終ノ刻印

第106話 茜とエクセリア

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第106話

     ◇

「――とまあ、そんな感じなわけだ」

 自分のマンションに戻ってから。
 俺はずるずると晩飯のカップラーメンをすすりながら、大体の事の次第を説明していた。

「……そうか」

 俺の前に正座して、エクセリアは小さく頷いた。
 ただ座っているだけではなくて、片手にはフォークを持って、麺を口に運んでいる。

 つまり、俺と同じカップ麺を食べているわけで。
 俺だけ食うのも何だったので、エクセリアにも勧めてみたところ、口にしてみたというわけである。
 本来ならば食事などは必要無いらしいが、食べて食べないこともないとか。

 ……しっかしどーでもいいが、無茶苦茶丁寧に……っていうか、上品に食べてるよな。
 カップ麺食べてて品があるっていうのも、何か変な感じだけど。

「……うまいか?」

 思わず聞いてしまう。

「わからない」

 小首を傾げるエクセリア。

「他の食事と比較できるほど、私はこういったものを食べた経験が無い。だから、判断は難しい」

 なるほど。

「機会があったら食べてみたらどうだ? 食事っていうのは、基本的に楽しいものだし」

 準備や後片付けは面倒だけど。

「……考えてみる」

 そうつぶやいて、スープをこくりと飲み込むエクセリア。
 うーむ、何やら新鮮な光景だな。

「飯のことはいいとして、どう思う?」
「アトラ・ハシースのことか?」
「ああ。黎が行って、何とかなるかどうかってことだけど」
「今の黎は、アトラ・ハシースの全てを掌握しているわけではない。かつてとは違う。しかし、原因がわかれば対応のしようもあるだろう」
「だな」

 完全に期待するわけにもいかないが、それなりの進展はあるだろう。

「ちなみにお前はどうなんだ? あっちのことについて、何も?」
「私は千年前より、アトラ・ハシースへの干渉をやめている」
「千年前、ね」

 俺なんかからすれば、途方も無いような時間をエクセリアは生きている。
 その間に色々とあったんだろうが、詳しくは俺も知らない。

「結局お前にもわからんってことだな」
「すまない」
「いや、謝ってもらようなことでもないけどさ。それより、しばらくはちょっと警戒してて欲しい。俺も、寝てる間に狙われるのは困るしな」
「努力する」

 相変わらず謙虚な物言いだよな。
 どこかの誰かにも見習って欲しいものだ。

「……ところで真斗」
「うん?」

 食べ終えたエクセリアが、少し改まって俺の名を呼んでくる。

「もう一杯、食べてみたい」
「へ?」

     /茜

 事務所ほどでは無いけど、ここに来る機会も多かった。
 そういうわけもあって、私はここの部屋の合鍵を持っていたりする。
 ……いつだったか由羅が壊したドアを取り替える際に、私がその費用を立て替えてやったことがあって、そのどさくさで合鍵を持っていたりするんだけど。

 真斗のマンションへと入った私は、遠慮無くドアを開いた。
 小さなその部屋は、まだ薄暗い。
 靴があって電気がついていないところをみると、まだ寝ているというわけか。
 まったく私の護衛を買って出ながら、呑気なものだ。

 そのままずかずか入っていくと、流し台の所に大量のカップ麺が重ねておいてある。
 まだ匂いもするし、どうやら昨日の夕食だったらしい。

 ……真斗のやつ、こんなものを食べてるのか。
 自炊すればいいのに……とぶつぶつ思う。
 そのまま寝室の方に行きかけて、思わず足が止まった。
 先客がいたのだ。

「――おまえ」

 先客は床に正座したまま、静かにそこにいた。
 小さくて、精巧な人形のようにも見える。

「そなたか」

 私の気配などとっくに気づいていただろうけど、エクセリアは僅かに顔を動かして、こちらを見つめた。

「……何をやってるんだ」

 ちょっと呆れて、聞いてみる。

「何も」
「何もって」
「私がここにいては、駄目であろうか」
「そんなことはないけれど」

 小さく息を吐いて、エクセリアの隣に座り込む。
 案の定、ベッドでは真斗が眠りこけていた。
 ちらりと横目でエクセリアを見れば、その視線はすでに私には注がれてはいない。

