終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第123話
/茜
「――〝七星打ち堕とす白魔が夜〟!」
「――――!」
その名と通り、溢れあがったのは絶対の冷気。
全てを凍てつかす氷の吹雪が、一瞬にして視界を埋め尽くす。
そして目指すのは、この私か。
――こんなもの!
「ふざけるな!」
後を考えた戦いなどしない。
初めから全力勝負だ。
「〝ゼル・ゼデスの魔炎〟!!」
溢れ出るは、黒い炎。
未だ扱え切れない炎だけど、そんなことはどうでもいい。
私にできる最強の技は、紛れも無くこれなのだ。
できるところまでやってやる。
「……! 禁咒の類か……小癪な真似を!」
炎の向こうで、泪の声が洩れ聞こえた。
焦っている様子は無いが、少なからず動揺しているのが分かる。
「ふん――まだまだこれからだ!」
全精力を、咒の維持に傾ける。
黒炎と吹雪が鬩ぎ合い、鎬を削る。
押し返す……!
「!」
ほんの一瞬。
僅かその瞬間だけ、こっちが押し勝った。
そんなものはすぐに押し戻され、元の均衡に戻るだろう。
しかしその一瞬が、こちらにとっての勝機となる。
元々、この咒法では長期戦できない。
だからこその――!
「――――〝ゼル・ゼデスの魔剣〟っ!」
溢れていた炎を掻き集め、剣の形に収束させる。
そして、僅かに怯んでいた吹雪を切り裂いた。
「なに――!?」
予想外の行動だったのか、今度こそ泪は驚愕に目を見開いた。
切り裂き道を作ったとはいえ、それも一瞬のこと。
再び冷気が私の身体を凍てつかせていく。
だけど霜が全身を覆うより早く、泪へと到達する。
「くらえっ!」
「――――!」
振り下ろした魔剣を、咄嗟に杖で受け止める泪。
確実に、受け止めてくる。
「その程度で……!」
「ふん、二度も通じると思うな!」
恐らく泪の持つ杖も、ザインの持っていた剣と同じ。
純粋なぶつかり合いでは、少なくとも私の力量において、打ち破ることはできない。
そんなことは、先の一戦で百も承知だ。
「〝魔炎〟……っ!」
剣が形状を変える。
再び炎へと。
「な!?」
炎に形など無く、受けることなど不可能だ。
その虚を突いて、黒炎は泪を包み込もうと触手を伸ばす。
「――――おのれ!」
半ば炎に撫でられながら、泪はその場を蹴った。
後方へと離脱する。
私自身も、未だ冷気の渦巻くこの空間から離れ、お互いに睨み合った。
禁咒の使用のせいで、身体がよろめいたが、そんな様子は見せられない。
「その程度か。大したこともないな」
凍傷と火傷。
お互いに同程度の負傷をしたものの、こちらは素手だ。
武器の優位が無ければ、こちらが勝ると印象づけられる。
それに、私に武器が無いわけではない。
「減らず口を……」
「ふん。どっちがだ」
ゼオラルーンを拾い上げて、不敵に笑ってやる。
「覚悟しろ。亡霊め」
/由羅
戦ううちに、分かってくる。
戦意が高まれば高まるほど、身体がそれに従って動く。
しかも、これは茜のためにと望んだもの。
一年前のように、心底では望んでいなかった戦いでは無い。
やっぱりこの千年ドラゴンという身体は、尋常ではないようだった。
何人目かを叩き伏せた時点で、アトラ・ハシースは私に近づいてこなくなった。
白兵戦では私には敵わないし、咒法も第三層程度のもならば、決定的なダメージには繋がらない。
例えまともにくらったって、すぐにも回復してしまう。
手段を失ったのだ。
私への、決定的な手段を。
――仕掛けてこないのならば、こちらから仕掛けるつもりも無い。
私はこの均衡を保って、誰にも邪魔させなければいいんだから。
そう思い、仁王立ちしたまま、別の誰かへと視線を転じた。
◇
「貴様……っ!」
全く無傷のイリスを前に、ザインはさすがに焦りを隠せないでいた。
彼の剣が通じないわけじゃない。
剣技ではたぶん、イリスを圧倒している。
だけど打ち崩せない。
それどころか傷を負っているのはザインの方だった。
仕掛ける――しかし、届かない。
無駄に終わる。
イリスは涼しい顔に怒気をはらんだまま、ザインを見返した。
さすがにたまらなくなったのか、ザインが叫ぶ。
