったように、所長は答えた。

「ナウゼルの意識が目覚めることで、茜くんの意識は反対に眠りに落ちるかもしれん。もしくは二つの意識が鬩ぎ合い、どちらかが打ち消されるか、二律背反で発狂するか……」
「ろくなことにはならない、ってことだな。けど所長の場合はどうだったんだ?」
「おれか。言っただろう? おれの場合は失敗したんだ。元々シュレストの想念が希薄だったんだよ。だから容易におれの意識の方が残ることができた」

 茜の場合とは、ケースが違うってことか……。

「茜くんの場合、生まれたその時から憑いていたはずだからな。どちらかというと、泪の場合に近い」
「…………」

 最悪の場合、あいつと戦うことになるのだろうか。
 そして、元に戻すことはできるのか……。

「なら少しでも早く、あいつを見つけ出さねえと……」
「馬鹿を言わないで」

 あっさりと、釘をさされた。
 隣の部屋からやってきた黎が、腕を組んで俺を見ている。

「イリスは?」
「イリス様なら、落ち着かれたわ。由羅が一緒にいてくれているけど……そんなことより、あなたは動いては駄目よ」
「そっちこそ馬鹿言うな。ここまできて、茜を見捨てろってか?」
「そうは言ってないわ」

 少し怒ったように、黎は言う。

「もちろん、茜はわたし達が捜す。エルオードのことは、わたしにも責任あるしね」
「ていうか、一番の責任はアルティージェだろうが」

 昔に色々派手なことをやってくれた挙句、そのとばっちりを受けているのは俺達だしな。

「文句でも言う?」
「……言ったところで無意味だな」

 苦笑して、認める。
 何といっても相手はあのアルティージェだ。恐らく徒労に終わることだろう。

「とにかく、真斗は動いては駄目よ。少なくとも、元の状態に戻るまでは」
「黎くんの言う通りだ」

 所長まで黎に同感だと言う。

「茜くんのことはおれたちに任せておけ。お前が自分で思っている以上に、お前の身体は弱っている。つつかれただけで死にかねんのだからな」

 その自覚はある。
 しかしだからといって、その通りにするわけにもいかない。
 第一俺は、イリスと約束したばかりなのだ。
 エクセリアのことを含めて、茜を連れ戻すと。

「悪いけどな――」
「いいえ、駄目よ」

 俺が反論するよりも早く。
 すっと、黎の手が伸びてきた。
 指先が頬に触れ、その瞬間に脱力感に襲われてしまう。

「――――……?」

 この感覚には覚えがある。
 食われたのだ。
 なけなしの生気を、黎に。

「て、てめ……!」

 それはほんの僅かだったのだろうけど、俺には充分だった。
 あっという間に立っていられなくなり、圧倒的な睡魔が襲ってくる。

「ごめんなさい。でも真斗を放っておくよりずっといい。茜のことは、わたしたちに――……」

 声が聞こえなくなる。

 あー……くそ。
 最後にそう思った。


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