終ノ刻印

第94話 ザイン・ローレッド

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第94話

「おい、こら!?」
『私はここにいる。ただ、気をつけた方がいい。あまりいい感情は感じない』

 声だけが、直接頭に響いた。
 エクセリアは、無闇に姿をさらすことを嫌う。
 誰がやってきたのかは知らないが、姿は見せるべきではないと判断したようだった。
 ったく、恥ずかしがり屋め。

「……何かわかるか? 茜」
「馬鹿」
「なぬ」

 俺が周囲を見渡しても、はっきりいって何も分からない。ただ静かな公園のままに見える。
 しかし茜は違うようだった。

「自然を装え。見られているぞ」
「見られているって……誰にだ?」

 もしかしてイリス達か、と一瞬思ったが、茜やエクセリアの様子からしても、恐らく違う。

「わからない。まだ遠い。数も……多いな。これは……」

 くそ、俺にはちっとも分からねえ……。

「! 避けろ!」

 言うなり、茜は俺を押し退けた。
 そして自分も後ろに跳ぶ。

「な――どわっ!?」

 驚くよりも早く、紅蓮の炎が俺の目の前で膨れ上がった。
 慌てて身を引く。

「ち……なんだっ!?」

 炎が弾けるその光で、一瞬人影が見えた。
 誰かがいる。
 炎が収まったところで、茜の声が響いた。

「いったい何の真似だ」

 淀み無い口調で、詰問する。

「さすがに気づいたか。堕ちたとはいえ、腐っても鯛ではあるな」

 耳に届いたのは、男の声。

「この声……? お前――いえ、あなたは」

 僅かに目を見開いて、茜は驚きの声を上げる。

「マスター……? ザイン……ザイン・ローレッド?」
「いかにも」

 頷き、進み出たのは屈強な身体つきの、中年の男だった。
 赤い僧衣をまとっている。

「誰だ。知ってるのか?」
「……アトラ・ハシースのマスターの一人だ」
「アトラ・ハシース?」

 俺は思わず見返した。
 このおっさんが………?

「いったいこのような場所に、マスターが何の用でしょうか。それに、先ほどの炎は」

 身分が上の相手だからか、茜は珍しくかしこまってそう尋ねる。
 しかし、その表情には明らかな警戒の様子が見てとれた。

「知れたこと。リーゼ・クリスト。貴様を捕縛するためだ」
「な……?」

 捕縛? アトラ・ハシースが茜を……?

「私を? なぜ」
「貴様には、異端の嫌疑がかけられている。大人しく拘束されるならば、とりあえずの命は保証しよう。しかし拒否すれば、その場で異端と認定し、処断する」
「…………。何を理由に?」
「ラゼル・レーゼンの殺害容疑及び、異端容認。そして聖務放棄だ。言い逃れなどできぬ」

 殺害……?
 不穏な台詞に、俺は思わず茜を見た。
 あいつの顔色は変わっていない。

「お前……?」
「ラゼル・レーゼンというのはアトラ・ハシースのマスターで、私の師だった人のことだ。すでに死んでいる。表向きは、行方不明ということになっているけど」

 冷静に、茜は答えてきた。
 そして今度は、ザインという奴に向かって言う。

「私はラゼル様を殺してなどいない」
「わかっているとも」

 表情を変えることもなく、ザインは頷く。

「やったのはイリス……死神か」
「――――」

 あっさりとその名が出たことに、茜は今度こそ驚愕したようだった。

「どうして――その名前を知っている……?」
「貴様があの異端と頻繁に接触していることは、すでに確認済みだ。……イリスといえば、かの伝説の死神。そのような者と接触していることからして、貴様が異端に堕ちたことは明白だろう」
「伝説の死神……?」

 あのイリスが……?

「……それで、私を異端として認定したというわけですか」
「いかにも」
「…………」

 淀みない返答に、茜はしばらく黙していたが、やがて一つ頷いた。

「状況は理解しました。――悪いが、従えない」
「ほう。しかし賢明な判断とはいえぬな」

 ザインがそう言うなり、周囲に無数の人影が現れる。

「げ……」

 俺は思わず声を洩らしてしまった。
 数は二十ほどだろうか。
 完全に囲まれ、公園内に封じ込まれてしまっている。

「まさかと思うけどよ……。こいつら全部アトラ・ハシースなのか?」

 聞けば、あっさり頷く茜。

「……うん。もちろん見習いも混じっているだろうが、それでもそこらの咒法士よりは、腕は立つぞ」

 だろーな……。
 アトラ・ハシースといえば、対異端の名門。
 俺が習った九曜家も名門ではあるが、明らかに規模も厳格さも違う。
 つまり、茜程度には強い連中ってわけだ。

「従えないってお前、ならどーすんだよ?」

 打開策はあるのか。

「さあ、知らない」
「知らないって、てめえ……」
「大人しく捕まるか? だとすると真斗、お前も私の仲間と見なされているだろうから、火刑確実だな」

 このご時世に火刑ですかい。

「そいつはごめんだな」
「だろう?」
「つまり切り抜けるしかない、か」
「使え」

 茜は荷物を放り投げてから、一本の短剣を寄越してくれた。

「助かる」

 今の俺は丸腰だ。
 愛用している銃は、そうそう携帯しているわけじゃない。

「刃向かうか。愚か者め」

 その言葉を合図に、囲んでいた連中は一気に飛び掛ってきた。
 処刑を迅速に行うために、か!

「雑魚は任せる!」
「おいっ!?」

 茜はそう言うなり、一直線にザインへと向かう。
 この数が相手だ。逃げてもすぐ捕まる。
 ならば少しでも数を減らしておくにこしたことはない。

 もっとも実力があるであろうザインを茜が抑えている間に、他の連中の相手は俺にしろってことか。
 役割分担は悪くないが、雑魚って言うけどお前、雑魚じゃねえだろうがこいつらみんな!

「俺にとってはな! くそ、エクセリア!」

 あいつが頷くのが、気配で分かる。
 瞬間、一気に俺の身体能力が飛躍した。
 エクセリアの認識力が増したため。
 いわゆる〝捏造された力〟だ。

「うらぁ!」

 アトラ・ハシースというのは、咒法に優れているだけでなく、体術にも精通している。
 そんな連中を相手に、いくら九曜家で学び、素人ではないとはいえ、俺ごときではどうにかなるわけもない。

 しかしエクセリアがいれば話は別だ。
 あいつがその気になって認識力を傾ければ、恐らく由羅を相手にだって力負けしない。
 それは一年前に、曲りなりにもアルティージェと闘った経験から分かる。

 俺の一撃を受けて、手近な一人が吹っ飛んだ。
 連中に動揺など起きなかったが、警戒はされたようだった。
 幾度かの交錯の後、無闇に仕掛けてこなくなる。
 俺は茜の様子をうかがいながら、対峙し続けた。


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終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...