終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第120話
/エクセリア
夜も更け、事務所は静かになった。
時間を待って、真斗達が目的の場所へと向かったからだ。
私も真斗と共に行く。
今は私の力を望まれているし、私自身もいかな時であれ、その存在を見続けるために。
しかし、私はまだここに残っていた。
事務所には、エルオードが寝かされたまま、一人残っている。
その傍まで来て、私はその姿をしばらく見つめていた。
……この者は、私にとって少々特別な存在だ。いや、少々どころではないかもしれない。
真斗とはまた別の意味で、特別な存在だった。
今は眠っている。
少し遅れているようだが、黎が戻ってくれば傷も癒えるだろう。
「…………」
私自身、何を思うのかよく分からない。
その複雑な感情を胸に抱いたまま、私は真斗の後を追った。
/真斗
夜の道。
いや、道と呼ぶにはあまりに適当なものかもしれない。
かつてはそうであったのかも知れないが、今では朽ち果て、雑草も伸び放題となった山道。
通じるのは、かつての境内後。
「こんなところに……」
見上げた先には、古びた社があった。
道の同様、手入れがされている様子は無い。
「うわ……いかにもって感じよね」
幽霊でも出てきそうな雰囲気に、由羅はそんな感想を洩らした。
「調べてみたけど、こんな所に神社は存在しない。少なくとも、地図にはなかった」
俺と同じくそれを見ながら、茜が言う。
「ずっと昔に廃されたんだろうな。肝試しにはもってこい、か」
もっとも出てくるのは幽霊じゃなく、もっと物騒な連中だろうが。
「行くよ」
少しも動じていない様子で、イリスが先に進んでいく。
そして、開けた場所まで出た。
「――お待ちしていました」
当然のように、声が投げかけられる。
本殿の前に、そいつは佇んで待っていた。
最遠寺泪。
「ちゃんと、メッセージは届いたようですね」
上田さんのことか。
「悪趣味な真似しやがって。だったら俺たちが来た理由もわかってるだろ? まずは所長を出せ。それと、楓さんだ」
俺の言葉に、不思議そうに泪は首を傾げてみせた。
「お兄様のことならともかく、九曜さんのことは申し上げたはずですが?」
「黙れ!」
茜が叫ぶ。
「でたらめを言うな! 姉さまがお前なんかに――」
「いいえ、わたくしがやったわけではありませんよ。さすがにあの方は、油断できかねる相手ですので。……それにしても、四人、ですか。アルティージェも来るものかと思っていたのですが……まあ良いでしょう」
そう言うと、泪はそっと片手を上げた。
「…………やっぱり罠かい」
周囲を見渡せば、完全に俺達は囲まれてしまっていた。
先日襲ってきたアトラ・ハシースの連中に、ザインの姿もある。
しかもあのおっさん、昨日あれだけやられたくせに、それが嘘のように元の身体に戻っていた。
「ここで死ねってか?」
「そうですね。それも良いでしょう」
平然と、泪は言う。
こいつ……!
「ただし、桐生さん。あなたは見逃しても構いません。もちろん、九曜茜さん以外のお二人も」
「…………?」
思わぬ言葉に、俺は眉をひそめた。
「俺たちは、九曜とは関係無い、か?」
「そうではありません。それに無条件で、とは言っていませんよ」
「何が狙いだ」
「ふふ……簡単なことですよ。あなたが手にする〝インシグネ・ゲネリス・ディーネスカディーネスカの紋章〟……。それをわたくしに継承させることが、条件です」
「なに?」
それもまた、予想だにしなかった言葉だった。
「真斗、それってもしかして……?」
由羅が俺を見る。
かつて、由羅に刻み込まれていた刻印。
九曜家に伝わるものであるが、その正体はディーネスカ当主の証ともいえる紋章だ。
どんな偶然の悪戯なのか、今は俺がその継承者になってしまっている。
「ああ。あれのことだろ。けど……」
どうしてそんなものを欲しがるのか。
「そもそもそれは、あなたには関係の無いもののはずです。わたくしにお寄越しなさい。そうすれば、命は助けましょう」
「…………」
ディーネスカの紋章、か。
思わぬところで、アルティージェに関係ありそうな話題が出てきたもんだ。
「馬鹿言え」
俺は吐き捨てる。
「そんなもんに固執するつもりはねえけど、俺が茜を見捨てるわけがないだろ?」
継承させるということは、つまりそういうことだ。
話になりはしない。
「残念ですが、ならばやはり死んでもらうしかないようです。あなたが死ねば、紋章は一代前に戻る。つまり、九曜茜さん。あなたに」
そうか。
俺は茜からこいつを継承したんだったよな。
「ちょっと! 何勝手なこと言ってるのよ!」
由羅が怒ったように声を上げた。
「真斗は私が私であるために、絶対いなくちゃいけない存在なんだから! それを勝手に殺すなんて……そんなことさせない!」
「意気込むのは結構ですが、無駄なことです。わたくしとて、あなた方がお強いのは存じています。勝算なくして、ここに誘ったりはしませんよ」
「ならば、その勝算を導き出したその小賢しい頭にでも、欠陥があるようだな」
すでに臨戦態勢をとっている茜が、嫌味を込めて言い放つ。
「そうでもありませんよ?」
くすりと、泪は笑った。
「証拠を一つ、お見せしましょうか。あなた方が先ほどから気にしている、人質です」
「――下がって」
最も早く反応したのはイリスだった。
瞬時に見た目も物騒な大鎌を顕現させると、地を蹴って飛び上がる。
驚く暇も無く、剣戟が響き渡った。
「な……!?」
空中でイリスは何者かとぶつかり合い、そして再び舞い戻ってくる。
「――ふむ。さすがだ」
泪の隣に着地する人影。
それは。
「おい……!?」
「うそ、なんで……!?」
俺も由羅も、そして茜も驚かずにはおれなかった。
泪の横に並んだ人物。
その手には、どこかで見たことのある剣。
それをもって、不意の一撃を繰り出してきたのは――紛れも無く、所長――柴城定だった。
「どういうことだ!?」
これでは所長は、とても人質には見えない。
むしろ、泪の仲間のようにすら――見えてしまう。
「悪いがな」
いつもの調子のまま、所長が口を開く。
「楓くんをやったのはこのおれだ」
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