終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第121話
「な……」
呆然となる茜。
「馬鹿言え! いったい何言ってんだ!?」
叫ばずにはおれなかった。
楓さんをやっただって?
所長が?
「事実だ、真斗。お前と茜くんがオルディードと戦ってた最中、おれは楓くんと交戦した。シャルティオーネと共にな」
思い出す。
そう言えば昨日、俺と茜が事務所を出るよりも早く、所長はどこかへ出かけていた。
まさか――いやでも……!
「……いったいどんな理由で、そんなことをしたって言うんだ」
「理由か。そうだな」
頷いて、所長は泪を見る。
「そうですね。紹介が遅れましたが、改めて」
泪は微笑むと、その場で一礼してみせた。
優雅で、気品のある一礼。
「わたくしの名は、シャルティオーネ・ディーネスカ」
「ディ……何だって……?」
その名前は――
「ディーネスカの姓は、もちろんご存知でしょう? かつての魔王、シュレスト・ディーネスカ。わたくしはその第四子です。そして彼が」
ザインを視線で指して、
「オルディード・ディーネスカ。わたくしの兄であり、シュレストの第二子です」
そう紹介した。
「で、この俺がシュレストだとさ。ま、確かに記憶はあるがな」
「――――」
あまりの自己紹介に、俺は返す言葉を失う。
馬鹿げているといえば、馬鹿げている。
こいつらときたら、泪とザインはアルティージェの兄弟姉妹で、所長は父親ってか……?
しかし、確かにアルティージェって奴は、存在している。
だったらその血族だって……いやしかし。
「真斗、継承戦争ってのを知っているな?」
「継承戦争……?」
俺は眉をひそめて記憶を探り、そして思い至る。
「……前に、黎が話していたやつか?」
その時には、所長もいたはずだ。
「そうだ。おれの後継ぎを決めるために起こった戦争さ」
何となく、覚えている。
それによれば、魔王の子供同士で争い、最後に残ったアルティージェが後を継ぎ、王になったとか。
「わたくしたちは、その際にアルティージェに殺されました」
殺されたって……じゃあ今、目の前にいるのは誰だって言うんだよ。
「お父様には八人の子がおりました。そのうち四人が、アルティージェによって殺され、呪われたのです。わたくしに、オルディード、ラスティラージュ、ナウゼル……」
「……じゃあ何か? 亡霊だとでも言うのか?」
「似たようなものだな」
あっさりと、所長は肯定してみせた。
「ある男がな。一つの家に目をつけた。九曜家という」
突然出た九曜の名に、茜が身構える。
しかし構わず、所長は続けた。
「その家にはおかしなものが、代々当主に憑いていた。それは覚醒することは無かったが、当主に力を与え、その証となっていたらしい。当主に子が出来た時点で憑依し、世代を越えて現在まで憑いてまわったもの。それは何か」
「知っている……というのか?」
茜の問いかけに、ああと所長は頷く。
「本来ならば楓くんに憑くはずだったもの。ところが楓くんには別のものが先に憑いてしまった。そのせいで、九曜に受け継がれてきたものは、茜くんにとり憑くことになってしまったわけだな。それこそが……」
「ナウゼル・ディーネスカです。わたくしたちの長兄ですよ」
「な……」
思わず、俺は茜を見た。
この茜にも、そんなのが憑いているっていうのか……?
「ナウゼルは最後までアルティージェと戦い、敗れました。アルティージェによって処刑されましたが、その後呪いによって亡霊とされ、永遠に使役される奴隷にされたと聞きます」
「…………あいつ」
それは俺が想像もつかないほど昔の出来事なのだろうけど、あの女、結構えぐいことやってやがるな……。
「そんな奴が、どうしてこの日本でしかも茜の家に憑いていたりするんだよ?」
「わたくしは、詳しいことは知りません。ですが、間違いの無いことですよ。そしてわたくしたちが今欲しているのは、茜さんの中にある、ナウゼルの力です」
じゃあ茜のことを狙っていたのは、そういう理由だったってことか……。
「……察するに、復讐か?」
「よくわかりましたね」
別に驚く風も無く、泪は淡々と言う。
……分からないわけがない。
ここにいるのは、みんなあのアルティージェにやられたっていう連中なのだろう。
こいつらも、ナウゼルって奴と同じような屈辱を受けたってとこか。
「アルティージェは、簡単にはわたくしたちを殺しはしなかった。一人一人、念入りに呪いをかけて苦しめ続けたのです。故に残った妄執。彼は九曜家の状況を察した後、同じことを試みました」
彼……?