 ……ここにエクセリアがいても、別段不思議ではない。
 真斗にとっては不可欠な存在だし、色々役にも立ってくれる。
 とはいえ、あまりちゃんと話したことの無い相手だった。
 これはいい機会かもしれない……か。

「……どうして真斗を?」

 何を聞こうか迷って、結局最初に聞いてしまったのはそのこと。
 あらゆる意味で、どうして真斗を選んでしまったのか。
 そのことを、尋ねてみた。

「……その問いに答えることは難しい」
「? なぜ」
「はっきりとした理由はあるのだと思う。けれど、私にはそれがわからない。それゆえに」
「ふうん……」

 曖昧に頷いて、ふと思った。

「お前、やっぱりイリスに似ているな」
「――――」

 エクセリアが、こちらを見る。

「私はそう思わないが」
「私がそう思う」

 確かに性格は違うかもしれない。
 イリスに比べれば、エクセリアの方がよほど色々考えて生きているように見える。
 けど、本質的には同じではないかと、そう思うのだ。
 ついでに前々から気になっていたことも尋ねてみることにした。

「イリスを避けているだろう?」
「…………」
「どうしてなんだ?」

 すぐに返事は無かった。

「お前とイリスの接点など知らない。でも、よく似ている。雰囲気も、見た目もな。特にその瞳が」

 エクセリアの真紅の瞳は、イリスのものと全く同じ印象を受ける。
 これほど綺麗で澄んだ瞳を、イリス以外ではエクセリアしか私は知らない。

「だんまりか?」

 やはり、答えは無い。
 よほど、話したくないことらしい。
 しょうがない、か……。

「まあ、いいけれど。話したくないのなら」
「……すまない」

 弁解するエクセリア。
 しかし、意外にもイリスの話題から離れなかった。

「そなたから見て、イリスをどう思う?」
「どう……って?」

 いきなりそんなこと聞かれても、ちょっと困る。

「別に。でも、おかしな奴だとは思う。私なんかに良くしてくれて」

 それは、時々不思議に思うことだった。
 どうしてイリスは、こんなにも私を気にかけてくれるのだろう、と。
 単純に気に入られたといえば、そうなのかもしれないけど。

「危険、とは……思わぬのか?」
「思うぞ」

 即答したら、エクセリアはちょっと驚いた顔になった。ならばどうして、と視線が疑問をぶつけてくる。

「もしかすると、姉さま以上に物騒じゃないかとは思う。実際物騒だし。でも、一人じゃないから」

 あいつには、たくさん頼れる奴が回りにいる。
 凛や裄也、それに姉さまだって恐らくその一人だ。

「あいつらがいる限り、さしあたっては大丈夫だと思う。私の時も、そうだったから」

 私は危うくイリスに殺されかかった過去がある。
 それが出会い。
 あの瞬間に、こんな未来になるなんて誰が想像できただろうか。

「私は、そなたのようには向き合えぬ」
「どうして」
「怖い。そう思うからであろうか……」

 怖いって……。
 イリスを見て、確かに時々怖いと思う時はある、けど。

「正直、こうして真斗を見続けることをも、未だに怖いと思う時がある。決心したはずだというのに。……長年染み付いたものは、容易には消えてはくれぬ」

 私は首を傾げた。

「何の、話なんだ?」
「……いや。忘れて欲しい。時々不安になる。それだけのことだ」
「……私は忘れてもいいけど、真斗はどうなんだ? お前こと、よくわかっているのか?」

 エクセリアは、首を横に振る。

「どう思われているかなど、私は知らぬ。……しかし、知りたいとは……思う」

 最後の台詞に、私は笑みを浮かべた。
 何を考えているのか、話を聞いても今一つのエクセリアだけど、はっきりしていることもある。
 それは間違い無く、真斗に好意を抱いているということだ。
 本人の様子だと、自分自身がそれに気づいているかどうかは怪しいところはあるが。

「ふうん、なるほどな」
「何が、なるほどだ?」
「こっちのことだ。それより――」
「む……ぅ」

 ベッドの上で、真斗が寝返りをうった。
 話し声に、目が覚めてしまったらしい。
 私は声をひそめると、エクセリアへと耳打ちした。

「それより、エクセリア。今日は………」

 真斗が起きる前にと。
 そっとエクセリアへとささやいたのだった。


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