終ノ刻印

第127話 シュレスト・ディーネスカ①

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第127話

     ◇

 事務所の方に行った途端、黎が心配した通りのことになった。
 俺も覚悟しておいて良かったと言うべきか。

「――――答えて。あの女は……どこに行ったの……?」
「ぐ……」

 顔を見せた瞬間に、イリスに襲われてしまった。
 胸倉を掴まれて、壁に叩きつけられる。
 気を失っていた間は自重してくれていたのかもしれないが、俺の顔を見て感情が爆発してしまったというところか。

「答えて……!」

 尋常な力じゃない上に、俺の身体はがたがただ。
 抵抗すら、できない。

「――――やめてよイリス!」

 すぐに飛んできた由羅が、俺を庇おうとイリスの腕に手をかける。

「真斗は悪くないもの! 離して!」
「いや……! だって、あの女が邪魔しなければ……っ!」
「イリス!」

 由羅が叫んだ。

「離してっ!!」

 由羅はイリスの手を無理に引き離すと、そのまま押し退けた。

「やめて! 真斗にひどいことしたら、いくらイリスでも許さないから!!」
「――――」

 ハッと、イリスの目が見開かれる。
 そしてそのままぱたん、とその場に腰を落とした。

「…………っ」

 イリスはその瞳に涙を一杯にすると、嗚咽混じりに泣き始めてしまう。
 驚いたのは由羅だった。

「あ……ご、ごめんね……。わたし、そんなつもりじゃ……」

 慌てて駆け寄って、イリスを抱きしめる。

 ……大変だな、お前も。
 ぼんやりと思いながら、俺はイリスの前に行って座り込んだ。

「お前が怒るのはもっともだよ。俺がお前でも、多分怒ってただろうさ」

 反応は無いが、構わない。

「俺に責任があるかどうかはともかく、少なくともあいつにはある。あの場で選ぶことができなかったっていう、な」
「真斗……」

 イリスをなだめながら、由羅がこっちを見る。

「別にあいつが悪いって言ってるわけじゃない。ただ責任はとってもらうさ。茜を無事に連れ戻すって形でな」
「………………できるの」

 ぽつり、とイリスがつぶやく。
 俯いて、しかも垂れた前髪のせいで、その表情は見えない。

「ああ」

 俺は迷わずに頷いた。

「こっから先は、俺の責任でやってやる。できなかった時は、煮るなり焼くなり好きにしろ」

 できなかった時――それは恐らく、俺の死を意味する。
 エクセリアがエルオードにつき、俺を切り捨てれば、俺は生きてはいられない。

「……それは、約束?」
「――そうなるな」

 これで、イリスが納得したかどうかは分からない。
 だけど、その時イリスはそれ以上何も言わなかった。
 俺は立ち上がると、事務机のある場所まで行って、椅子に腰掛ける。

「……ふう」

 どうにも身体が重い。
 歩くのも一苦労だった。

「ご苦労様だな」

 声をかけてくるのは所長。

「……そーだな」

 由羅に付き添われて、さっきまで俺がいた部屋へと行くイリスを見送りながら、俺は疲れたように頷く。

「一つ聞いておきたいんだけど」
「なんだ?」
「泪たちの背後にいた黒幕がエルオードだってこと、所長は知ってたんじゃないのか?」
「知っていたわけじゃない。可能性は考えていたがな」

 ……なるほど。
 本当にエルオードは、最後まで巧妙に自分の意思を隠してたってわけか。

「あいつもそうだったんだろうな。おれが支配されていない可能性を考えていた。だから不用意におれの前に姿を現さなかったんだろう。おれは泪の背後を探るつもりだったが、一歩遅かったというところだな」

 所長が泪に支配されていた振りをしたのは、その内情を探るのが第一の目的だったってわけだ。
 その最大の目的が、黒幕の正体か。
 もっとも所長が完全に気づく前に、エルオードはその状況すら利用してのけたわけだけど。

「どうして、背後に誰かいるって思ったんだ?」
「泪が主導で今回のことをやっていたとは思えなかったからさ」
「だから、なんで?」
「言わなかったか? このおれにシュレストなんていう想念を植え付けたのは泪だったんだよ。まあ、その辺りがおれが最遠寺を出た理由なんだが」

 そういや昨日、アルティージェが簡単に説明してくれたっけか。

「ザインにオルディードを植え付けたのも、あいつだ。泪はアルティージェへの復讐のために、かつてアルティージェに殺された兄弟姉妹の想念を探し出し、そして適当な人物へと植え付けた上で支配した。ここで、当然浮かぶ疑問が出てくる」
「泪には誰が、ってか?」
「そうだ。泪にも、シャルティオーネが植え付けられている。あいつの場合、赤子の時に植え付けられたから、完全に同化していたがな。じゃあいったい、それを誰がしたのか」

 当然、そういう人物がいなければおかしい。

「昨日も少し言ったが、その男はまず九曜家に目につけた。で、同じことを実験したわけだ。九曜と並び称せられ、その素質も充分に持っていた最遠寺の人間を実験体にしてな」
「実験?」
「ああ。最初の実験体に選ばれたのは、最遠寺葉。泪の母親だ。憑依したのはラスティラージュ。アルティージェの一つ上の姉だ」

 そういえば泪が言っていた。
 継承戦争っていうので、アルティージェによって滅ぼされたのは、ナウゼル、オルディード、シャルティオーネ、ラスティラージュの四人だと。

「いったい何人いたんだよ?」
「全部で八人だ」
「あとの三人は?」
「姉の一人であるメルティアーナは、アルティージェに唯一味方している。あとの二人は、他の兄弟との抗争に敗れて死んだ」
「…………」

 ということは、八人いた中で、アルティージェに味方したって奴以外、全員死んだってわけだ。

「……何でそんな戦争なんかし始めたんだよ?」

 後継者争いというのは、いつの時代でもよくやっていることだと思うが、ここまで徹底しているのも珍しい。

「おれが……というか、シュレストの命で始まったことだからな」


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