終ノ刻印

第113話 刺客

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第113話

 茜も頷いて、俺達は踵を返す。
 そこでふと、茜は一瞬歩みを止め、再び歩き出す。

「……どうした?」
「どうせだから、回り道をして帰ろう」
「回り道って」

 怪訝に思うよりも早く、茜の視線が俺を捉えた。
 真剣な表情。
 なんだ……?

「ああ」

 ともあれ俺も頷き、後に続く。
 最初は何のことだか分からなかった。
 しかし茜の選ぶ道を辿っていくうちに、何となく察した。

 茜はどんどん人気の無い方向へと進んでいっている。
 それに自然を装ってはいるが、明らかに何かを警戒していた。
 恐らく、何者かに尾行でもされているのだろう。
 思い当たる節もある。
 充分に人気の無いところまで来て、ようやく茜は足を止めた。

「真斗、すまない。また巻き込んだようだ」
「――何言ってんだ。一応護衛してるんだから、巻き込むもくそもねえよ」
「……そうだな」

 微笑する茜。

「――つうわけだ。とっとと出て来いよ。誰だか知らんけど」

 誰にともなく呼びかける。
 応えは――あった。
 もはや気配を隠そうともせず、靴音を響かせて、俺達が通ってきた道から一人の男が姿を現す。

「……やっぱお前か」

 十数メートルの距離を置いて対峙したのは、先日の男。
 アトラ・ハシースのマスター。
 確かザインとかいったか。

「……誘ったのは貴様らだろう。私は監視のみに終始していた」
「でも乗ってきたじゃないか」

 茜が言う。
 ……なるほど。
 どうやらザインの存在にいち早く感づいた茜が、わざと誘いをかけたのだ。

「機があるのならば、行動する。貴様らの判断は、愚考としかいいようがない。二人で私に勝てぬのは、すでに証明済みであろう」
「ふん。でも今日は手駒はいないようだけど?」
「監視に大人数は不要だからな。とはいえ、彼らが必要なほど、貴様らは強くもない。一人でも充分と判断したゆえに、こうして誘いに乗ったと分からぬか」
「それが馬鹿の証明にならなければいいけどな」

 挑発しながら、茜は身構える。

「……いいのか?」

 隣に並びながら、俺は聞いた。

「黎が行ってるんだ。もしかしたらってこともある。その前に面倒なことにしちまって、いいのか?」
「言っただろう? 私はあそこに戻るつもりはないって」
「それは……けどお前」
「それに」

 茜は低くつぶやくように言う。

「私は黎のことは信用している。でも、最遠寺のことは信用していない」
「信用してない……?」

 どういうことだ?

「ああ。お前が会ったっていう、最遠寺の人間のことだ」

 泪さんのことか。

「どうして」
「柴城さんが警戒していた。理由はわからないけど、それで充分だろう?」

 警戒って……あの所長が?
 泪さん相手に、かなり辟易していた様子は見れたけど……。

「昨日お前が帰った後、もう一度その日にあったことを確認したんだ。その時の口振りから、そう判断した」

 ふむ……。
 茜がそう言うのなら、それは気になるところだ。

「恐らく、簡単には解決しない」
「そうか」

 やはり、あまり楽観的にはいられない、ということか。

「ならいい。俺はお前を守るだけだ」
「ちゃんとやるんだぞ」
「当然だろ」

 頷いて、ザインを見返す。

「やはり、縛につく気はないようだな」
「当たり前だ。お前こそ、逃げるなら今のうちだからな」
「ふん、たわけ」

 茜の言葉にザインは吐き捨てて。

「ここで死ぬるか。それもよかろう」

 俺達は、再戦に挑んだ。

     /

 どれほど交戦しただろうか。
 すでにかなりの時間を戦ったが、未だ終わりはしない。
 しかし楓は絶望せず、周囲を確認した。

 すでに何人かは倒したが、周りには多くのアトラ・ハシースが囲んでいる。
 一対一では負けるような相手ではなかったが、こう数が多いと、そう簡単にはいかない。
 しかも孤立無援。
 とはいえ、期待した展開でもあった。

 こちらにアトラ・ハシースの刺客が訪れたといういうことは、茜から矛先がこちらへ向いたということ。
 全てではないかもしれないが、一部でも引き付けることができたのなら、それでいい。
 徐々にではあるが、この国へと来ているアトラ・ハシースの戦力を奪うことができる。

 ここにきて楓を相手に、さすがのアトラ・ハシースも手を出しかねていた。
 距離を置いて、お互いに隙を窺い戦局が硬直する。

「……さて」

 楓は一息つくと、誰にともなく声をかけた。

「いったいいつまで見ているだけです? そろそろ姿を現したらどうですか。このような雑兵では私の相手は務まりませんよ」

 楓が気づいていたように、今目に見えている連中が刺客の全てではなかった。
 姿を見せてはいないが、どこかに指導者がいる。
 それが真斗の言っていた、アトラ・ハシースのマスターであるかどうかは知らないが。
 次の瞬間、楓を囲んでいたアトラ・ハシース達は、一斉にその場を退いた。

「!」

 見上げる。
 上空に、何者かの姿。
 それは剣を掲げ、振り下ろす。

「――――っ!」

 楓は咄嗟に自分の武器を解凍顕現させると、その一撃を凌いだ。
 重い一撃は楓の武器によって弾かれ、近くの地面を抉った。

「…………」

 まともに食らえば、ただでは済まぬであろう一撃。

「ほう。そいつがかの三日月の弓ベファーリア、か。確か死神の鎌タルキュートス――原理崩壊式咒ゴルディオスのコピー、だったかな」

 落ち着いた男の声だった。

「…………?」

 楓は眉をひそめた。
 聞いたことのある声だったような気がしたからだ。
 目を凝らして闇を見つめてみるが、男の姿は夜闇に紛れてはっきりとしない。

「……何者です?」

 アトラ・ハシースとはどこか毛色が違うと感じた。

「ふむ。昨日の今日で忘れてしまったかな? そいつは残念だが……」

 そう言いながら現れた人物を見て。

「――あなたは」

 さすがの楓も目を疑ってしまう。

「悪いがこれが現実でね。相手をしてもらおうか」

 そう言って。
 その男は長剣を振りかざした。


 次の話 >>
第114話 強敵と覚悟終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第114話      /真斗 「ぬん!」  あの夜も見せた剛剣をもってザインは身に迫っ...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...