終ノ刻印

第109話 由羅と凛

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第109話

     /由羅

「んもうっ」

 どうしようもないので、ぷりぷり怒ってみせる。
 あー、もう!
 茜のばかばかっ。

「何をそんなに怒ってるのよ?」

 隣に座った凛が、呆れたように私を見る。
 その呆れ顔にむっとなる私。

「だから! 茜ったら私が寝ている間に、真斗とどっかに行っちゃったのよ!」
「ふうん……。起こしてくれなかったから怒ってるわけ?」
「そう!」

 お昼になって目が覚めてみれば、事務所には誰もいなくて私一人だったのだ。
 真斗の所にも行ってみたけど、留守。
 じゃあ大学かと思って探してみたけれど、いなかったのだ。

「きっとどこかで遊んでるの!」
「いいじゃない。別に」

 答える凛は、どうにも淡白だ。

「……何でそんなに素っ気無いのよぅ」

 私の不満に、ふう、と凛は息を吐き出す。

「茜、真斗のこと気に入ってるんでしょ? たまには譲ってあげたら?」
「ゆ、譲るって……別に私は……」

 もごもごと、どうしてだか口ごもってしまう私。

「イリスさまがおっしゃっていたけど、真斗って茜の護衛やってるんでしょ? だったらいいじゃないの」

 それはそうだけど。

「う~……。私だって役に立つのに……」
「役に立つのに、茜が出て行くのに気づかないなんて」
「う、うー……」

 反論できなかった。
 凛の言う通りではある。でも自覚するのはちょっと哀しい。

「茜、私のこと呆れて出ていったのかな?」
「さあ。でも茜の性格なら、あり得るかもね」

 ますます気分が重くなる。

「あ~あ……。私ってば駄目よね。凛とは大違い」

 空を見上げて私はその場に仰向けに寝転がった。
 空は晴天。
 ちょっと寒いけど気持ちいい。

 ここは鴨川の河川敷。
 茜達を捜せなくて事務所に戻って悶々していたら、凛がやってきたのだ。
 そのまま事務所にいるのも嫌だったから、二人してここまでやってきたというわけである。
 もちろん、私の愚痴を聞いてもらうためにだけど。

「大違いって、何が?」
「だって……。凛って、イリスにとっても信頼されているでしょ? 今日だって、イリスの代わりに茜の様子を見に来たんだし」
「そりゃあね。その自負はあるもの」

 自信たっぷりに言い放つ凛が、羨ましい。
 凛も、私と同じ千年ドラゴンだ。

 私は最初の魔王レイギルアによって生み出されたけど、凛は最後の魔王フォルセスカに生み出された千年ドラゴン。
 最後の魔王が死んだのが今からだいたい千年前で、その頃に眠ったっていうから、凛は目覚めてからそんなに時間がたっていない。
 私とは千年以上も差がある。

 だけど凛はとっても優秀だ。
 あのイリスが傍に置いているくらいだから、間違い無い。
 それに比べて私ときたら……。
 凛よりもずうっと先輩のはずなのに。

「らしくないわね。何を落ち込んでるのよ」

 沈んでいたら、頭を小突かれた。

「う~……」
「単純な強さなら、私よりあなたの方がずっと上なのよ?」
「え……?」
「私よりもずっと以前に生まれたんだもの。時がたてばたつほど、私たちの力は成熟していく。私なんてまだ赤ん坊みたいなもの。こと力においては、私は由羅には全然敵わないわ」
「そう……なの?」
「そうなの。ま……でも確かに経験は少ないかしらね、由羅って。でもいいんじゃないの? そんな戦ったり殺し合ったりする経験なんて、少ない方が」
「うん……それは、そうかもしれないけど」

 ちょっと慰められる。
 短気だけど、こういう時の凛は優しい。

「ところで知ってる?」
「え、なに?」
「私、あなたに会うのって、この国が初めてじゃないのよ?」
「え……?」

 そう言われて、私は慌てて記憶を辿ってみた。
 けれど思い当たる節は無い。

「ふふ、由羅は当然知らないでしょうね。だってあなた、眠っていたもの」
「い、いつなのそれ?」
「ずっと昔。千年以上前のこと。私ね、一度だけあなたを見たことがあったの。氷漬けにされていた、その姿を」

 あ……。

「封印されていたのよね。私あの時初めて、千年ドラゴンっていうものを知ったわ。由羅を見て」
「私……」
「だいたいの経緯は知ってるわ。あと、あなたを責める気は無いし」
「…………」

 あの時の記憶は、今になっても苦痛しかない。
 狂気、愉悦、恐怖、苦痛……。
 思い出すだけで頭が痛くなって、足が震えてしまう。

「とにかくね、私はそこで千年ドラゴンがどんなものか知ったの。だから、最後の最後で私はフォルセスカ様にお願いした。私をそうして欲しいって」
「自分から、頼んだの……?」

 フォルセスカというのは、凛が千年前に仕えていたひとの名前。
 最後の魔王だ。

「そうよ」
「で、でも私のことは知っていたんでしょ? 私たち……千年ドラゴンっていうのは」
「欠陥のことでしょ? 知ってたわ。もちろんね」
「それでどうして……」

 不思議だった。
 千年ドラゴンという存在の精神は脆い。
 肉体的な強さとは裏腹に……とっても弱いのだ。
 まるで、心が弱い分を外側を強くすることで補うかのように。

「私には、イリスさまがいたから」

 答えはあっさりとしたものだった。

「私には、初めから依存すべき相手が定められていたの。だから」
「……そっか」

 納得する。
 凛には目的があった。
 私には無かった。
 それが差なのだろう。

「その程度のことよ?」
「え?」
「だから、私と由羅との差なんて、その程度のこと。私はあなたより運が良かっただけ。でも由羅だって、もう心配なんかする必要がなくなってる。そんな差なんて、すぐ消えてしまうわ」
「あ……」

 ぽかんとする私へと、にこりと笑ってくれる凛。
 その程度のこと、か……。

「……うん! そうね!」

 何となく、元気が出てくる。
 最初は散々だったけど、少しずつ良い方向に進んでいけているような気がする。
 ものすごく時間はかかったけど、こうやって同じ仲間にも会えたのだし、これからもきっといいことがあるのだと思う。

 ようやく。
 私の心は、頭上に広がる空のように、澄み渡ってきた。


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