終ノ刻印

第118話 話し相手

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第118話

     /由羅

 こちこちと、時計の針の音が響く。
 真斗も茜も寝ちゃって、わたしは一人で事務所に詰めていた。

 やっぱり一人だと、寂しい。
 何気なく視線をさまよわせて、カレンダーに目が止まり、溜息一つ。
 茜のことで大変だったから仕方が無いのだけど、やっぱり残念だった。

 昨日はジュリィの誕生日。
 何とかジュリィともう一度仲良くなりたくて、前々から考えていたのに……できなかった。

 茜が大変なのに、こんなことを思うのは不謹慎なのかなあ……。

「……ねえ。エクセリア、いる?」

 返事を期待していたわけじゃない。でも気づいたら、私はその名を呼んでしまっていた。
 昨日から姿を見ていないが、真斗の近くにはいるはず。
 真斗はここにいるんだから――とか思っていたら、すっとエクセリアが現れた。
 姿は元に戻っていて、いつもの小さい姿だ。

「呼んだか?」
「……うん。ちょっと寂しくて、話し相手……欲しかったから」
「それが、私で良いのか?」
「うん。……ちょっと」
「何の話だ?」

 小首を傾げ、エクセリアは近くに腰掛ける。

「えっとね……。エクセリアって、その……レネスティアと仲良くしているの?」

 思わぬ質問だったのだろうか。
 エクセリアは僅かに目を見開いて、視線を逸らす。

「なぜ、そのようなことを聞く?」
「どうやったら、仲良くできるのかなあって思って。ずっと昔の記憶だけど、エクセリアとレネスティアって、とても仲良く見えたから。それに、私とは違って本当の姉妹だし」

 本当は茜にも聞いてみたいことではあった。
 だけど、茜は楓の話になると機嫌が悪くなって話してくれない。
 仲が悪いわけじゃないのは、何となく分かる。真斗だってそう言っているし。

「実のところ、私たちが本当の姉妹であるかどうか、確かなことは何もない」
「え、でも……? 二人ともそっくりだもの」
「確かに外見は。しかし内面は全く違う。それはそなたも知っているであろう?」

 性格、ということなら、エクセリアとレネスティアは全然違う。
 寡黙で静かなエクセリアとは対照的で、レネスティアは何事にも積極的だ。

 でも、同じところもある。
 二人とも、滅多に自分の本音を見せないのだ。

 エクセリアはもちろん、あのレネスティアですら自分の全てを見せなかった。
 それを見てしまった時、私は後悔するしかなかったのだけど。

「知ってる……でも、そんなのきっと関係無いもの。レネスティアはエクセリアのこと大好き、って感じだったし。……今は違うの?」

 私には、ずっと昔の記憶しかない。
 だからこそ、気になった……のだろう。
 私とジュリィ、レネスティアとは駄目になってしまったけど、エクセリアはどうだったのだろうかって。
 少なくともジュリィは、未だにエクセリアに対して好意以上のものを持っている。

「……私は、そなたが眠っている間に、様々なことをした。それらはきっと、レネスティアにとって決して愉快なことではなかったはずだ」
「え……? どうしてそんなことしたの?」
「言ったはずだ。私とレネスティアは違う。ゆえに、衝突もあった」

 そうだったんだ……。
 だから今、エクセリアの傍にレネスティアはいない。
 そういえば前に目覚めた時だって、レネスティアはクリーンセスの傍にいて……エクセリアはいなかった。
 じゃあ、今はどこで何をしているんだろう……?

「……でも、嫌いになっちゃったわけじゃないんでしょ?」
「……わからない」
「え?」
「好きとか嫌いとか、そういう感情がどういうものなのか、私は恐らく自覚できていない。ゆえに」

 分からないって言われても……。

「レネスティアは、きっとエクセリアのことが大好きだったと思う。私はエクセリアも同じだって思ってた……」
「すまないが、私はそなたに答えられるものを持っていないようだ」
「――それなら、真斗はどうなの?」

 その質問に、エクセリアの表情が一瞬変化する。

「だって、ずっと真斗のこと見ていてくれているでしょ? それはどうして?」
「それは、私が観測者ゆえに……」
「そうかもしれないけど、他の感情はないの? 好きじゃ……ないの?」

 エクセリアは僅かに顔をしかめ、視線を逸らしてしまう。
 私の質問責めを、不快に思ったのだろうか。
 ちょっとびくびくしながらも、答えを待ってみる。

 答えは無くて……私自身、どうしようかと思い始めた頃、不意に電話が鳴った。
 ちょっと躊躇しつつも、受話器を取ることにする。
 だって他に、取ってくれる人いないし。

