終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第124話
/茜
「〝後悔の海・懺悔の原・エインの言霊〟!」
泪が打ち放った咒法は、手に持つ杖のせいで、倍加されていた。
威力が増している。
とてもまともには受けていられない。やり過ごして叩き返す!
「〝スィークティアスの光〟よ!」
光の咒法を投げつけ、同時に銃の引き金をも引く。
一つの技の力で劣るならば、数で勝負する!
「く――」
直撃はしない。
しかしかすってはいる。
確かに泪の咒法の力は大したものだ。
認めるとすれば、私は一歩……いや二歩は劣っている。
しかし体術・格闘となれば話は別だ。
私の方が優位なのは間違いない。運動能力では負けはしない。
だから互角。
お互い一歩も引かず、咒法の応酬を繰り返す。
もはや外のことなど見えない。
由羅は無事か、イリスは大丈夫なのかということも。
だというのに。
「――――!?」
圧倒的な力の奔流を感じ取って、私は足を止めた。
それはここから離れた山林の方。
真斗が戦っているであろう場所。
いったいどんな戦いをしているのか、見当もつかない。
そんな場所から、かつてない力が発せられている。
この場にすら、影響は及んでいた。
「ふ――どこを見ているのです!?」
「――――っ!」
油断していたわけではなかったが、一瞬気をとられていたせいで、かわすのが僅かに遅れた。
とはいえ、微かに頬をかすめた程度の傷だ。
「ふふ、これで彼も終わりですよ。お父様が放つあの光は、紛れも無く最強です。耐え凌げる者など存在しません」
「――何を根拠に」
泪の言葉など、私は全く意に介しなかった。
「私は負けない。真斗も負けない。わかりきったことだ」
今は、自分のやるべきことをする。
それだけで、いい。
それは信頼とはまた違う、別の何か。
それが何であるか、私にも分かりはしなかったけれど。
/真斗
「〝三界打ち滅ぼす天魔が剣〟――――!!」
それは、どちらの声だったのかは分からない。
全く同質の力に、辺りは白昼と化す。
閃光がでたらめに飛び交う。
光はただの可視光だけのはずもなく、触れれば侵食し、一気に破壊される。
だが確実に、境界線がある。
光と光の中、その一線があるはずだ。
それを先に越えた方が――勝つ。
「おおおおおおおっ!」
空間が軋む。
大地が抉れる。
風が風を殺し合う。
「――――来るか!」
柴城もまた、その境界へと駆けた。
そして長くも一瞬の後に、二つの刃が重なり合う!
ジィイィィィィィィッ!!
正真正銘の、鍔迫り合い。
耳を劈く音と共に、周囲の全てが荒れ狂う。
「くそおおおおおおおっ!!」
後先は考えない。
この一撃で、終わらせる!
――そして。
ジィンッ!
何かが砕けた。
突然にして遮るものがなくなり、お互いに前へと倒れこみ、勢いのまま転がっていく。
その瞬間に、光もはじけていた。
「ぐあ――――あ………」
全身がバラバラに砕けたかとも思える衝撃だった。
どこもかしこもが痛くて、いったいどこが痛いのか、まるでよく分からない。
身を起こそうとするが、生気がごっそり抜けたようで、力も入らなかった。
立ち上がろうとして、転ぶ。
『真斗』
聞こえてくるのは、気遣うエクセリアの声。
「大丈夫だ……」
身体の消耗そのものは、エクセリアのおかげで早くも少しずつ治ってきている。
問題なのは精神の方だ。明らかに、身体そのものではない何かが悲鳴を上げている。
「ち……くそ、このぽんこつめ……」
自分のことだが、そんな悪態が出てきてしまう。
頭がずきずきと痛む中、ようやく俺は、柴城の方を見ることができた。
向こうは片膝をつき、俺と似たようなダメージを受けている。
「……相討ちかよ」
そう見えた。
向こうにも余力があるようには見えない。
「いや、そうでもないぞ」
軽く、いつもの調子でそう言う。
真意が分からず目を凝らして――ようやく気づく。
柴城の持つ剣は、途中から完全に砕けてしまっていた。
一方俺の持つ剣には、何の損傷もない。
「練成もせず、力技だけでここまでやるとは恐れ入ったな。さすがと言うべきか、若いっていうのはいいもんだな」
「……何言ってやがるんだ」
軽口なんて、聞いている暇は無い。
今から行って、とどめを――――
「――いいじゃないの。これで終わりにしておきなさいな」
――なに!?