ふと怪訝に思ったが、泪はそれを説明することもなく、先を続けていく。
「すなわち、素質のある者を捜し出し、そしてかつての妄執を憑依させた。その呪われた魂と共に」
「それが、お前だっていうのか?」
「そうですよ。ザイン――オルディードもまた」
……なるほどな。
ザインの奴が、妙にタフで強かったのは、そういう得体の知れないものを宿していたからってわけか。
「じゃあ、所長は」
「お父様は、継承の際にアルティージェに殺されました。そしてあの者は、全てを引き継いだ。その妄執、怨念をわたくしが捜し出し、そして最遠寺定という存在に植え付けたのです。定着するのに思わぬ時間がかかりましたが、それも終わりました」
「――そういうことだ、真斗。おれへの支配権は、憑依させた泪の手の内にある。こればかりは、人形と同じだ。作り手の意思には逆らえん」
「だから、楓さんをやったってか……?」
「そうだ。おれに完全にシュレストが定着しているかどうか、使える力を持っているかどうかを試すために、彼女を襲わせた。事実だ」
「――――」
最後まで最悪の事態を信じていなかった茜だったが、さすがのこの言葉の前には衝撃を隠せなかった。
よろめいて、膝をつく。
「そん、な……」
「おい、茜……!?」
「うそだ……姉さまが、姉さまがぁ……!」
「あ、茜……」
由羅が思わず茜を抱きしめたが、茜は何の反応もできず、嗚咽を繰り返す。
その姿を見たイリスが、無言で大鎌を振るおうとしたのを――
「待て!」
咄嗟に止める。
こちらを振り返るイリスの瞳には、ただ殺意しか無い。
俺の身が縮み上がってしまうような、恐怖。
しかし今はそんなものに、屈するはずもなかった。
「あのくそ野郎は、俺がぶっ倒す」
「わたしが殺す」
「俺だ」
どれほど、イリスとにらみ合っただろうか。
「…………」
イリスは何も言わず、大鎌を下げた。
そのまま俺には一瞥もくれず、茜の元へと歩み寄る。
しゃがみ込み、何事かささやいた後、再び立ち上がった。
「――真斗。貴方に任せる。わたしはどうすればいいの?」
「――お前」
「貴方は、きっと茜が一番気を許しているひと。信頼ではないかもしれないけど、真斗が茜の一番近くにいるのだと思う。だから、今は……貴方に従ってあげる」
茜のことを、大切に思っているからこその発言。
つくづく好かれているよな……茜。
「連中の目的は、茜だ。アルティージェへの復讐のために、力を集めている」
その最後が、茜の中にあるナウゼルなのだろう。
「だから、守ってやってくれ」
「……わかった」
イリスの返事を聞いてから、俺は所長と泪の前へと進む。
「別にアルティージェに肩入れするわけじゃねえけどな」
そんなのとは関係無い。
「いろいろやってくれた礼だけは、するぜ」
「無意味なことです」
泪の言葉の後に、進み出る所長。
「……因果なものだな。お互いに」
「ふん、知るか」
「――まあ、仕方あるまい。できることならば、お互い恨み無しでいきたいが」
「よく言うぜ。恨んで死んだからこそ、迷って出てきたんだろ」
「これは……一本取られたな」
いつもの調子の所長の顔から、笑みが消える。
「とりあえず、おれを叩きのめしてみろ。あのアルティージェを倒したという実力を、見せてみるがいい」
――言われるまでもない。
「……行くぜ。エクセリア」
近くであいつが頷く気配を確認して。
例の剣を解凍し、顕現させる。
「……ほう」
その古びた剣を見て、小さく声を上げる所長。
「よくそんなものを持ち出したな。とすると、これは偽物か……まあいい。得物には不足はないようだ」
俺の出した剣と全く同じ剣を、所長は振るう。
「――来い」
「――――」
言われるまでもなく、俺はその場を蹴った。
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