終ノ刻印

第108話 エクセリアの保護者

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第108話

     ◇

 落ち着かない。
 いや本当に落ち着かない。
 大学に向かって三人で歩いているだけなのだが、どうにも気分がよろしくないのだ。
 とはいえ悪い、というわけでもない。
 原因は、隣を歩いているエクセリアに他ならないわけだけど。

「……真斗、どうした?」
「い、いや何でも」

 エクセリアに問いかけられても、答えようが無い。
 ビシっと決められたのは、最初だけか……我ながら情けない。
 しっかし化けたもんだ。
 こう大人の姿になっただけで、ここまで見た目の存在感が変わってしまうとは。

「ふん」

 背後からは、茜の不機嫌そうな気配。
 明らかに俺に向いてるし……ううむ。

「エクセリア」

 困ってしまった俺とは対照的に、茜はいつもの調子でエクセリアに問いかけていた。

「参考までに聞いておきたいけど、どういう手品を使ったんだ?」
「手品?」
「だから。どうやったらそんな姿に簡単になれるんだ?」
「さほど、難しいことではない」

 歩きながら、エクセリアは答える。

「自分自身への認識を変えることで、外見程度ならば造作も無く変えられる。内面を変えることは、できないが」
「ふうん……。そういう姿にもなれるのに、どうして普段はあの姿なんだ?」
「恐らく、あれがもっとも自然な姿だからだと思う」
「自然?」

 気になって、俺も口を挟む。

「あくまで推測にすぎないが。恐らく精神の在り方というものが、肉体に反映されるのだろう。精神の成長によって、外見的な肉体もそれに従う。実際、私の妹はもともと普段の私と同じくらいの姿だった。しかしここ千年は、大人に近い外見をとっている。四度魔王を見出していくと共に、成長していったのだろう」
「っていうと、特に外見に手を加えていないのであれば、その外見がそいつの精神に比例してるってことか」

 ってことは、見た目がエクセリアの精神年齢、っていうことなんだろうな。
 とするとずいぶん幼いんだなと思ってしまう。
 雰囲気ではえらく大人びているけど、エクセリアの実際の行動や思考を思い出してみると、そうかもしれない、とも思える。
 そういやこいつ、自分で自分のことを幼いって言っていたこともあったよな。

「なるほどな。……とはいえ」

 ちらりと、俺はエクセリアを盗み見てしまう。
 端整な横顔。
 ……褒め言葉というのは苦手だったけど、とっとと言っておかないと、何だか気が収まらない。
 というわけで言うことにした。

「エクセリア」
「なんだ?」
「お前、美人だよな」
「――――」

 目を見開いて、びっくりするエクセリア。
 後ろで茜も驚いているようだったけど、気にしない気にしない。
 あー、よく分からんけどすっきりした。

     ◇

 覚悟を決めたとはいえ、案の定エクセリアは目立った。
 校内を歩くだけで、否応無く視線が集まってくる。
 俺自身の視線もその一つになってるもんだから、始末が悪い。

 とりあえず一つ授業を受けたのだが、隣に座らせておいたら、その後ろ姿だけでも目立つらしく、教室の後ろの方では騒がれてしまう有様で。
 あまりに疲れたんで、とっとと脱出することにした。
 早めに学食に落ち着いた俺は、飯をつつきながら溜息をつく。

「はあ。やっぱ学校は疲れる」
「先ほどの授業は、それほどに難解なものだったのか?」
「いや……そうじゃなくてだな……」

 前の席に座った茜は、俺を見て人の悪い笑みなんぞを浮かべてくれるし。

「とりあえず、食ったら学校出るぞ」
「何だと?」

 俺の言葉に、真っ先に反応したのは茜。

「逃げるのか?」

 逃げるって……いったい何なんだ。

「帰りやしねーよ。せっかくエクセリアがその気になって、出歩いてくれてるんだ。俺も最後まで付き合うに決まってるだろ?」
「当然だ」

 多分、エクセリアに何かしら吹き込んだのは茜だろう。
 で、こうやって珍しくも人前に出歩いているのだ。
 けどまあ、悪いこととは思えない。
 むしろいい兆候だ。
 何かと殻にこもりがちのエクセリアが、こうやって直接外を見て回るということは。
 それが分かっていたからこそ、俺も最後まで付き合うつもりでいた。

