終ノ刻印

第100話 学食にて②

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第100話

 俺は反射的に、声のした方へと視線を巡らす。
 楓さんも少し驚いたように、顔を上げていた。

「失礼致しました。お話の途中、申し訳ありません」

 視線を向けられて、そこにいた人物は、ぺこりと頭を下げる。
 俺の知っている顔じゃない。

「誰だ?」

 その女に向かって、俺は聞いてみた。
 俺と同じか、少し上くらいの歳で、清楚で穏やかな感じの女性だ。
 楓さんとは違う意味で、お嬢様といった印象を受ける。

「申し遅れました。わたくし、最遠寺泪と申します」

 ほう、最遠寺……。

「って最遠寺――?」

 我ながら間抜けな声を上げてしまう。
 最遠寺っていえば、黎の……。
 いやちょっと待て。黎の場合は本当にあそこの家の者じゃなくて、偽名だったけかな。
 それにしたって、何でこんなところに最遠寺を名乗る奴がいるんだ?

「お初にお目にかかります。九曜楓さんとお見受けしましたが、よろしかったでしょうか?」
「ええ。そうです」

 こくりと、楓は頷く。

「それに、桐生真斗さんですね?」
「……俺のことまで知ってるのか?」

 さすがに驚く。

「もちろん存じております。柴城興信所の、所員の方でしょう?」
「バイトだけどな」

 似たようなものではあるけど。

「私を知っているということは、あの最遠寺の方、ということですか?」
「お察しの通りです」

 楓さんの問いに、頷く最遠寺……泪さん。

「今日は九曜楓さんに申し上げたいことがありまして、参りました。ご実家の方ではなく、こちらにお住まいと耳に挟みましたもので」
「私に?」
「はい。最遠寺より、九曜家へです。あなたにお伝えすれば、問題はないだろうと判断しました」

 つまり楓さん個人に、というわけではなく、代表として、ということか。

「警告です。まだ未確認ではありますが、かのアトラ・ハシースが、九曜を異端とみなすという、そういう情報を得ています。このままでは何らかな行動に出る可能性が高く、これは一応お知らせした方が良いだろうということになり、今日参った次第です」
「なんだって?」

 思わず、俺と楓さんは顔を見合わせた。
 まさにほんのさっきまで話していたことではないか。

「失礼ながら、先ほど少し会話を聞かせていただきました。どうやらもう、何かあったようですが……?」
「昨夜のことです。茜――私の妹ですが、それがアトラ・ハシースに襲撃されたらしいと」
「……遅かったようですね」

 楓さんの言葉に、泪さんは深刻な表情になった。

「今回の事の中心に、その九曜茜さんという方がいらっしゃることは、我々も承知しています。九曜家の直系でありながら、またアトラ・ハシースでもあるという」
「ええ」
「ともあれ、ご無事ではあるのですね?」

 楓さんがこっちを見たので、俺は頷いた。

「一応な」
「それは良かった。出遅れたとはいえ、手遅れにはなっていないようですから」
「……泪さん、といいましたね?」
「はい」
「あなたはなぜ、わざわざそのようなことを知らせに? それに、なぜそのようなことを知っているんです?」

 楓さんの疑問はもっともで、俺も気になって答えを待った。

「アトラ・ハシースより接触があったからです」
「接触?」
「はい。元々最遠寺家は、アトラ・ハシースとは繋がりがありました。無論、大したものではありませんでしたが。しかし今回の一件で、異端の温床たる九曜を根絶やしにするために、最遠寺へと協力の要請があったのです」

 異端の温床って、そりゃまたひどい言われようだな。

「それで?」
「ここにわたくしが来て、このようなことをお話したのは、我々が先方の協力を拒否したからとお考え下さい。最遠寺と九曜は、これまで直接的な交流はなかったとはいえ、同じ国を守ってきた者同士。外来のものに、土足で荒らされるのは良しとはしません。ですから」
「なるほど。そうでしたか……」

 楓さんもまた、表情が硬くなった。
 それもそうだ。
 これでアトラ・ハシースの介入が真実だとはっきりしてしまったのだから。

「何だかえらいことになってきたな」
「……そうですね」

 楓さんも頷く。

「……けっこう重要そうな話だし、場所を変えたほうがいいんじゃないか?」

 深刻な話ではあるが、ここは食堂。
 不特定多数の人間がいるし、静かなところではない。

「そうですね。でも、どこか良い場所がありますか?」
「うーん、そうだなあ……」
「あの」

 考え込もうとするところで、泪さんが口を挟む。

「もしよろしければ、おに……いえ、柴城興信所では駄目でしょうか?」
「あ、もしかして所長と面識あったりするのか?」
「はい」

 そういや所長は関東の出で、今でこそは九曜家の末端にいるが、元々は最遠寺よりの立場にいたんだったけかな。
 と、楓さんの微妙な表情の変化に気づく。
 何となく、察することができた。

「余計なお世話かもしれんけど、多分茜ならいないぜ。イリスと由羅と、遊びにいっちまったからな」

 楓さんが苦笑する。

「そうですか。それならば問題はありません」

 茜に気を遣ってか、なかなか会いづらいのだろう。

「遊びに……いかれたんですか?」

 きょとんとなる、泪さん。
 驚くのも無理はない。
 昨夜襲われたばかりで、実に呑気なものである。

「多分な。けど大丈夫だろ。しっかりとした護衛がいるしな。ま、護衛の代償みたいなもんか」
「そうですか……。それならば、お願いします」

 そう言ったところで、最遠寺さんはテーブルの上に視線を落とした。
 そこには、食べかけの昼食が残っている。

「あ、先行っててくれても構わんけど? 俺は食ってからいくし」
「お昼の途中だったのに、悪いことをしましたね」
「ちゃんと食べて下さい。それまでここで、わたくしたちはお待ちしていますから」

 代わる代わるに言われ、それならと、俺は残りの食事をさらえ込んだ。


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