「何なのだ――貴様は!?」
「……知っているんじゃなかったの?」
「知っている!」
搾り出すように、ザインは叫んだ。
「イリス――千年前の死神! 魔王を殺し、異端を根こそぎ滅ぼした、異端の中の異端! だがそんなものなど――」
「伝説なんかじゃないよ」
冷たく、告げる。
「みんな本当のこと。わたしを殺せる者なんて、誰一人いなかった。わたしが殺せないものも、何一つ」
「…………!」
「だけど間違っている」
イリスの瞳が細まる。
殺気を帯び、空気が震え縮み出す。
「わたしはフォルセスカを殺してなんかいない……!」
殺意が膨れ上がる。
「う――」
怯まざるを得なかった。
傍で見ている私でさえ、ぞっとなる。
それほどの――
「あぐっ……!」
恐怖がイリスの接近を許し、大鎌が振るわれ――あっけなく切断される。
オルディオンを握ったまま、ザインの右手が吹き飛んだ。
丸腰――咒法による迎撃も、あれではもう不可能――
「ぐ……!」
次の斬撃は無く、その首を締め上げられる。
比較的背の低いイリスに長身のザインがその身体を持ち上げられるというのは、ひどく異様な光景だ。
イリスは大鎌を持たない方の手でザインの首を握り締め、凍えた視線で眺めやった。
「ザイン……オルディード。別に何でもいい。その姿もかつての妄執も、つまらないもの」
「ぐ……おおおおおおおお!?」
別段、その手に力を込めているわけではない。
息もできている。
だけど、突如としてザインはもがき苦しみ出した。
「うがっ、げえ、ぐがああ……! き、貴様、なに、なにを――――!!」
「死ね」
それこそ、死神の裁定。
一片の慈悲も無い、存在否定。
イリスが死神といわれる所以だ。
「ぐぎゅるぁ!」
わけの分からない絶叫を残して、ザインは黒い塵となって消滅した。
それこそ一切を残さずに。
/真斗
「…………!」
木々をなぎ倒して、俺は背後を振り返る。
所々肌が焦げて、嫌な匂いを発しながら煙が上がっている。
しかしそれは、柴城も同じことだ。
振り返り、俺と同じような惨状になりながら、笑う。
「――降魔九天の剣か。見様見真似にしては、大したものだな」
「くそ……。やっぱり押し負けたか」
それは認めざるを得ない。
俺が柴城に対して放ったのは、かつてアルティージェが放った一撃。
俺はその記憶を頼りに、エクセリアの力を借りて再現しただけだ。
柴城の言うように、俺にとってもエクセリアにとっても見様見真似に過ぎない。
本来あいつが放つものに比べれば、児戯に等しいだろう。
しかしそれでも、柴城の一撃の九割九分を相殺し、負けたとはいえ勝たせもしなかった。
残ったただの一分で殺せるほど、俺は甘くない。
それに――
「ちゃんと、見せてもらったぜ」
柴城が放った一撃。
俺の持つ剣と全く同じものを柴城が携えている以上、それこそがこの剣の本来の力を引き出す技なのだろう。
ならば、次は。
「俺たちの勝ちだ」
見ていたのは俺だけではない。
エクセリアだって、同じだ。
そしてエクセリアならば、同じものを〝捏造〟できる。
「ふ……ははは。面白い」
何がおかしいのか、柴城は愉快そうに笑ってみせた。
「おれの持つ剣は偽物だ。本物は全てアルティージェに譲り、その管理下にあるはずだからな。よくできてはいるが、所詮は急ごしらえのコピーに過ぎんのだろう。しかし放つ技は一応本物だ。一方のお前の持つ剣は本物で、放つ技は偽物ときたか……」
「……滅茶苦茶だな」
「全くだ」
だけど、今の柴城の言葉で分かったことがある。
つまりお互いに条件は互角。
あとは――
「来い、真斗。受けてやる」
「……望むところだ」
俺の生命力のほとんどは、エクセリアに依存している。
だから俺の意思に呼応して、エクセリアがそのゲージを上げていく。
俺ができることは、再現し、耐えることのみだ。
「――加減はせんぞ」
再び、圧倒的な光が溢れ出す。
空間が、唸る。
「上等――」
受けて立つ――いや、こちらが攻める。
打ち滅ぼす――それだけを目指す。
お互いが、剣を振り上げる。
打ち放つ――!
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