「ただ、学校だけは勘弁してくれ。知り合いだっているし、もし見られてたら後で説明するのが面倒だしさ」

 これっばかりは由羅で懲りている。
 のほほーんなあいつも、外から見てればそれなりに映ってしまう。
 たまたま遭遇した知り合いに、後からあれは誰だだの、紹介しろだの、連れてこいだのと言われ、断るのにどれほど苦労したことか。
 そんな俺の努力もむなしく、しょっちゅう大学に出没してくれる由羅だけど。

 その上エクセリアまで増えたら、と思うと、頭が痛くなるのである。
 それにしても、エクセリアがこの姿になっても茜は落ち着いてるよな。
 同姓だから、か。
 それとも普段からイリスと一緒に歩き回っているから、もはや視線など気にならないのか。

 イリスだって、エクセリアに負けない容姿だし。
 ……あいつも大人になったら、今以上に目立つんだろーな……恐ろしや。

「――飯食ったら、どっか別の場所に行こう。エクセリアの行きたいところだったら、どこでも行ってやるし」
「私は……特には」
「じゃあ私が決める」

 ちょっと困った顔になるエクセリアに代わり、茜が当然のように口を挟んでくる。

「どーして」
「ほう……? エクセリアの希望は聞いて、私の希望は聞かないというのか。そうか、貴様はいつからそんなに偉くなったんだ……!?」
「こおら! 飯食ってんだ首を絞めるな~っ……ぐえええ」
「ふん。ならば聞け」
「……へいへい」

 ったく、ちょっとした口答えも許さんとは。
 それに相変わらず暴力的だし。
 やっぱり茜がアトラ・ハシースに行こうとしていた時に、止めるべきだったか。
 そうすれば、もうちっとはおしとやかで楓さんみたいになったかもしれんのになあ。

 そんな俺達の様子を、興味深げに見つめるエクセリア。
 真似とかしないでくれよ……頼むから。

「ところで真斗」
「ん?」
「お前、いつもこんなのばかり食べているのか?」

 学食のことらしい。

「悪いかよ」
「悪い」

 即答かい。

「何でだよ。コンビニ弁当食ってるよりは、ずいぶんマシだと思うぞ」

 それに安いし。

「多少は仕方ないと思うが、たまにはしっかり自炊しろ。今日だってお前の部屋に行ったら、大量にインスタントラーメンが転がっていたぞ」
「あ、いやあれは」
「――茜」

 俺が言うよりも早く、エクセリアが口を開いていた。

「あれは……その、私が食べだ。……四つ」
「え?」

 さすがに茜も驚いたらしい。
 そうその通り。
 昨夜のこと、エクセリアは何を思ったのか四杯も食べてくれやがったのだ。
 俺が非常食用として置いてあったやつを、全部。

「お前が……?」
「別に気に入った、というわけではないのだが、その、興味があって」

 何かとり憑かれたかのように食ってたもんな。
 しっかし四杯もよく食べたもんだ。

「馬鹿真斗!」
「なぬ!?」

 なぜかいきなり怒鳴られてしまう。
 しかも身に覚え無し。

「エクセリアにそんな食べ物とも呼べないものを食べさせてどうするんだ!?」

 むう。
 それはそれで、問題発言のような気もするぞ、茜。
第一、 あれはあれでけっこううまいんだぞ。
第二、
「……エクセリアがそんなものを食事として認識してしまったら、世の中が終わってしまう。お前の責任だからな」
「ぬ……う。そこまで言うか」
「?」

 意味が分からずきょとん、となるエクセリア。

「当然だ。そしてお前の名は、後世に世界を滅ぼした張本人の悪名として、永遠に残ることになるぞ」

 またひどい言われようだな。
 ていうか世界が滅んじまったら、名前が残るもくそも無いと思うんだけど。

「……まあ、それは冗談だが。でも気に入らない。エクセリアの保護者として、どうもお前は失格なような気がする」
「保護者って、俺がかい」
「似たようなものだろう。よし、今日の夕飯は私が作ろう。笑味しろ、エクセリア」
「わ、わかった」

 茜の気迫に、エクセリアは頷くしかなく。
 そんなわけで、そういうことになったのだった。
 しっかし、保護者、ねえ……?


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