終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第107話
/真斗
「むー……」
何やらうるさくて、目が覚めた。
ベッドの上でもぞもぞしながら、ぼんやり瞼を開く。
視界はぼやけていて、初めははっきりしたものは何も映らない。
しかし時間がたつに従って、やがて像を結んでいく。
「ぬ……」
変なものが見えた。
何かがベッドの前に座っている。
しかも二つ……。
「ふむ……」
目をこすりながら、ぼやいた。
「……新手の嫌がらせか?」
「馬鹿言うな」
そうかよ。
けど目覚ましよりタチの悪そうなやつだぞ。
「……ふあ」
当然のように欠伸が出る。
まだ寝ていたいけど、そうもいかなさそうだった。
二度寝しようものなら、茜が爆発する。
「……あんだよ。朝っぱらから?」
……って。
「お前、まさかずっといたのか……?」
茜の横に、昨夜と変わらぬ場所で座る少女は、間違い無くエクセリアだ。
「……少し」
「え?」
「離れ難かった。理由は私にもわからぬ」
「……真斗。何か不埒なことでもしたんじゃないだろうな……?」
ジト目で睨んでくる茜が、ちょっと怖い。
「馬鹿言え。俺みたいな健全な青少年が――」
「寝言は寝てから言え」
一蹴されてしまう。
「……お前、朝一で俺をいじめに来たのか……?」
「ふん。そんなつまらないことはしない。不甲斐無さを指摘しに来ただけだ」
「あん。俺が何だって言うんだよ」
「私の護衛を買って出たくせに、私よりも呑気にいる能天気さは何だ?」
……むう。
……それはそーかもしれんけど。
「あー、悪かったよ。で、わざわざ護衛されに来たのか?」
「…………。勘違いするな」
どうしてだか視線を逸らして、茜は言う。
「私は誰かにちょろちょろされるのは嫌いだ。だから、私がお前にくっ付いていてやる。その方が、多少はマシだからな」
「いつもイリスにくっつかれてるだろーが」
「だからお前にまで纏わりつかれたらたまらんと言っているんだ!」
怒るなよ。短気だな。
「へいへい」
ま、護衛対象がどっかに逃げていくよりかはましか。
あまり素直じゃない茜らしいし。
「今日は大学に行くのか?」
「そりゃあ……まあ。こっちに合わせてくれるって言うんだったら、そうしてもいいけど。授業だってあるし」
「じゃあそれでいい。あと、エクセリアも一緒に行くからな」
「ふむ。……へ?」
反射的に頷いてから、一拍遅れて疑問符が浮かんだ。
「間抜けな顔をするな。私と一緒について行くと言っている。大したことじゃないだろう」
「いや……それは、ええと、その姿で一緒に来るって意味か……?」
「他にどんな意味がある?」
むう……。
これまでに、エクセリアも大学へと来たことは何度もある。
しかし姿は見せず、ふわふわとついてきていたはずだ。
少なくとも俺は、今の姿のままで普通に校内にいるのを見たことが無い。
エクセリアの方を見やれば、その表情に変化は無い。
茜の言葉に少しでも戸惑った様子が無いところを見ると、その気らしい。
「いや……ちょっとまずくないか? いくら大学ってのはオープンで、由羅とかお前みたいな部外者がいたってどうってことないけど、エクセリアはどう見ても姿が子供だし。目立つと思うぞ?」
容姿も容姿だしな。
あの能天気な由羅だって、黙って立っていればけっこうな容姿で、目立つのだ。
エクセリアはそれに全く引けを取らない上に、背格好はイリスよりも小さいときている。
これで目立たない方がおかしい。
いやたぶん、普通に町に出ても人目を惹くだろーな……。
「この姿が、不服なのか」
初めて、エクセリアの顔に表情らしいものが浮かんだ。
それでもってあまり機嫌の良さそうな声でもない。
ああ、何かまずい。
「いや、そーゆうわけじゃなくってだな……!」
「いい。わかった」
俺が思わず弁解するよりも早く、エクセリアはその場から消えてしまった。
まさに一瞬である。
「…………。お、怒ったかな?」
恐る恐る、茜に聞いてみると、
「馬鹿」
返ってきたのは冷たい一言だった。
「いや、待て……俺はたぶん間違ってないぞ。世間体を考えてもだな……!」
「器量の狭い奴だ」
ぬあ。
そこまで言うかい!
