終ノ刻印

第99話 学食にて①

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第99話

     ◇

「むー……」

 時々ではあるが、俺も悩むことがある。
 学食のメニューの話であるが。
 俺が選ぶのは、基本的に日替わり定食である。
 その名の通り毎日中身が変わるので、毎日食べる気にもなるわけで。

 とはいうものの、小学校の給食ほどには変わらない。最近の小学生がどんなものを食っているかは知らんけど、自分の経験上ではそんな印象だ。
 で、時々他のメニューが食べたくなるのだが、そこで悩むわけである。

「普段から日替わりばっかりだと、こんなしょーもないところで頭を悩ますことになるんだよなあ……」

 結局、これ以上考えるのも面倒だったので、いつものものを選ぶことで、とりあえず落着する。
 ……何だかなあ。いいけどさ、別に。

「……隣、いいですか?」

 食べていると、声がかかる。

「む?」

 口の中にものが入っていたので、もぐもぐしながら横を見れば、ちょっと珍しい人物がそこに立っていた。
 飲み込んで、頷く。

「珍しいな」
「そうですね」

 立っていた女性は簡単にそう認めると、そっと隣に腰掛けてくる。

「実をいうと、やって来るんじゃないかなあとは思ってたんだ」

 それは事実である。
 何せ妹のことなのだ。この人物が現れないはずがない。

「けど意外といえば意外かな。事務所に行かず、直接俺のとこに来るなんてさ」

 そう言って、俺は改めてその人物を見た。
 一言で言うと、大人びた美人、といったところか。
 歳は俺と一つしか変わらないはずだけど、どうしてだか大人っぽく見える。
 物腰も穏やかで、良家のお嬢様みたいな感じだ。っていうか、そのままずばり、お嬢様のはずなんだけど。
 でもってその顔は、どこかの誰かさんと似ているということに気づく。

「あなたに用があったものですから」

 まあ礼儀云々に関しては、全く似てないか。

「茜のことで?」
「そうです」

 こくりと、九曜楓は頷いた。
 何を隠そう、茜の姉である。

 面識自体は、俺がガキの頃からある相手だったが、まともに話すことができるようになったのはここ一年間のことだ。
 何せ九曜楓といえば、俺がずっといた九曜家の長女で、はっきりいって格の違いすぎる相手だったのだ。

 才能も実力も、俺とは比較にならないほどの実力者で、俺にとっては雲の上の人物ってところか。
 茜も同じ九曜家のお嬢様のはずなんだけど、どうもそういう印象が薄いんだよな。楓さんの方は、完全無欠にそんな感じだっていうのに。

 ともあれ楓さんはそういう相手だったが、今現在は市内の大学に通っているらしく、茜がここに住み着いていた一年の間に、何度か顔を合わすようになっていったのである。
 よくイリスの所にいる凛と、けっこう物騒な喧嘩もどきをやらかしてくれるが、あれで流血沙汰にならないのが不思議なくらいで、見た目とは裏腹にけっこう好戦的な性格をしているらしい。
 この辺は姉妹して似たような性格ってわけだな。納得。

「情報が早いな。茜が連絡したとは思えないし、ってことは所長あたりから?」

 別段嫌い、というわけではないらしいんだが、茜は楓さんのことをえらく苦手にしている。あいつの前で、楓さんの話を持ち出すと怒るしなあ……。

「ええ。ですけどその前に、イリスから」
「え? あいつが?」
「昨夜のうちに、耳に入りました」
「へえ……」

 これは意外だった。
 あのイリスがねえ……?

「あの子はあんな性格ですが、時々妙なところで気を遣いますからね。何か謀りでもあるんじゃないかと疑いたくなりますが、まあ実際のところ、単純な善意でしょう。彼女なりの」

 何だか褒めてるんだか貶してるんだか分からんな。

「ってことはイリスの奴、けっこう本気で茜のことを心配してるのかもな」
「でしょうね。それは私も否定はしませんけれど」

 けれど、というところに含みがある。
 なにせこの姉さん、イリスと茜の取り合いをやってるしな。

 普段は冷たい言動が目立つけど、本当は妹を傍に置いておきたいと思っているはずだと、俺は睨んでいる。
 とても本人の前では言えんけど。
 しっかし茜の奴、ずいぶんとまた好かれやすい奴だよな。いや本当に。

