終ノ刻印

第95話 逢魔十戒の剣

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第95話

     ◇

 ザインに向かった茜は、一気に仕掛けた。
 接近戦を選んだのは、他の連中に介入されないようにするためか。

「ふん。ぬるいわ!」

 真横からきた茜の蹴りを片手で受け止め、ザインは押し返す。

「神罰!」

 その一言と、突き出した掌から生まれた衝撃波は、空気の弾丸となって茜を襲う。

「く……!」

 咄嗟に顔をガードするが、茜は威力に逆らえきれず、後方へと吹き飛ばされる。
 そこへと群がるアトラ・ハシース。

「邪魔だ!」

 しかし茜は周囲全てに炎の咒を解き放ち、一蹴する。
 そして即座にザインへと向かい、地を蹴った。

「おいおい!?」

 迫ってくる炎に、俺は思わず声を上げる。
 無造作に放たれた炎は、所構わず俺にも構わず、周囲を席捲したのだ。

 しかしその炎が俺に届くことは無かった。
 寸前で分かれ、俺に届くことなく後方に流れていく。
 エクセリアの仕業らしい。
 茜の奴、ちゃんとそこまで考えてはいたんだろーけど、物騒なことをしやがって。

 そんな俺の気を知ってか知らずか、茜はザインに立ち向かっていく。
 はっきり言って、茜は強い。
 今俺を囲んでいる連中に比べれば、ずっと。

 あいつの歳でそれは凄いことなのかも知れないが、対するザインもやはり強い。
 何とか助太刀したかったが、俺も今はこいつらで手一杯だ。
 エクセリアの力は、俺の身体にけっこうな負担を強いる。
 というより、精神の方に。

 慣れの問題だとか、エクセリアは気軽に言ってくれるが、少なくとも今の俺はまだまだ慣れてなどいない。
 こいつはまずい、と。
 少しずつ、俺は焦りを感じ始めていた。

     /茜

 多勢に無勢。
 それは認めるしかなかった。
 しかも相手は精鋭だ。
 それを相手に真斗はよくやっていると思う。
 ならば私は、この男を――

「その程度か。拍子抜けよ!」

 ザインが右手を掲げる。

「――〝ジィオ・ラグルア〟!」

 打ち下ろされる、雷撃の咒。

「――はあっ……!」

 避けたりなどしない。
 真正面から押し退ける。

「――〝スィークティアスの光〟よ!」

 溢れた光が、雷撃を呑み込み、溢れて弾ける。

「ぬう……!」

 放ったのは、第三層における最も高等な咒法だ。
 ザインの咒法にある程度相殺されたとはいえ、残った威力はザインを吹き飛ばすに充分だった。
 すかさず追い討ちをかける!

「さすがにやるな……。よく学んでいるようだ」
「!」

 私の予想を遥かに下回るダメージしか受けていなかったザインは、即座に反撃に出た。
 ぶつかり合う。

「ぐ……っ!」

 すれ違い様に、お互いが放った一撃は、それぞれを確実に捉えていた。
 私は踏みとどまり、背後へと振り返る。
 一瞬たりとも隙は見せられない。
 そのまま構えようとして、危うく倒れそうになった。
 膝が笑い、力が抜けそうになったからだ。

「ふむ……。やはりさすがであると、言うべきか」

 ザインは表情も崩さぬまま、平然と腕に突き刺さった短剣を抜き放った。
 出血など構わずに、無造作に短剣を放り捨てる。

「しかし、今の判断はどうかな。狙い通り心臓に突き刺していれば、あるいはこの命は奪えたかも知れぬ。とはいえ狙いを変えねば、その身は砕けていたか」
「…………」

 ザインの言う通りだ。
 私の短剣は、確かにザインを捉えていた。
 しかし相手の一撃も、私を捉えていたのだ。
 咄嗟に狙いを変え、ザインの腕に突き刺してその威力を削いでいなければ、その拳は私の腹を貫いていただろう。
 どうにか何とか耐えられる一撃にまでしたものの、このダメージは無視できない。
 現に今、足へと少し影響が出てしまっている。