俺の意思を遮るように、何者かの声が響く。
ぎょっとなって、声のした方向を見返した。
「てめ……アルティージェ!?」
当然のように、そいつはそこにいた。
相変わらず傲然として、見下ろすような態度はそのままで。
「あら」
俺の言葉に、何やら嬉しそうに微笑む。
そのままアルティージェは無造作に歩み寄ると、柴城の前まできて跪いてみせた。
おいおい……?
「――お久しぶりです。お父様」
「――実感を持てと言われても困るがな。アルティージェか」
「はい」
頷いて、頭を上げる。
「まさか、再びお会いできるとは思ってもいませんでした。嬉しく、思います」
「…………」
丁寧に、しかも敬愛すら感じさせる口調で話すアルティージェを見て、俺はただただ唖然となるしかなかった。
何ていうか、普段のイメージからかけ離れすぎている。
いったい何だってんだ……?
と、すぐに柴城は苦笑したようだった。
「よせよせ。お前ならわかっているはずだ。おれはシュレストなんかじゃない。記憶や力は多少あるが、その程度。シャルティオーネとは違う」
「ふふ、そうね。だけれど、茶番のつもりではないのよ? お父様とは違って」
「茶番……?」
俺は眉をひそめる。
「あら、気づいていなかったの?」
アルティージェは立ち上がると、面白そうに微笑んだ。
「まあ――そうね。気づいていては、先ほどのようにがむしゃらはできないものね?」
「おいこら……いったいどういうことだ?」
「いいわ、ご褒美よ。わたしが話してあげる」
/茜
「はあ……はあ……」
さすがに疲労を隠せなくなってきた。
否応無く、肩で息をしてしまう。
しかしそれは、相手も同じだった。
「九曜茜……まさかここまでできるとは……!」
「ふん、今さらだな」
私と泪の勝負はついてはいない。
だけど、実際には決まったようなものだった。
泪の焦燥の様子が、それを物語っている。
「もう終わりだ」
イリスを前に、ザインはすでに敗れている。
そのザインが引き連れてきたであろうアトラ・ハシースも、その大半が由羅によって叩きのめされていた。
頼みの柴城さんも、恐らく――――
「――このような所で!」
怒りに任せ、杖をかざす。
最初に見せた、あの技か。
「……それは私には通じない。お互い傷つくか、無駄に終わるだけだ」
「――それはどうでしょうか。あなたは疲労している。そして消耗も。あのような禁咒を幾度も使えるほど、あなたは強くはない」
それはその通りだ。
今の私に、禁咒を扱えるほどの余裕は無い。
死裁の銃身の引き金を引くことすら、もはや多大に苦痛を伴うことになってしまっている。
だけど、それが何だというのだ。
「ふん、甘く見るな。あと一度や二度くらい、できないとでも思っているのか?」
「――それならば」
試してやると、泪は杖を振るった。
呼応するように、周囲の温度が低下していく。
「今度こそ、味わうが良いでしょう――極北の吹雪を!」
「ならば地獄の極炎、凍りつかせてみるがいい!」
引く気は無かった。
正面勝負。
小細工も無用だ。
残りの力を全て用いてでも――
そう、思った瞬間だった。
「っ――な…………!?」
不意に上がる、驚愕の声。
紛れも無く、泪のものだ。
「馬鹿な……!」
私のことなど忘れたようにその場を跳んだ泪だったが、その後を鮮血が舞っている。
「…………?」
何が起こったのか、すぐには分からなかった。
「なぜ生きている!?」
肩に刺さった鏃を抜きながら、泪は私以外の誰かを見て、そう叫んだ。
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