「そんで? 話が茜のことっていうのはわかったけど、実際俺にどんな用なんだ?」
「昨夜のことを詳しく知りたいと思いまして。イリスの話では、茜はあなたと一緒だったそうですから」
「ああ。そうだな」
「それにあなたが茜を守っていたと、イリスは言っていましたし。一言お礼もしたいと思いまして」
「それはどうだかな」

 俺は肩をすくめた。
 あの時、やばかったあの状況で俺達が無事にすんだのは、由羅とイリスがやってきたからだ。
 正直なところ、俺一人がいたからといって、どうにかなったとも思えない。

「どっちかって言うと、俺もあいつらに助けられた口でさ。礼を言うならイリスに言うのが一番だと思うぜ?」

「口が裂けてもそんなことは言いませんよ」

 はあ。
 こりゃまたはっきりと。

「いいけどさ、別に。んで、昨日のことって話だけど、何も知らないのか?」
「多少は。アトラ・ハシースに襲われた、と」
「それで全てだと思うけどな。茜がそう言っていただけで、俺は連中の顔見たってよくわからんかったし。けど強かったな」

 俺の言葉に、少し考え込む楓さん。

「茜は、どうでした? 手も足も出ないなんてことは」
「そうでもなかったと思うけど。ただ、あいつがやりあってたザイン……とかいう奴は、ちょっと強かったぜ。互角以上だったとは思う」
「そうですか。しかし……アトラ・ハシースに茜よりできる者がいたとは、少し驚きです」
「そーなのか?」

 ずいぶんと妹のことを買った発言に、俺はちょっと驚いた。
 そんな俺の表情に、楓さんは微笑する。

「それなりに、私は茜のことを評価していますよ。元々才能もありましたし、アトラ・ハシースでも随分真面目に学んだようですからね。実戦の経験も、これまでの間にそれなりに得たようですから。それに何より、イリスが時々変な知識を吹き込んでいるようですし……私でも知らないようなことを、やってみせたりもしますから」
「へえ……」

 当たり前の話なのかもしれないが、楓さんがそう言うのを聞くと、それはそれで新鮮な気がした。
 確かに茜はできる奴だ。俺もそう思っているけど、茜自身は思っていない。
 本当は楓さんに一番に認めてもらいたいんだろーけど、きっと茜のことだから、認めてもらっていることを自分が認められないんだろうな。

「それ、本人には?」
「言ったことはありませんよ。言ったところで意味の無いことですから」

 楓さんも分かっていることではあるらしい。

「ともかく、相手が本当にアトラ・ハシースとなると、少し困ったことになりますね」

 小さく吐息する楓さん。

「なんだ? もしかして、少しでも連中がアトラ・ハシースでないっていう可能性を疑ってるのか?」
「そういうわけではありませんが……。ですが、そうですね。引っかかりは覚えます」
「どんなだ?」

 俺は聞いてみた。
 このことに関して、黎も少なからず疑っていた様子を思い出したからだ。

「この国に、アトラ・ハシースの拠点のようなものは存在しません。つまり、影響力がとても低いのです。しかもこの国には、在地の大きな組織もある。そして茜はそこの人間です。例えあの子が本当に異端であったとしても、そう認めて襲撃するということは、九曜家を敵に回すことになりますから。あの子がどうしようもないクズで、切り捨てるに足ると九曜家が判断し、その了承を得た上でならば、まだ話はわかりますが……」
「つまり、そういった連絡は一切無かったってことだな」
「ええ」

 アトラ・ハシースは確かに大きな力を持っているかもしれないが、この日本ではそうでもない。
 でもってここには、九曜家という大きな組織のようなものがあるわけで、そこの娘を勝手にどうこうしたとなれば、両者の関係は容易に悪化するだろう。
 そんなリスクを、果たして犯すかどうか、か。

「九曜家とアトラ・ハシースは、交流こそ少なかったとはいえ、良好な関係ではありました。それも茜を通じて。それがこうも簡単におかしくなるとは思いにくいわけです」

 ふうむ。なるほどな。

「――ですけれども、九曜家全体を異端とみなしたと、そのような可能性もあるのではないでしょうか」
「え?」

 不意に、第三者の声が響いた。


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