「……もしもし?」
『――――その声、ユラね?』
「……あ、ジュリィ……?」

 受話器の向こうの相手は、紛れも無くジュリィのものだ。
 慌てて、受け応えする。

「あ、あのね、定出かけてて、みんないなくて……私しか取れなかったから……」

 私のどこか言い訳じみた言葉に、ジュリィは失笑したようだった。
 くすりと、笑うのが聞こえてくる。

『いいわ。あなたでちょうどいいから』
「でも……大事なことなんでしょ? わざわざ……」

 きっとジュリィは、まだ日本にいない。
 アトラ・ハシースに行って、何か分かったから連絡してきてくれたのだろう。

『いいと言ったでしょう? ユラにね、謝っておかなければと思って』
「……謝る?」
『ええ。昨日のこと』
「あ……」
『わたしもうっかりしていたのだけど、昨日、わたしのために何かしてくれようとしていたわよね?』

 誕生日のことだ。
 気にしてくれていたんだ……。

「う、うん」
『それでこんなことになってしまって、あなたに迷惑をかけたんじゃないかと思って』
「――そんなことないから。全然気にしないで。また、別の日にやればいいもの」

 その言葉だけで、充分に思えてしまう。
 ん……あれ?

「えっと……? どうしてジュリィ、知ってるの?」

 驚かせようと思って、私はジュリィには言っていないのだ。
 なのにどうして知っているんだろう……?

『真斗がね、教えてくれたのよ。あなたが頑張っているから、ちゃんと応えてやれって……そんな感じだったわ』
「真斗が……?」

 そっか。そうだったのか。真斗も気を遣ってくれていたんだ……。

『だから、そのことを一言謝っておこうと思って。ちょうど良かったわ、本当に』
「うん……その、わざわざありがとう……」
『謝っているのはこっちなのに、そのわたしにありがとうはないでしょう?』
「あ、そう……だよね」

 やっぱりジュリィと会話すると、どこか緊張してしまう。
 だめだな……私って。

「そ、それより、何かわかったの?」
『――そうね。少しあるわ』
「えっと、私が聞いてもいいの?」

 そう聞くと、また笑われる。

『そこにはあなたしかいないのでしょう?』
「うん……そう。ちゃんと聞くね」

 ちゃんと聞いて、茜に伝えないと。

『――わかったことは一つだけ。アトラ・ハシースは一切動いてなどいなかったわ。九曜のことはもちろん、茜のことも』
「それって……?」
『最遠寺の狂言ということね。少々信じられないけれど、そうとしか考えられないわ。ただ、ザインは動いている。それと、何人かのメンバーもそれに従っているわね。アトラ・ハシースとは関係の無いところで、最遠寺と共謀している可能性はあるわ』
「そうなの!」

 私はさっきまで真斗や茜と話していたことを、ジュリィへと話す。

「茜と真斗がね、昨日また襲われたの」
『……それで二人は無事?』
「うん。それは大丈夫。ただね、私は見たことないんだけど、泪っていう女もザインっていうのと一緒だったって……。た、ただね、茜のお姉さんが行方不明になってて」
『――楓が?』
「うん……そうみたい。今はイリスや凛が捜してくれているから。でもまだ見つからなくて」
『――――そう……。こっちのことが分かって、心配していたのだけど。ちょっと警告が遅かったわね……』

 受話器の向こうで、ジュリィが少し考え込んだようだった。
 しばらくしてから、尋ねてくる。

『――それで、今はどうしているの?』
「今? えっと、昨日からずっと茜も真斗も起きてたから、今は寝てると思う。それから定は泪のことを捜しにいったよ」
『……定がね』

 妙な沈黙の後、ジュリィは言い聞かせるように、私へと言葉を続けた。

『いい? 今はあなたが頼りだわ。茜と真斗のことは、あなたが守りなさい。それと、イリス様とはこまめに連絡を取ること。いいわね?』
「う……うん。そうする」
『いい子ね。わたしもこれからそちらに戻るわ。早ければ夜には着くと思うから』
「早く……戻ってきてね」
『ええ。――それじゃあ切るわね』
「うん……じゃあ」

 それを最後に、電話は切れた。
 ふう、と肩の力を抜く。
 今聞いたことを早く二人に知らせたいとは思ったけど、やっぱり起こすべきじゃないと思った。

 私がここでしっかり番をしていれば、それで大丈夫だから。
 誰が襲ってきたって、わたしがこてんぱんにしてやるもの。

「あ……エクセリア、ごめんね」

 ずっと待っていてくれたエクセリアに気づいて、私は席へと戻った。

「……黎、からか?」
「そうなの。もう帰ってくるって」

 そう答える私をしばし見つめていたエクセリアは、小首を傾げてみせた。

「そなたや黎は、一年前に比べれば見違えて変わったと思うが」
「そうかな……。ジュリィ、まだ私のこと恨んでいるんじゃないかって思うと、とても不安だし……」

 そんな素振りはこの一年、見たことは無い。
 でもやっぱり不安なのだ。

「私も、そなたと似たようなものだ」
「え……?」
「レネスティアも、真斗も……その胸中は知らぬ。しかし知りたいとは思う……。ただ一つ言えることは」

 エクセリアが、真っ直ぐに私を見つめる。
 思わずどきりとしてしまうくらい、真摯な瞳。

「今、最も見ていたい存在は、真斗。それだけは、自覚しているつもりだ」


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