終ノ刻印

第101話 潜在①

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第101話

     /茜

「ち……っ」

 こちらが放った咒法はあっさりと弾かれたが、それは予想の内だ。
 あくまで隙をうかがうためのもの。

「ふん!」

 疾風のごとく、ハルバードが振るわれる。
 かわし、背後に回る。
 相手はこちらの姿を捉えてはいたが、身体そのものは私に背を向けてしまっている。
 僅かではあるが、こちらの方に時間的猶予が生まれる。
 好機!

「はあああああっ!!」

 ずっと溜めていた力を解放する。
 右手よりあふれ出た黒い炎を束ね、剣として振り下ろす。
 手加減など無しだ。

「やっときたわね――」

 そいつはにやりと笑うと、大斧を持っていない左手を掲げた。
 そこから溢れるのは、私が放つものと全く同じ炎。

「〝ゼル・ゼデスの魔炎〟!」

 放たれるのは、この禁咒の原型となった咒。
 全く同質のものであるというのに、お互いを敵とみなして、二つの力はぶつかり合う。

「く……う…………!」

 激しい鬩ぎ合いの結果、先に力尽きたのは私の方だった。
 脱力感に教われ、完全に力尽きる前に飛び退く。
 未だ顕在な相手の炎は消えてはいなかったが、追い討ちは無かった。
 あれば、私は死んでいる。

「はあ……はあ……」

 息が荒くなるが、仕方ない。
 倒れこまないだけマシというものだ。

「ふん、その程度?」

 こっちをじっと見ていた凛は、やがて肩の力を抜いた。
 同時に黒い炎を消えていく。

「……まだまだね」

 こちらへと歩み寄ってきた凛は、私を見下ろしてそう告げる。

「人間にしては大したものではあるけどね。私もこの身体になるまでは、なかなか扱えずに苦労したから。でも茜、あなたは今そういう力が欲しいんでしょ? だったら力尽きてる暇なんかないわよ?」
「……うるさい。わかってる」

 ようやく息が整い、私は凛を見返した。
 私の前に立っているのは、左崎凛という女だ。
 もっとも偽名であるらしく、本名はレダというらしい。
 イリスの傍にいつもいるのだが、その関係は友人とかそういったものではなく、主と臣、といった方が適当だ。

「茜っ、大丈夫?」

 ずっと離れて見ていた由羅が、心配そうに駆け寄ってくる。
 そして、イリスも近くへとやってきた。

「少し、休む?」
「いや、いい……」

 休んでなどいられない。
 時間はきっと、そんなにないだろうから。

 ――ここは、市外から離れたところで、人気の無い山の中である。
 適当に開けた場所で、そんなところで遊んでいるわけではない。
 昨夜のうちからイリスに頼んでいたことで、いわゆる特訓の最中なのだ。
 もちろん、昨日の一件を踏まえてのことであるけど。

 知識、というものに関しては、イリスから学ぶことが多い。しかし実戦となると、凛を相手にすることが多かった。
 イリスに仕えているだけあって、今でこそ化け物じみた力を持っている凛だけど、最初は私のような人間とさほど変わらない、妖魔の子だったという。
 大して強くもなかった彼女は、必死に努力して、実力をつけていった。

 叩き上げでここまできたこともあってか、過去の自分を含めて〝弱いもの〟を知っている。
 そのあたりはイリスには持ち得ないものであって、凛の教えのいいところでもあった。

「やる気だけは満々ってとこね。でもこのままじゃ、何度やったって仕方ないわ」
「なんだと?」
「別に茜のことを弱いって言ってるわけじゃないわ。強いわよ、あなた。でもだからこそ、なのよ」
「これ以上は無理、ということなのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね……」

 凛は曖昧に答えながら、イリスの方を見る。

「うん。レダの言うこと、何となくわかるよ」
「だからどういうことなんだ!」

 思わず声を荒げてしまった。
 正直、私は焦っている。

 昨夜のこと。
 真斗がいなければ、私は危なかった。
 守るどころか、守られてしまった。
 少し――いやけっこう、悔しかった。

 イリスに守られてもそんなことは一切思わないのに、どうしてか真斗だと思ってしまう。
 それに加え、ザインのこともある。
 あの男を相手に、私はあの禁咒を用いても勝つことができなかったのだ。
 これではこの先闘ったとしても、勝てるとは思えない。
 そんな諸々の理由があって、私はイリスに頼んだのだ。
 強くなりたい、と。

「あ、茜……?」

 びくりとして、由羅がこっちを見る。

「いや……すまない。でも、苛々して……」
「まずは落ち着くことね。そんなカッカしててもどうにもならないでしょ」
「ふん。お前にだけは言われたくないぞ」
「どういう意味よ!」

 早速怒鳴ってくる凛だったが、まさにそれが理由だ。
 私なんかより遥かに短気なくせに、偉そうに説教するな。ふん。

「……で、結局どういうことなんだ?」

 私はイリスへと視線を向ける。
 イリスは口に手を当てて、少し考えてみせた。

「……はっきりとはわからないんだけど。貴女はね、とっても強いはずなの。それこそ、楓に負けないくらい」

 思わず顔をしかめてしまう。
 姉さまの話が出ると、反射的にそうなってしまうのだ。
 我ながら情けないとは思うのだけど。

「でもそれは、技術とかそんなのじゃない。レダの言う通り、技術的には茜は充分に強い。たぶん、わたしよりも」
「……そうは思えないけど」

 どういうことなのかと、私は少し考えた。
 私が思うに、凛はとても強い。剣の腕や、戦術の思考、そういったものは姉さまに劣らないと思う。そしてイリスはというと、そういったものは明らかに二人より劣っているかもしれない。

 彼女はその純粋な性格通り、行動――戦い方は真っ直ぐだ。
 しかしその分無駄が無く、研ぎ澄まされている。
 イリスの言うことは、そういうことだろうか。

「器の問題ね」

 凛が言う。

「器?」
「そう。私がどんなに頑張っても、きっとイリスさまには敵わない。私ではそういう器だから」
「どういうこと?」

 首を傾げる由羅。
 いまひとつ良く分からないらしい。

「潜在的な力のことか?」
「そういうものかもね」

 凛は頷く。

「茜、貴女は強いけれど、きっとそれを活かしきれていないと思うの。活かしきれていないということは、まだ使っていないものがあるということ。これから伸びるものではなくて、まだ見えていないもの」
「……何なんだ、それは?」

 そんなものが、私にあるというのだろうか。

「……だいたいわかるんだけれど、うまく説明できない。楓と良く似ているようで、違うから」

 ……ますます何のことだか分からないぞ。

「うん……何て言えばいいのかな。貴女にはね、何かあるの。隠れているけど、間違いなく。その片鱗が、貴女を強くしている。でもそれは僅かだから」
「私もそう思うわ。時々あなたから放たれるプレッシャーは、はっきり言ってただの人間に放てるようなものじゃないもの」
「う~……私はわかんないけど」

 しょぼん、と最後に由羅が言う。


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