終ノ刻印

第125話 深夜の決戦④

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第125話

「――何を当然のことを。私が誰に敗北すると言うんです?」

 応える声に。

「え――?」

 私は頭が真っ白になる。
 よく知った声……これ、は――――

「姉さま!?」

 知らず、そう呼んでしまっていた。

「……久しぶりね。茜」

 本当に久しぶりに、姉さまと顔を合わせる。
 私を見て、微かに笑みを浮かべてくれた。

「まさか――在り得ません! あなたはシュレストに……!?」
「――ふふ、なあに? みっともない」

 不意に小馬鹿にしたような声が響いた。泪はぎくりとなって振り返る。
 そこには真斗と、柴城さん、そして――声の主であるアルティージェの姿。

「アルティージェ……!」
「いったい――どういう……!?」

 どうなっているのか私も分からないが、それは泪も同様のようだった。
 完全に動揺してしまっている。

「まだわからないのかしら? そんなことだから、あの時にメルティアーナお姉様に負けたのよ」

 それは痛烈な皮肉だったようで、泪は歯を噛み締めた。

「――つまり、定は裏切ったふりをしていたというわけね」
「――黎?」

 いつの間にか、私の傍に黎の姿があった。

「帰ってきていたのか」
「ええ。遅ればせながら、小一時間ほど前にね。エルオードを治した後、楓と一緒にここまで来たのよ」
「在り得ません……ふりをしていたですって!? お父様が、わたくしの支配を逃れられるわけが……!」

 狂ったように、泪は叫んだ。
 ここにきて、泪は完全に追い詰められている。

 話が本当ならば、柴城さんに真斗、アルティージェに姉さま、そして由羅、イリス、黎、私――その全てが敵として、囲っているのだ。
 もはや逃れることなどできはしない。

「なるほど、確かにお前の憶測通りだったならば、おれへの支配は完璧だっただろうな」

 煙草に火をつけながら、柴城さんが言う。

「しかしお前は勘違いしている。おれは――というかシュレストは、アルティージェに殺されてなどいないんでね」
「な……?」
「だが未練はあった。自分自身では果たせなかったという未練が。お前が見つけた――というか、掴まされたのはまさにそれだったんだ。未練には違いない。しかしお前と同じくするものではなかったということだな」
「く……う……」

 それが、どれほど信じられない事実であったのか、泪の顔を見れば一目瞭然だった。

「さて……シャルティオーネお姉様? せっかくなのだから、もう一度処刑してさしあげましょうか? 今度はどのような趣向がよいかしら。お好みにあわせて……存分に嬲ってあげるわ」

 ひどく残酷な笑みを浮かべて、アルティージェが言う。
 そしてそれを、誰も止めはしない。
 この中で、恐らく最も寛容な真斗でさえ。

「いい。始末は私がつける。手出しはいらない」

 アルティージェに向かって、私は言った。

「あっさり殺すと言うの?」
「嬲る趣味なんかない。ここで終わらせられば、それでいい」

 私の言葉に、拍子抜けしたように、アルティージェは小首を傾げてみせた。

「ふうん……優しいのね。けれどつま――――」

 そのアルティージェの声が、なぜか不意に止まった。
 誰もの視線が、その不自然な間に反応して、彼女の方を向く。
 そのアルティージェの胸から生えていたのは、一本の剣だった。

     /真斗

 アルティージェの言葉が急に止まり、あいつの方を見た時にはもう、それは胸を突き破って生えていた。
 銀の刃。
 それが、血に染まっている――

「な……!?」
「…………ようやく来たわね」

 何が起こったのか分からない一同の中で、ただ一人、アルティージェだけが全てを理解しているようだった。

「――はい。ようやくこの日が来ました」

 あっさり頷いたのは、男の声。

「な、上――――」

 俺が声を上げるよりも早く、振り返ったアルティージェへと、上田さんは引き抜いた剣を袈裟懸けに振り下ろしていた。

 再び舞い散る鮮血。
 大量に撒き散らした鮮血を身に受けて、アルティージェはその場に倒れこむ。

 ――分からない。
 なぜ上田さんがアルティージェを……!? そもそも上田さんは、アルティージェのことを――

「シャルティオーネ!」

 みんなの思考が停止していた一瞬の間に、上田さんは迅速に行動していた。
 上田さんの声に反応し、泪は茜の横にいた黎へと飛び込んだ。

「!」

 不意を突かれ、為すすべなく叩き伏せられる。

「黎――!」

 叫ぶ茜へと、すでに上田さんは向かっていて――

「あう……!」

 今までの戦闘で疲労し、咄嗟のことに反応できなかった茜は、飛び込んだ上田さんの拳の一撃を受け、胃液を吐き出して身体を曲げる。
 その身体を、上田さんは軽々とかついで。

「――――」

 あまりの展開の早さに、それでも一番に反応していたのはイリスだった。
 大鎌をもって、迷わず上田さんへと襲いかかる!

 その勢いの前に、茜をかついだ上田さんは、振り向くことしかできなかった。
 両断される。
 誰もがそう思った。

 しかし――

 ギィンッ!

「!?」

 イリスははじかれた。
 上田さんの目前――いや、その前に突如として現れたエクセリアに阻まれて。

「エクセリア……!?」
「邪魔を……!!」

 イリスの瞳が、怒りで燃え上がる。
 ここにきてようやく、由羅や楓さんも反応していた。
 しかし、遅い。
 戦いで疲労していた俺や所長が反応できるはずも無く、そして由羅や楓さんも間に合わなかった。

「〝七星打ち堕とす白魔が夜イグネリア・ヘルシオン〟――――!」

 泪の言葉と共に、吹雪が一帯を襲う。

「茜――!」

 楓さんの声が、掻き消される。

「――助かりました。本当に」

 上田さんはエクセリアに向けてそう微笑むと、泪と共にその場を離脱した。

「この――!」

 イリスが追う。
 しかし、エクセリアが許さない。
 業を煮やしたイリスは、対象をエクセリアに切り替えて、襲い掛かる!

「やめろ!」

 俺の叫び声など空しく響くだけで、止められるわけもなかった。
 しかし結局イリスの刃は届くこと無く、上田さんが無事に場を去った頃合いみて、エクセリアは姿を消す。

 ただその表情は、いつものあいつのものではなかった。
 激しく感情が入り乱れ、その中のもっとも大きなものは、後悔の表情。

 なぜそんな顔をしたのか。
 そしてどうして――上田さんを庇い、イリスの邪魔をしたのか。
 そうすることで、茜を奪われると分かっていながら。

 ――わけが分からない。
 頭がおかしくなる。
 いったいなにがどう――
 そうやって、俺が混乱しかけたその時、だった。

 ドクンッ……。

 何かが――震えた。
 不意の出来事に、頭が真っ白になる。

「――――!?」

 一気に全身から力が抜けた。

「!? く……!?」

 突然身体が脈打ち、俺は膝をつき、そして倒れ込む。
 力が入らない。
 これ、は……!?

「真斗!? 真斗――――」

 誰かが俺の名を呼ぶ。
 誰のものかなど分からない。
 しかしどうすることもできず、意識は、途切れた。


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