終ノ刻印

第117話 焦燥と疲労

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第117話

     /真斗

 夜が明けて間も無い。
 昨夜事務所に帰ってきてより、俺達はずっと今後のことについて話し合っていた。
 そしていつの間にか、朝を迎えてしまっている。

「ふむ……そうか。わかった。連絡ありがとう」

 電話をしていた所長は、そう言って受話器を置いた。
 そして事務所内のみんなを、深刻な面持ちで見渡す。

「変わらず、だな」
「誰からだったんだ?」
「裄也くんだよ。あっちで調べてくれたことを、連絡してきてくれた」
「…………」

 裄也という名を聞いて、茜の表情が強張る。
 俺ですら、内容は察することができた。

「彼とイリスくんと凛くんとで捜してもらっているんだが、未だ見つかってはいないそうだ」

 誰が、など考えるまでも無い。
 そう。
 茜が一番気になっていることは、きっと自分のことよりも姉の楓さんのことだろう。
 俺達が事務所に戻ってより、すでに帰ってきていた所長を通じて、楓さんへと連絡を取ってみたのだ。

 しかし通じず、それならばと和泉さんからイリスや凛に頼んでもらって、その行方を捜してもらっているところである。
 現時点で楓さんの消息が掴めないことは、否応無く悪い予想となって頭の中に浮かんできてしまう。
 そしてそのことに、顔にこそ出していないが、一番ショックを受けているのは茜だった。

「茜……」

 そんな茜の様子に、由羅まで沈んだ顔になってしまっている。

「とにかく、泪を捜すのが先決だろ」

 そうすれば、もっと詳しく楓さんの安否を知ることができるはず。

「そうよ! 捕まえて、ぎゅうっとすればいいんだから!」

 由羅もその通りだと、賛同してくれる。

「ふうむ……こちらから動くというのか」

 対して浮かない顔の所長。

「茜くんには悪いが、もし楓くんが本当にやられていたとしたら、いったい誰がやった? 最遠寺泪か? もしそうなら、あの楓くん以上の手練れというわけだ。簡単に捕まえられるはずがない。それに迂闊に動けば、罠に落ちるかもしれんぞ」
「馬鹿定! そんなこと言ってたら、茜が可哀想じゃないの!」
「怒るのはいいが、冷静になれと言っている。最遠寺が敵に回り、楓くんも行方不明となったということは、九曜にとっては不利になってきているということだ。もし次に茜くんの身に何かあったらどうする?」
「私が守るもの!」
「バーカ。そいつは俺の台詞だ」
「で、でも……」
「二人とも威勢がいいが、結局のところ決めるのは茜くんだ。さて、それでどうするかな。君は」

 所長の言葉に、茜は顔を上げる。

「……あの女、最遠寺泪を捜し出したい」
「ふむ。君のお姉さんの方は?」
「裄也に任せておけばいい。私は捜さない。……信じてる、から」
「そうか」

 茜の言葉に、所長はにやりと笑って頷いた。

「いい姉妹だな。羨ましい限りだ」
「羨ましいって……所長、兄弟とかいるのか?」
「いや。おれの兄妹、ってわけではないがな。また別の話だ。それより、茜くんがそう言うならそうしよう」

 そう言って、所長は立ち上がる。

「お望み通り、泪を捜してみる。ただし、お前たちはここにいろ。それが条件だ」
「だけど……」

 反論しかけた茜を、所長はやんわりと制止する。

「おれ一人でいい。君はもちろん真斗も、昨夜から一睡もしていないだろう。ついでに怪我もしているしな。昼の間は休め。――その間のこと、頼めるな? 由羅くん」
「え? わ、私でいいの……?」

 驚き半分、嬉しさ半分で由羅は所長を見返す。

「しっかり番をしていてくれ。いいかな?」
「うん! 任せて」

 にっこり笑顔で、由羅は頷いた。
 自分に任されたことが嬉しかったらしい。

「……わかった。ちゃんと休んでおく」

 俺は素直に、所長の言葉に従うことにした。
 実際、身体はずいぶん疲れている。
 それは茜も同じはずだ。

「いいな、茜?」
「……うん」
「よし。じゃあおれは情報屋をあたってくる。ちゃんと大人しくしていろよ?」

 分かってるよ。
 ガキじゃないんだから。

「……けど、悪いな所長」
「ん、何がだ?」
「最遠寺泪のことだよ。こういうことになったとはいえ、その……所長とは仲良かったんだろ?」

 一昨日のことを思い出しながら、俺は控え目に聞いた。

「まさかな」

 ところが意外にも、所長は首を横に振る。

「あいつがああじゃなかったら、おれはきっと最遠寺を出るなんてことはしなかっただろうよ」
「どういう――」
「色々ある、ということさ。だから気にするな」

 それだけ言うと、所長は簡単に身支度をして、外へと出ていってしまった。

「真斗、柴城さんと泪は、何か関係あるのか?」

 俺の言葉が気になったのか、茜が聞いてくる。
 ……そういやあの時、茜はいなかったもんな。由羅だって、顔も知らないわけか。

「あの泪って女、所長の従兄妹らしい。所長も最遠寺の人間なんだ」
「――――」

 茜は、驚いたように目を見開いた。

「柴城さんが……?」
「ああ。感謝しろよ? 口振りからすると、最遠寺と昔に何かあったのかも知れねえけど、それでも泪は所長の身内なんだ。それでもお前に協力してくれるって言ってくれてるんだからな」
「…………うん。そうか」

 頷いて、茜は立ち上がる。

「少し、眠りたい……」
「ああ。俺もちっと寝るわ。由羅、後任せていいか?」
「大丈夫だから。ゆっくり寝てて」
「悪いな」

 正直、かなり疲れている。
 眠くもなってきたしな……。
 茜が奥の部屋へと行ったのを見てから、俺は長椅子のある部屋へと向かった。


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