「きっと嫌われたな」
「いや、もともと好き嫌いではなくてだな……」
「お前みたいなガキんちょに、子供って言われたんだぞ? 普通は怒る」
「む……」
「相手がイリスだったら、殺されていたな」
そ、そーか……?
「エクセリアで良かったな」
それは……そうかもしれない。
「でも馬鹿だ」
「く……」
「反省しろ」
「うう……」
くそう。
茜の奴、言いたい放題だけど反論できねえ……。
エクセリアが怒ったことなんか無かったから、油断していたのか俺は……!?
「とにかくとっとと起きて顔でも洗え」
「……そうする」
どーしてだか分からんのだけど、俺は項垂れてベッドを降りるのだった。
◇
そして。
「そんじゃ行くか」
適当に身支度を整えて、ずっと待っていてくれた茜へと声をかける。
「うん」
茜は見ていたテレビを消して、立ち上がった。
「どーでもいいけどさ。お前ってあっちで学生やってるのか?」
歳からすると、高校生くらいか。
「やってる」
「へえ。ちゃんと行ってたのか」
少し驚きだった。
あんな組織に入っていながら、まっとうな学校とかに行っていたとは。
「でも今は? 休んでるのか」
「そうだ。一応、融通の利く学校を選んでいるし」
「ふうん。そんなのあるのか」
ふむふむと頷きながら靴を履いて、何気なく玄関のドアを開ける。
そこで。
「うあっ?」
ドアを開けた目の前に人がいて、思わずびっくりして声を上げてしまう。
……恥ずかしい。
「何をやってるんだ」
「いや人がいて、ちょっとびっ――」
改めてその人物を見やって、言葉が止まってしまった。
背後で茜までもが固まっているのが、気配で分かる。
目の前に立って俺を見返している奴は、よく知ってるような、でも知らないはずの奴だった。
真紅の瞳に銀の髪。
その髪は由羅に負けないくらい長く伸ばされている。
こういう容姿の奴をよく知っているけど……いやまさかそんな。
「エ、エクセリア……?」
「この姿ならば、問題無いと思う」
うあ。
やっぱり本人かい!
「ちょっと待て……! だって背が……!?」
そう。
エクセリア(らしき人物)は、俺とほとんど変わらない高さに目線がある。
ってことは、百七十センチはあるってことだ。
当然、茜よりも黎よりも高い。
そして雰囲気だけでなく、体格も完全に大人になってしまっている。
余裕でモデルになれるくらいの。
「背が低ければ、子供に見えるのは当然だ。だから、少し姿を変えてみた。真斗くらいの背丈ならば、大丈夫だと思ったのだが」
「うあ……」
もはや、そうとしか声が出ない。
俺の間抜けな対応に、エクセリアは少し心配になったのか、表情を曇らせる。
「……その、こういう姿には慣れていないから、最近の妹の姿を参考にしたのだが、何か失敗しているか……?」
その辺の事情は分からなかったが、それでも一つだけはっきりしていることがある。
やはりエクセリアは、さっきの俺の言葉を気にして出ていったということだ。
茜に散々言われたばかりだし、ここでこれ以上慌てるようなことはできない。俺の誇りにかけても!
えーい、ここは……!
「いや、完璧だ」
内心の動揺を抑えつつ、俺はそう言ってやる。
相手に安心を与えるであろう、最上の表情を作って。
「そ、そうか……。それならば良い」
ほっとしたように、エクセリアは小さく頷いた。
……むう。
しっかし、こりゃ今まで以上に目立つぞ……。
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