終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第96話
/真斗
「茜!」
俺はその名を呼んで、地面に屈している茜の傍まで跳んだ。
「真斗――」
「何ぼおっとしてんだよ! らしくない、打ちのめされたような顔しやがって!」
「なんだと!」
思い切り茜が睨んでくる。
ああ、それでいい。
らしくない表情のこいつより、怒ってる顔の方が安心できる。
「その調子でいろ。心配させるな」
「な……」
茜の顔が真っ赤になる。
茹蛸みたいにかんかん、ってとこか。
「そんなことより茜」
茜が何か文句を言うよりも早く、俺は先を続けた。
「結局どうなんだ? 勝算はあるのか」
周囲はすでに囲まれている。
俺も何人かはぶっ倒したが、そこまでだ。
いい加減、疲労もたまってきている。
「お前、怪我を――」
俺を見て、初めて気づいたかのように、茜が声を洩らす。
「そりゃあな」
あれだけの乱戦だったのだ。
エクセリアの力があったとはいえ、かすり傷くらい負う。
「舐めときゃ治るさ。それよりどうなんだ?」
「……このままじゃ、難しい」
本音を、茜は素直に口にした。
「そうか」
同感だった。
茜が何やらとんでもない咒法を発動させたのは、俺も見ていた。
そしてそれを防いだザインも。
「選手交代だ。あいつは俺に任せろ」
「なんだと?」
「いいから任せろ。俺にはエクセリアがいるからな。力負けならしねえよ」
「でも、あいつは……!」
強い、なんてことは分かっている。
俺一人が立ち向かって、どうにかなる相手ではないだろうことも。
「――と、いうわけだ。今度は俺が相手するぜ。おっさん」
「ふん。まだ抗うか。愚か者どもめ」
「真斗!」
「他の連中は任せたぜ。茜!」
一方的に告げて、俺は飛び掛る。
すでに刃こぼれだらけになった短剣を逆手に持ち、ザインの懐へと向かって飛び込む。
「――神罰!」
ザインが吼える。
唸る剣は、俺の持つ短剣を粉々に砕いた。
とんでもない威力だが、俺自身には当たっていない。
「くらえっ!」
ザインの足元にしゃがみ込んだ俺は、勢いをつけて拳を振り上げる。
「ぬ!」
咄嗟にザインは反応し、俺の拳を受け止めようとした。
骨の砕ける音が響く。
受けきれず、ザインの左手の骨が砕けたのだ。
――エクセリアに強化してもらている以上、由羅の馬鹿力にだって対抗できるのだ。
普通の人間がまともに受けても、受けきれるはずがない。
「はあっ!」
もう一発。
右手に続いて左手を振り上げる。
「ふん!」
しかしその一撃を、ザインは手にした剣の刀身で受け止めた。
さすがにこいつは砕けない。
「ち……っ」
動きが硬直しないうちにと、俺は後方へと飛び退いた。
「遅いわっ!」
その俺に向かって、剣を振り下ろしにかかるザイン。
まずい……!
それを紙一重でかわし、更に後ろへと飛び退く。
「逃げるか愚者め!」
息する間も無く、ザインは幾度となく剣を振るい、迫ってきた。
「くそ……!」
素手では勝てねえ……!
地面を抉る一撃を見ながら、半ば絶望的に思った。
このままじゃあ……!
俺の首を落とそうと、豪風と共に剣が迫る。
「贖罪せよ!」
ギィンッ!
「ぬ――!?」
あと一歩というところで。
ザインの剣は弾かれ、地面へと落ちる。
「何だ……!?」
俺自身、何が起こったのか分からず、ザインを見返した。
まず目に入ったのは、俺とザインの間に突き刺さった、凶悪な刃を持つ大鎌。
そして、ふわりと何かが二人の間に飛び降りてきた。
「――大丈夫!? 真斗!」
「由羅……!?」
そう。
俺を庇うように、ザインの前に仁王立ちしていたのは、間違い無く由羅だった。
「イリス!」
由羅は大鎌を引き抜くと、それを後方へと投げた。
それを目で追えば、小さな人影が無造作に受け取る。
少し離れたところでは、茜を庇うようにして立つイリスがその細腕に大鎌を手にして、佇んでいる。
どうやらザインの一撃を防いでくれたのは、イリスらしい。
「ちょっと、何なのよあなた達……!」
由羅はザインに向き直ると、相当立腹な様子で、怒鳴った。
「…………異端者どもか」
ザインは弾かれた剣を拾いながら、侮蔑もあらわに口を開く。
「……アトラ・ハシース?」
冷たい声が、響く。
イリスの声だ。
こんなぞっとするような殺意を込めた声など、初めて聞く。
「今すぐ消えて。でないとみんな……殺すよ?」
怒っているのは由羅だけではないようだった。
イリスも、また。
「ふん……。死神か」
その姿をしばし見返していたザインだったが、やがて剣を収め、片手を掲げる。
それが合図だったのか、周囲を囲んでいた連中は、再び闇へと消えていった。
「貴様相手では分が悪い。これまでのようだな」
そう言うと、背を向ける。
そして最後に、茜に向かって言った。
「これで、貴様が異端であること――逃れられぬ事実となったな」
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