終ノ刻印

第103話 泪と楓

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第103話

     /真斗

「ただいまー」

 って、俺の家じゃないけど、まあ何となく口をついて出る。
 戻ってきたのはもちろん事務所の方だ。

「真斗。早かったのね」

 こちらを見て、黎は首を傾げた。
 授業も受けてくると思っていたのだろう。
 俺もそのつもりだったけど、結局飯だけで帰ってくることになってしまった。原因は無論、俺の後ろにいる二人であるが。

「おや、お客さんですか?」

 黎と一緒に座っていた上田さんが、俺の後ろの人影を見て尋ねてくる。
 所長の姿はなく、黎と上田さんは何やら相談でもしていたらしい。

「お客っていうか」
「お、これはこれは」

 後から入ってきた二人を見て、上田さんはちょっとだけ驚いたようだった。
 テーブルの前に座っている黎も、似たような顔になっている。

「何というか……想像だにしなかった組み合わせですねえ」
「……そうみたいね」

 頷く黎。
 まあ俺もそう思うけど。

「ってお前ら、楓さんはともかく、こっちも知ってるのか?」
 こっちというのは、もちろん泪さんのことだ。
 楓さんはあまりこの事務所に出入りしないが、それでもこれまでに全くなかったわけではない。
 茜繋がりということもあり、黎も上田さんも楓さんとは面識がある。

「ええ。知っているわ」
「もちろん僕も」

 ほう。
 そりゃまた何で。

「お久しぶりです。お二方」
「いえいえどうも」

 にっこり笑顔で、上田は挨拶をし返す。
 どうやら本当に知り合いだったらしい。

「真斗、忘れたの? わたしは最遠寺黎と名乗っているのよ?」
「偽名だろーが」

 本名はジュリィ・ミルセナルディスだ。

「実は借りていたんですよ」

 答える上田さん。

「借りてたって……?」
「実はアトラ・ハシースと最遠寺家は、少々関係がありましてね。僕の個人的な伝手なんですが。それでこの国に来ることになった際に、色々と手を貸してもらったというわけです。最遠寺という名前を借りたのも、実はその時にということです」
「へえ」

 なるほど。
 別に便利だからって、勝手に名乗っていたわけじゃなかったんだな。

「そんじゃその時に?」
「はい。エルオードさんのおっしゃる通りです」

 ふうむ……上田さんも、黎のために色々やってたってことか。

「それにしても、まさか楓と一緒に来るとは思ってもみなかったわ」

 黎は楓と泪を見比べて、しみじみとそう言う。

「そうですねえ。楓さんも泪さんも、それぞれのお家の時期当主と目されている方々。いわばこの国の、その道のトップにいる若手ですからね。この場に居合わせたのは、ありがたいというか何というか……」

 おいおい。
 確かに珍しいことなのかもしれねえけど、別にご利益なんかないだろうに。

「ここに来る予定は無かったのですけどね」

 楓は僅かに肩をすくめてみせた。

「桐生くんに用があったのですが、ちょうど泪さんとお会いしまして。それでなりゆきで……という感じです」
「そう……。エルオード、お茶を」
「あ、うっかりしていました。申し訳ありません。早速」

 黎に言われ、慌ててお茶の用意をし始める上田さん。
 さすが黎に仕えているだけあって、言われたことはすぐにこなしている。
 何か執事みたいな感じだよな。

「で、何かあったのね?」

 単刀直入に、黎は二人へと聞いた。

「はい。大事なことです」

 泪さんは頷くと、学食で俺が聞いた内容と同じことを、黎へと説明し始めた。

     ◇

「……では、本当のことなのね」

 話を聞き終えた後、黎は小さく嘆息しながらそう確認した。

「間違いないと思います」
「……そう。調べる手間が省けたとはいえ、本当にそれが事実だとしたら、厄介なことになるわ」

 もう茜一人の問題ではなくなる。
 九曜家全体――楓さんだって、今後狙われる可能性があるのだ。

「どうするの? あなたは」

 黎は楓さんに尋ねる。

「そうですね」

 楓さん自身はさほどショックを受けている様子も無く、淡々と答えた。

「可能性はあったことです。しかし例え異端とされたとしても、アトラ・ハシースが動くとは思っていませんでした。私に喧嘩を売るなど、千年早いですから」

 ……うあ。
 何か怖いよ楓さん。

「妹に手を出すというのであれば、生かしては帰しませんよ」

 表情こそ冷静だけど、きっと怒ってるんだろうなあ……。

「受けて立つ、ということ?」
「ただの正当防衛です。それに、きっと黙っているのは私だけではありませんから」
「……イリス様、ね」
「ええ」

 ……だよなあ。
 そんなことは、俺にだって想像に難く無い。
 それに由羅だって、黙ってはいないだろうし。

「あの子がその気になれば、アトラ・ハシースなど簡単に滅ぼすでしょうね。彼女がそう判断した瞬間に、彼らは終わる。愚かなことです」

 って、イリスってそんなに凄い奴なのか……?
 この楓さんがそこまで言うとは……。

「でしょうね」

 黎も、そのことに関しては全く反論しなかった。
 イリスのことをよく知っているからだろうか。

「でもそうなっては欲しくない。イリス様が不必要に世界に干渉されることは、エク――……いえ、わたしも望むことではないわ」
「とおっしゃっても、このままではどうすることもできないのでは」

 泪さんの言う通りだ。
 すでに茜は一度襲われてしまっている。
 次があるのは必至だ。

「止めるしかありませんね」

 黙って話を聞いていた上田さんが、ぽつりとそう洩らした。
 みんなの視線が上田さんに集まる。

「止めるって、どーするんだ?」
「直接アトラ・ハシースに赴き、事が至った原因を探って、その根本を断つしかないでしょう。でなければ九曜、最遠寺やあの方々を含め、アトラ・ハシースとの全面戦争になりかねません」
「エルオードの言う通りね……。ここは、わたしが行くしかないわ」
「お前が?」

 驚いて、俺は黎を見返す。

「適任よ。わたしはこれでもアトラ・ハシースにこれ以上無いくらいに関わってきた人間だもの。何とかしてみせるわ」
「そうですね」

 そのつもりの発言だったのか、上田さんは頷いた。

「僕は残りましょう。この国に来ているアトラ・ハシースの中に、話のできる相手がいるかもしれません。僕はそちらに何とか接触して、情報収集と現状の先延ばしを頑張ってみたいと思いますので」
「よろしく頼むわ」

 うまくいくかどうかはともかく、二人がいてくれて良かった、というとこだろうか。

「ところで桐生くん」

 話が一つまとまったところで、楓さんが俺の名を呼んでくる。

「なんだ?」
「まだ、私があなたに会いにきた用件を、話していませんでしたね」


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