終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第102話
「……いったい何のことなんだ?」
「なんだろう……初めはね、茜にも楓がそうだったみたいにネレアが憑いているのかと思ったんだけど、違うみたいだし。……ごめんね、うまく答えられない」
「いや、いいけど……」
ちっとも良くなかったが、イリスですら分からないのならば、どうしようもないだろう。
「ただ、それをうまく引き出せれば今よりもずっと強くなれると思う。だけど、それは危ないことのような気もするの」
「危ない……?」
「うん。楓の時みたいになるかもしれないから」
「……姉さまに、何かあったのか?」
初耳だった。
「そういえば茜って、知らなかったの? 楓のこと」
「……悪かったな」
私はぶすっとなって、顔をそむける。
「茜」
そんな私を、真っ直ぐにイリスが見つめてきた。
「危ないことかもしれないけど、いずれはそれを乗り越えなければならないと思う。でないと、強くはなれないよ」
乗り越える、か……。
しかし問題は、それが何であるか、だな……。
「でも、それって今すぐっていうわけにはいかないんでしょ?」
首を傾げ、由羅がイリスに聞く。
「そうだね」
イリスは頷く。
「それだと……茜は困るんじゃないの?」
由羅の言う通り、困るといえば困る。
「大丈夫。わたしが力を貸してあげるから」
微笑んで、イリスは断言する。
いや……私は自分自身が強くなりたいんだけど。
とはいえ、今すぐというのは時間的にも無理だろう。
そんなに簡単にいくわけがない。
「はい」
イリスはもぞもぞと服の中から何やら取り出すと、それを手渡してきた。
「……?」
訝しく思いながらも、とりあえず受け取ってみる。
それは。
「弾……?」
そう。
それはごくありふれた、ライフル用の銃弾に見える。
「特製だよ」
にこりと笑うイリス。
特製……?
「ほら。ずっと前に、原理崩壊式咒を作ってあげたことがあったでしょう?」
「ああ……死裁の銃身のことか」
「うん。そう」
それは、イリスと一緒になって私が作った武器のことだ。
「あれの弾だと言うのか?」
あの銃は、弾を込める必要などない。
気合一発で放つことのできる、優れものだ。
もっとも私の精神を弾としているわけだけど。
「そうなの。もう少し強化できないかなと思って、ある咒法をね、うまく形にすることができたの。茜の性質にも合うように、わたしなりに調整もしてみたから、ちゃんと溶け合うと思う」
「…………」
イリスが考案する咒法は、全てが禁咒の類である。しかもアトラ・ハシースにすら及びつかないものの場合が多い。
「気に入ってもらえたら、またたくさん作ろうかなって」
「……物騒なものじゃないだろうな?」
「……さあ? それはわからないけど」
そんな返事に、少し不安になる。
撃ち込んだ瞬間、辺り一帯が吹き飛んだりしないか心配だ。
「ただね、装填した後、撃てるようになるまで少し時間がかかると思うから。物理化して、そのサイズにまで圧縮するのが少し難しくて、解凍するのにどうしても時間がかかってしまうの」
「どれくらいかかる?」
「たぶん、一分くらい」
一分か。
どれほどの威力があるのかは知らないけど、一対一では使いにくいかもな。
使える機会があるかどうかは分からなかったが、それでもイリスの気持ちはありがたかった。
その銃弾をしまい込んでいると、何やら視線に気づいて私は顔を上げる。
じっと、こちらを見ている凛と目が合う。
何となくだけど、睨まれているような気がする。
「……なんだ?」
「ふん。別に」
ぷい、と視線を逸らす凛。
その意味に最初に気づいたのは、代わる代わる視線を巡らせていた由羅だった。
「あ、凛てば茜に嫉妬してる。イリスにいいもの作ってもらえる茜が羨ましいのね」
そう言って、意味ありげに笑う。
「な、何を言ってるのよ由羅……!」
かああ、と凛は顔を赤くした。
そして怒鳴り散らす。
「そんなわけないじゃない! こぉんな小娘相手に、どうして私が羨んだりしなきゃいけないのよ!?」
む……小娘だと?
文句を言おうと私が口を開くよりも早く、由羅が答えていた。
「え~、だって」
「だってじゃないわよ! 馬鹿由羅!!」
「ば……馬鹿じゃないもの!」
ぷんぷん、と由羅も怒り出す。
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね!」
「ふんっ。この世界で私以外はみ~んな馬鹿、愚か者よ!」
「あ、そんなこと言うし! じゃあイリスも馬鹿ってことよね!」
「イリスさまが馬鹿ですって!? 何ていう無礼を――――!!」
「凛が言ったんじゃない!」
……まったく。
二人揃って元気なものだ。
これで二人とも、かの伝説の千年ドラゴンだというのだから、世の中いい加減なものである。
それにしても、嫉妬、か……。
二人の光景を見ながら、その言葉を噛み締めた。
姉さまの顔がついよぎってしまったけど、振り払う。本当、今更だ。
イリスはきょとん、となって見つめるだけで、この事態が分かっているのかいないのか、全く掴めない表情のままである。
まったく……どうして私はこんな連中と知り合ってしまったんだろうな。
色々気苦労も増えたけど、悪くは無いと思う。
そう……悪く無い。
アトラ・ハシースに異端とされ、命を狙われるようになったというのに、そんなことは些細なことのような気がする。
これからしばらく――もしくはずっと、この異端者達と一緒にいることができるのならば、見合う代償だと。
そんなことを、ふと思うのだった。
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