終ノ刻印

第97話 脱出失敗ではあるけれど

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第97話

 あっさりと、ザインは引いた。
 ……どうやら、何とか切り抜けれたらしい。
 まあ、由羅とイリスのおかげなんだけどな。

「……はあ」

 疲れた、と俺はその場に尻餅をつく。
 いやはや。
 一時はどーなることかと思ったけどな……。

「わ、真斗っ」

 倒れたと思ったのか、びっくりして由羅が駆け寄ってくる。

「大丈夫? その、いったい何やってたの?」
「あー……何ていうかな」

 ちょっと厄介なことになった、というところだろうか。
 そのまま、視線を茜へと向ける。
 向こうでは、イリスが心配そうに茜の傍に寄っているところだった。

「……大丈夫?」
「……うん。おかげで助かった」
「良かった」

 茜のお礼に、イリスの表情が緩む。
 そしてそのまま、ぎゅっと茜を抱きしめる。

「お、おい……!」

 恥ずかしそうに身をよじる茜だったが、イリスに離す気は無いようだった。

「だめ。だってやっと捕まえたんだもの」

 ……あ。
 イリスの言葉に、今更のように俺は思い出していた。
 そーいや茜って、京都から脱出している途中なんだったっけ。
 ここにイリスと由羅が一緒になってやって来たということは、二人とも今夜も一応警戒していたのだろう。
 それがまあ、こういう形で功を奏した、というわけか。

「ねえ、真斗ってば」

 なかなか答えない俺へと、由羅が不満そうに声をかけてくる。

「なんだよ」
「なによう! せっかく助けてあげたのに、その態度はないんじゃないの!」
「わかったわかった。ほらいい子いい子」

 適当に頷いて、乱暴に由羅の頭を撫でてやる。

「う~っ。ばかばかっ」
「怒るなよ」
「真斗のせいじゃない!」

 それもそうだ。
 ……本音を言えば、正直本当に助かったと思っている。
 俺はイリスの実力がどれほどのものかは知らないが、それでもまともでないであろうことは察しがつく。
 実際、ザインはあっさりと引いたのだから。
 それに加えて由羅がいれば、この場は何とでもなっただろう。

「……さんきゅ。助かった」
「あ、うん……」

 礼を言うと、由羅はすぐに大人しくなった。

「それで、結局何だったの? それに、真斗と闘っていた人たちは誰? イリスったら、ここを見つけた途端、急に怖い顔になって……」
「察しはつくけどな。けど詳しいことは明日にしよう」
「え、何で?」
「疲れたんだよ」

 エクセリアの力を受け続けるのは、正直骨なのだ。
 状況を早く知りたい気もするが、おおよその察しはつくし、それなら今は早く休養を取った方がいい。
 この辺は、体力が無尽蔵な由羅と一緒にしてもらっては困る。
 黎にも聞きたいことがあるし、明日の方がいいだろう。

「よいしょっと」

 立ち上がると、俺は茜とイリスの方へと向かった。
 とことこと、由羅もついて来る。

「おい真斗! 助けろ!」

 未だにイリスから逃れられずにいる茜を見て、苦笑する。

「いいからそのままでいろ。それからイリス。ちょっと頼みがあるんだ」
「……なに?」

 きょとんとなって、見上げるイリス。

「今日はそいつを連れて帰ってくれ。安全なところに」
「そのつもりだよ」

 当然、とばかりにイリスは頷いた。

「それならいいんだ」
「よくない!」

 慌てて抗議する茜だったが、誰も聞きやしない。

「それでまた明日、事務所まで連れてきてくれ」
「うん。わかった」

 イリスは頷くと、手を離した。

「いいか、私は別に――」
「だめ」

 イリスは首を横に振ると、今度はその手を握って離さない。

「こら、イリス!」
「帰るよ、茜」
「ばいばい、イリス、茜~」

 また明日、とのんびりと手を振る由羅。

「真斗――この裏切り者~!」

 怒鳴る茜だったが、どうすることもできずにイリスに引きずられていく。
 ……確かに茜にとっての天敵だな、ありゃあ。
 それを見送っていると、由羅が覗き込んでくる。

「……ずいぶんあっさりと茜をあげちゃったけど、良かったの?」

 あげたって、お前なあ。

「狙われたのは茜なんだよ。一人にしておくわけにはいかねえからな。イリスの所にはりん凛もいるし、とりあえずは安心だろ」

 凛、というのはイリスの従者をやっているらしい少女で、その正体は由羅と同じ千年ドラゴンだとか。
 そんなのを平気で従えている以上、やっぱりイリスはとんでもない存在ってことになるんだろうな。

「狙われたって……茜が? どうして?」

 分からない、と首を傾げる由羅。

「だから後で話してやるよ。ていうか、茜から直接聞いた方がいいだろうな」

 正直なところ、その理由をあまり由羅やイリスには話したくなかった。
 今回あいつが襲われた原因は、由羅やイリスといった異端を茜が容認していることにある。
 自分が原因だと知れば、いったいどんな顔をするやら……。

「じゃあ真斗は大丈夫なの?」
「さあな。ただ茜と一緒のところを見られたしな……」

 俺自身、楽観できる状況でなくなったことは間違い無い。
 まいったな、こりゃあ。

「ふうん……? あれ、でも真斗。どうして茜と一緒にいたの?」
「う」
「もしかして、茜のことを捜してくれていたの?」

 好意的に解釈する由羅に、ちくりと良心が痛む。

「反対だよ」
「え?」
「茜の脱出を手伝ってたんだよ」
「え~?」

 びっくりしたように、声を上げる由羅。

「なによう、それ。じゃあ裏切りじゃない!」

 別に裏切ってなんかいないって。嘘はついたけどな。

「悪かったよ。けどいいだろ。茜に手助けするような奴がいたって。第一お前とイリスは二人だろ? 茜一人じゃ分が悪いし。俺が入ってちょうどいいじゃないか」
「でも……。そうしたら茜、いなくなっちゃうじゃない……」

 寂しそうに、由羅は俯いてつぶやく。
 由羅が茜のことを気に入っているのはよく知っている。
 いなくなることを、不安に思ったり寂しく思ったりすることも、分からなくはない。

「何度も言ってるだろ? ちょっと帰るだけだって。用がすめば、すぐに帰ってくるさ」

 そのはず、だったんだけどな。
 今夜のことで、それは不可能になった。
 今あそこに戻れば、それこそ二度と帰ってこれなくなるかもしれない。
 直前で襲撃されたことは、ある意味良かったのかも知れない。

「なんだかんだであいつ、けっこう難儀してるよなあ……」

 夜空を見上げて。
 俺はしみじみとつぶやくのだった。

     /other

「……どうでしたか?」
 闇の中、戻ってきた男に対して、女は問い掛ける。

「邪魔が入った」
「そのようでしたわね」

 簡潔な答えに、女は静かに頷く。

「今夜はけっこうです。確認、ということにしておきましょう」
「そうだな」

 視線のずっと先には、それぞれ二人ずつに分かれ、帰路についている姿が見てとれる。
「まずはお兄様に目覚めていただかねばなりません。そして〝インシグネ・ゲネリス・ディーネスカ〟……。これだけがそろえば、念願も叶うことでしょう」

 その冷たい言葉は、向けられた者に届くことは無かった。

「では、また明日に」


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