「相討ちは望まぬか。それもよかろう。しかし千載一遇の好機を逃したこと、後悔せねばよいがな」
「……ふん」

 ザインの言葉などに、耳を貸すつもりなど無かった。
 好機などと言うけれど、そんなものでは決してなかった。
 追い討ちかけたつもりの私が、その反撃の早さに虚を突かれ、むしろ危うかったのだから。

 やはり、強い。
 アトラ・ハシースのマスターというだけあって、さすがに充分な実力を備えている。
 今の私では……いや。

 私はザインの背後、真斗の姿をそっと見た。
 未だに善戦してくれている。
 はっきり言って、その動きはそこまで洗練されたものではないけど、それでもそれなりの動きではあった。

 感覚や、体術に関してはまだまだだけど、武器の扱いに関しては、私にも引けをとってはいない。むしろ上かもしれなかった。
 昔、勧めたことがあったのは覚えてる。
 咒法の才能がかんばしくなかった真斗に、武器の扱いを優先させたらどうかと勧めたことが。

 一応、その通りに頑張ったらしい。
 それに加え、エクセリアの力もある。
 私にしてみればドーピングのような印象を受けるが、真斗が生きていくには必要な力だ。
 もっとも……似たような力なら、私だってもらっている。
 本来ならば知り得るはずの無い知識と、その扱い方という形で。

「……一つだけ言っておく」
「聞こうか」
「私は異端となったつもりはない」
「それを判断するのは貴様ではない」
「知っている。融通が利かないことくらい。でも私は違う。必要ならば、どんな相手の力を借りてでも、生き延びてみせる」

 正直なところ、私はアトラ・ハシースというものに対して、さほど執着も無く、忠誠も誓ってはいない。
 私がアトラ・ハシースに入った動機を考えれば、当然のことだが。

「だからそのためには、例えアトラ・ハシースが相手でも、容赦はしない」
「ふむ。よく言った」

 ザインは微かに笑う。

「生意気な小娘め。その鼻へし折ってくれよう」
「――――」

 無言で。
 私は駆ける。
 相手は強い。
 長引けば、こちらが不利だ。
 だから一撃必殺。
 確実に効くであろう技をもって、一撃で終わらせる!

「来るがいい!」

 ザインが吼える。

「――――〝ゼル・ゼデスの魔剣〟!!」

 溢れたのは、黒い炎。
 それは一気に収束し、一振りの剣を形作る。

「――――なんだと?」

 さすがに、ザインは目を見開いた。
 当然だ。
 この咒法はアトラ・ハシースの、いわゆる第四層にも存在しない。
 イリスより直接教えられた、唯一私が知る禁咒。
 私が扱えるものの中では、最大のものだ。

「おのれ異端の邪法か!」

 その一撃を前に、ザインは引かなかった。
 真正面から、迎え撃つ。
 ――いい度胸だ!
 ならば――――!
 迷わず、振り下ろす。
 両断するために。

「ぬううううんっ!!!」
「な……!?」

 私の一撃を、あろうことかザインは受け止めた。
 圧縮していた武器を解凍し、顕在化するのは見えていた。
 しかし、普通の武具で受け止められるような一撃ではない。

「効かぬわ!!」

 押し退けられる。
 ザインが持つ武器の前に。

「く……!」

 飛び退いた私の手からは、すでに黒い炎は消えていた。
 愕然となる。

「馬鹿な……」

 この咒法は、かつて姉さまと対峙した時に原理崩壊式咒ゴルディオスと呼ばれる九曜家の宝具を打ち砕いたこともあるのだ。
 それを……!

「ほう……欠けたか。しかしそのような邪法では、我が剣を折ることなどできぬと知れ」

 さも当然のように、ザインは言う。
 ザインが持つ剣は、言うように確かに刃先が今の一撃で僅かに欠けている。しかしそれだけだった。

「かの天魔三界の剣アクティオン降魔九天の剣シャクティオンほどではないが、この逢魔十戒の剣オルディオンもまたそれらに次ぐ一振り。侮るな」
「…………!」

 その剣がどれほどのものなのか、実際に打ち合ってみてよく分かる。
 勝てないと、一瞬思ってしまった
自分を激しく罵る。
 馬鹿なことなど考えるなと。
「茜!」

 そんな私へと、不意に真斗の声が響いた。


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