終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第112話
「それで、お前はどうするんだって聞いてるんだ」
「俺?」
「だから!」
苛々したように……というか、恥ずかしいのを隠すかのように、声を上げる茜。
おお、茜が照れてる。
珍しい。
「そうだなあ……」
別に焦らすつもりはなかったけど、正直なところ、即断できることでもない。
「正直、興味はあるぞ」
「それなら……」
「けど、答えは保留だ。俺が大学を卒業するまでもうちょっと時間があるし、その間にゆっくり考えるさ。でもってお前は、その間に俺を説得すればいい」
「待っていられるか! 今すぐ答えろ!」
ううむ、前言撤回。
やっぱりまだ子供だ。
「うるせえ。俺が待てと言ったら待て」
「うるさい! 今すぐ答えられないっていうのなら、嫌でも吐かしてやる」
「どーやってだよ」
聞いてみると、茜はひどく邪悪な笑みを浮かべてみせた。
「アトラ・ハシースを甘くみない方がいいぞ……? あそこには、過去からの知識が蓄えられているんだ。中には決して公開できないような邪法も……」
「えーい、物騒なことをあまり言うな! 性格が知れるぞ!」
「どういう意味だ!」
「怒るな!」
何かもう、いつものごとくって感じだよな。
しばらく二人で言い合いしていたが、疲れてきたので自然に終わってしまう。
「……まあ、なんだ」
「…………」
「拗ねるなよ。俺は嫌だって言ってるわけじゃないんだから」
「だったらうんと言え」
「だから……。いや、将来のこともいいけど、さしあたっては今のことだろ? アトラ・ハシースとお前のこととか、由羅とか黎のこととか……」
何だかんだで、あいつらとも相当関わってしまっている。
特に由羅には身寄りが無いし、放っておくわけにもいかない。
「それにエクセリアも、だろう?」
「そういえばそうかも知れんけど」
「……はあ。確かにお前はけっこう身重だったか」
身重って……おい。
「まあいい。お前はお人好しだからな」
「何がいいんだよ」
「うるさい」
ぷん、とそっぽを向いてしまう茜。
「ったく……」
俺はぽりぽり頭を掻いて、そんな茜を見返した。
茜と一緒に仕事、か。
それはそれで、確かに悪くないかもな。
前向きに検討、と。
「そういやさ」
「なんだ」
「そう怒るなよ。由羅のことなんだけど」
「由羅がどうした?」
「いや、何かちょっと、様子変じゃなかったか? 気のせいかもしれんけど……」
いつもと変わらないようにも見えたが、端々がどうもしっくりこないというか何というか。まあ勘みたいなものだ。
「ふん、すっかり忘れているようだな」
「忘れてって……俺が?」
「そうだ。今日が何の日か、思い出してみろ」
「何のって……」
考えてみる。
しかしどうにも思い出せない。
むう……?
「……さっき、どうしてあんな料理が食べられたと思う? いくら私でも、あれだけのものを簡単に作れはしない。下準備していたんだ」
「下準備って……」
茜が夕食を作る、と宣言したのは学校でのこと。
それから一度も事務所には戻っていない。
ということは、準備はそれ以前からしていたということで……。しかも俺達に悟られないように。
「ご馳走……ご馳走……あ!」
今更のように、思い出した。
「今日って黎の誕生日か!」
「そうだ」
完全に忘れてた。
この日を探り当てたのは俺だっていうのに、それを由羅に教えた後は、すっかり失念してしまっていたのだ。
あいつが自分でやるって張り切っていて、俺は全く手を出さずにいたもんだから……。
そうか。それなら色々と納得できる。
昨日黎が日本を出たことを聞いた時、あいつがやけに残念そうな顔をしていたのは、そういうことだったのだ。
「俺、てっきりどっかの店に行くのかと思ってたんだ」
「結局自分で作ることにしたんだ。私に相談してきて、それで手伝うことにした」
確かに自分で作った方が、気持ちは伝わるかもな。
「今日の料理は、本当は黎のために作るはずだったっていうわけか」
「うん。けど仕方ない。いつ帰ってこられるかわからないし、事前に用意していた食品の中には日持ちしないものもあったからな。だったら今日食べてしまおうと思ったわけだ。由羅の練習も兼ねて」
「都合良くあれだけの食器があったのも、準備してたんだな」
「そうだ」
そいつは恐れ入った。
そんな素振りなどあいつは見せなかったし、俺も気づかなかったしなあ……。
「しかし忘れていたとは最低だぞ」
「……すまん。こればっかりは面目ない」
素直に俺は謝った。
いくら最近、急に慌しくなったとはいえ、忘れてしまっていたのは俺の落ち度だった。
「一応伝えておいたけど、もしかしたら黎自身も忘れていたかもなあ」
とはいえ、今回は運が悪かったとしか言いようが無い。
「黎が戻ることになったのには、私にも原因がある。だから由羅には、色々と付き合ってやるつもりだ」
「そうだな。俺も何か考えてみるか……」
今のところ特に思い浮かばないが、由羅を手伝うことくらいならできるだろう。
「そろそろ帰るか? 冷えてきたし」
「……うん」
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