終ノ刻印

第115話 挑発か事実か

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第115話

「――そこまでですよ」
「!」

 不意に、声が響いた。

「――誰だ?」

 茜はその場から飛び退き、俺の横に並ぶと、周囲を警戒する。

「この声……?」

 聞き覚えがあった。
 女の声。
 これは――

「こんばんは。桐生さんに九曜さん」

 涼やかな声と共に現れたのは、見知った女性。

「あんたは……?」

 闇夜より現れた女は、ザインの横まで来て止まった。

「夜分にお騒がせして申し訳ありません。今夜は一方だけで、こちらは手を出さぬはずだったのですが」
「――――」

 不意に、茜の言葉を思い出す。
 最遠寺を信用していない、と。

「まさかとも思わなかったけどな……。茜、お前の言う通りかもしれねえぞ」
「何のことだ? それに、あいつを知っているのか?」

 茜とは面識は無し、か。
 当然だな。

「最遠寺泪――そう名乗ってた奴だ」

 ぴくり、と茜の表情が固まる。

「本当なのか?」
「ええ、本当ですよ」

 茜へと、泪はくすりと笑って肯定する。

「どういうことだ。あんたが昨日言ってたことは、みんな嘘なのか?」
「最遠寺が協力する、ということですか? それならば、お察しの通りです」

 九曜に協力するどころか、すでにアトラ・ハシースとつるんでたってわけか。

「……何が目的だ? そんな嘘をついてまでして、俺に近づく理由があったのか?」
「いくつか理由があったのは認めましょう。間近であなたがたを確認しておきたかったことと、もう一つ、重要な用件がありましたので」

 重要な用件……?

「何だよそれは?」
「今夜、それを確認したところですよ」

 意味の分からない返答を寄越すと、泪はその場にしゃがみ込んで、ザインの様子を眺めやる。

「……派手にやられたようですね」
「…………そちらの首尾は」

 苦痛に顔を歪めながらも、ザインは別のことを口にしていた。

「大丈夫ですよ。終わったので、こちらに来たわけですし。それより治療を」
「……この身体はもう使えん」
「……スペアは一つしか持ってきていないのでしょう?」
「仕方なかろう」
「……そのようですね」

 泪は頷くと、また立ち上がる。

「失礼しました。お話の途中でしたね」
「本当に、お前は最遠寺の者なんだな?」

 茜が聞く。

「ええ。そのことならば、桐生さんがよくわかっているはずでは?」

 確かにこいつの身元については、所長はもちろん、黎や上田さんも証明してくれている。

「間違いない」
「……そうか。なら、最遠寺は九曜に敵対する――そういうことと受け取るが、いいな?」
「ふふ。もうとうにそうなっていますよ? あなたのお姉様には、先ほどご挨拶をしてきましたし」
「――なんだと?」

 姉の言葉に、茜が目を見開く。
 ご挨拶って――まさか。

「九曜家で最も恐ろしいのは、九曜楓さんですからね。まず最初に討ち取らせていただきました」
「な――」
「馬鹿な!」

 ふざけるなとばかりに、茜が叫ぶ。

「姉さまをやったというのか!?」
「ええ。つい先ほどのことです。さすがに粘ってくれましたが、それも終わりました。ああ、どうせなら、死体の一部でも切り取って持ってくれば良かったでしょうか」
「黙れ!」

 怒声と共に、茜は銃を発砲しようとする。

「おい待て!」

 それを、俺は思わず制止する。

「離せ!」
「落ち着け馬鹿! ただの挑発に決まってるだろうが!」
「挑発? ただの事実ですよ」

 こいつ……!

「さて……どうしましょうか。今夜はあの方の肩慣らし程度の予定だったのですが、せっかくお二人がいるわけですし、ここで事を成してしまうのも良いかも知れません」
「……俺たちを や 殺るっていうのか?」
「九曜楓さんと違ってあなた方お二人には、それなりの価値がありますので。簡単に殺しはしませんよ」

 にこりと笑う泪。
 しかしその気配からは、徐々に殺意が溢れ出てくる。

「せっかくオルディードお兄様がお二人の力を削いでくれたのです。この機会は有効活用させていただきましょう」
「ち……!」

 この状況で新手が現れたことに、俺は唇を噛んだ。

「離せ真斗! あんな侮辱を言うような奴、ただじゃおかない……!」

 俺を振り払い、茜は再び銃を構える。
 ……まずいな。
 真偽はどうあれ、姉のことを言われて茜の奴が動揺してしまっている。
 いつもの茜らしくない、冷静さを欠いた状態だ。

 その上あのおっさんと戦った後だ。
 状況の不利は認めざるを得ない。
 引くしかない。
 しかし今の茜を引かすことは、至難に思えた。
 くそ……!

「ふ……。まだまだやる気のようですね。いいでしょう。この場で――」

 すっと、泪が手を差し出す。
 蒼い光がともる。
 ………やはり、やるしかないのか……!
 そんな覚悟を決めざるを得ないところまできたところで。

「――ふふ、なあに? みんなして楽しそうね?」

 突然の声に、泪はハッとなって見上げる。
 その視線に追われながら、そいつは軽やかに舞い降りてきた。
 ちょうど、俺達と泪の間を遮るようにして。

「――お久しぶりね、真斗に茜。元気にしていたかしら」
「お、お前……!?」

 そいつの顔を見て、俺は呆気にとられるしかなかった。
 だってそいつは――――

「だからお前ではないと、何度言ったらわかるの? いい加減覚えて欲しいものだわ」

 馬鹿野郎――忘れるわけがない!

「アルティージェ―――」
「そう、よ。一年ぶりね」

 名を口にしたら、そいつはくすりと笑んでみせた。


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