終ノ刻印

第104話 楓からの依頼

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第104話

「えっと……茜のこと、だろ?」

 楓さんと話しているところで、泪さんが現れたんだったよな。
 話は途中だったっけか。

「そうです。あの子のことで、あなたにお願いがあって来たんですよ」
「お願い?」

 はて。

「今の状況はよくわかりました。とりあえずは黎さんたちにお任せしようとは思います」
「そーだな」

 まずは黎の吉報を待つのが先決だろう。
 下手にこっちが動いて、後戻りができないような状況にしてしまうのはまずい。

「ですがその間、すでにこの国に来ているアトラ・ハシースの襲撃を防がねばなりません。特に、茜のことですが」
「そうだよな。黎が行くってとこは、少しは時間がかかる場所だろうし、すぐにっていうわけにはいかないだろうからな」
「ええ。それでその間、茜のことをあなたにお願いしたいのです」
「ほう」

 …………。
 む……?

「……それはもしかしてひょっとすると、あいつのことを俺に守れって言っているのか?」
「はい」

 あっさり頷く楓さん。
 俺があいつを守る、ねえ……?

「俺じゃあ力不足だと思うけど?」
「昨夜、あの子を守ってくれたとうかがいました」
「いやそれは……。それにあいつにはイリスがついてるだろ?」

 何よりも強力なボディーガードだ。
 俺の出る幕なんぞ無いだろう。

「それが、不満なのです」

 イリスの名が出た途端、ぶすっと、渋い顔になる楓さん。

「あんな死神風情に守ってもらわねばならぬほど、九曜の家は落ちぶれてなどいません。第一イリスと茜が一緒にいることこそが、今回の原因の一つでしょう。墓穴を掘ってどうするのです?」

 むう……。
 何やらもっともらしいことを言っているけど、単純にイリスに任せることが嫌なのだろう。
 その理由は、あれか。イリス一人にいいところを持っていかれるのが、きっと気に入らないのだ。

 だったら自分が守ってやればいいのだけど、あの二人の仲ではそうもいかない。
 別に嫌い合っているわけじゃねえけど、ライバル視してるからなあ、茜が。そんな茜が素直に姉に保護してもらうはずがない。
 で、俺かい。

「そりゃま、やれって言われればやるけどさ」

 茜には色々借りがあるし、ここで返しておけるんなら返しておきたい。
 もっとも茜が承知するかっていうと、微妙なところだ。

「よろしくお願いします」
「ってか、楓さんはどーするんだ? 危ないのは茜だけじゃないだろ?」
「心配は嬉しいですが、私ならば大丈夫ですよ」

 にっこり笑顔でそう言う楓さん。
 きっと本当に大丈夫なんだろーな……。
 楓さんが相手だと、しみじみそう思ってしまう。

「まあ九曜の方はいいとして、最遠寺はどうなんだ? 泪さんはこれから?」
「わたくしならば、近くに宿をとってありますので、しばし京都に滞在するつもりです。九曜の方とのパイプ役になるつもりで、ここまで来ましたので。それに……」

 泪さんはそこで言葉を区切り、部屋の中を見渡した。

「? どうしたの?」

 黎が尋ねる。

「いえ……。その、こちらの所長をされている方は、お留守なのでしょうか?」
「所長、どっか出かけてるのか?」

 俺は黎に聞いてみる。

「定なら、さっきお昼を買いに……」

 黎が答えかけたところで、がらりとドアが開く。

「む?」

 入ってきた所長は、室内を見て声を上げる。
 片手には、近くのコンビニの袋とその中に入った即席麺。昼飯を買いに行っていたらしい。

「なんだ。また人が増えたな。……お」

 所長の視線が楓さんを見つけて止まったところで。

「――お兄様!」

 へ?
 突然上がった声に、俺は目をぱちくりさせた。
 みんながみんな、似た表情になっている。

「な」

 驚いた表情になる所長。
 と、同時に誰かが立ち上がっていた。
 誰かって……いやまあ、そんなのは今ほど声を上げた人なんだけど。

「お久しぶりですお兄様! 息災でしたでしょうか」

 駆け寄って、所長にダイブしたのは、間違い無く泪さんだった。

「な、お前……?」

 ぽかーんとなる一同。
 いや、その、お兄様ってのは何なんだ……?

「ちょっと待て離せどうしてお前がここにいる……!?」

 お、珍しく所長の奴が慌ててるぞ。

「それに何だお前たちの視線は! 珍妙な生物でも見るような――」
「恥ずかしがらないで下さい。せっかくこうしてお会いできたのです。ご遠慮なさることなど――」
「遠慮する!」

 断固宣言してつっぱねると、所長はそそくさと自分の席へとついた。

「あー、上田、お湯」
「はいはいお持ちします」

 何やらいつも以上の笑顔になって、奥に入っていく上田さん。

「あー、君たち。誤解のないように言っておくが、別にあれは妹なんかじゃないぞ」
「って言ってるけどどうなんだ?」

 泪さんに聞いてみる。

「お兄様です」
「だって」
「誤解を招くような発言をするんじゃない。……従兄妹だ」
「いとこ?」
「そうだ」

 眉間に皺を寄せて、所長は頷く。

「黎君なら知っているだろう? 俺の素性くらい」
「……一応はね」

 所長の素性か。
 そういや関東出身ってだけで、あんまり良く知らなかったよな。

「本当の名は、最遠寺定というのですよ」

 泪さんがにこにこしながら言う。

「最遠寺って、所長……?」
「ああ、そいつは事実だ。戸籍上、俺の名前は最遠寺定だ。泪の父親の弟がおれの父親だからな」
「そうです。本来ならば、お兄様が最遠寺の後を継がれていても不思議ではなかったのですよ」

 へえ……。知らんかった。

「今の当主である泪の父親は、なかなか子供ができなかったからな。下手すりゃおれに回ってきた可能性はあったかもしれん。まあ兄弟は他にもいるし、おれが一番可能性があったわけでもないがな。ともあれ、ようやく泪が生まれたおかげで、そういうややこしい問題は表面化しなかったが」

 九曜もそうだけど、別に男でなければ後を継げないということはないらしい。
 より強いものが、後継者となる。

「けど何で柴城なんだ?」

 素朴な疑問を口にする。
 話が本当ならば、所長の姓は最遠寺だ。しかし所長は柴城と名乗っている。

「ああ。柴城っていうのはおれの母親の旧姓だよ。色々あって最遠寺を出た後、そっちを名乗ることにしたんだ」

 ……どうやら少々事情があるらしい。
 雰囲気を察して、深く聞くことはしなかった。

「それで? いったい何をしに来たんだ」

 渋い顔のまま、所長は泪さんを見返した。
 泪さんとは対照的で、所長の顔に再会を喜ぶ様子は無い。

「それは今、皆さまにお話していたところです」
「そうか。真斗、ちょっと話せ」

 俺がかい。
 断る理由も無かったので、俺が代表として、改めて事の次第を話すのだった。


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