終ノ刻印

第92話 国外脱出計画

終ノ刻印 第三章 帰する刻印編 第92話

     ◇

「――と、いうわけなんだが」

 大学の空き教室にて。
 俺は今朝のことを、目の前の少女に簡単に説明していた。

「もう気づかれたか……」

 話を聞いて、茜は渋い顔になる。
 九曜茜。
 由羅とイリスが話題の中心にしていた人物である。
 歳は少し離れているけど俺の幼馴染のような奴で、年下のくせに態度はでかい。

「明日は危険だな。こうなったら今夜しかない」
「今夜も危ないんじゃないのか?」
「準備はできてる。問題ない」

 準備、というのは明日に予定していた京都脱出のことであったが、俺の情報により、急遽今夜に決行することにしたらしい。
 忙しいことだ。

「しっかし成功するかねえ……?」
 実をいうと、すでに何度か脱出を目論んだことがあったのだが、ことごとく阻まれてしまっていた。
 無論、イリスと由羅にである。

「不吉なことを言うな」

 不機嫌な顔になる茜。
 今までの苦渋の思い出が蘇ってきたらしい。

「今回はお前からの情報がある。あの二人の動きが読めれば、打つ手はあるんだ」
「そうだけどさあ……」
「……まさかと思うが、裏切っていないだろうな?」

 じろりとこっちを睨んで、茜が疑惑の視線を向けてくる。
 俺は肩をすくめてみせた。

「勧誘はされたけどな。でも先約はお前だ」

 あの二人には、俺は中立であると言ってある。しかし実際のところ、俺は密かに茜に協力していた。
 茜に頼まれたというよりは、見るに見かねて……というのが理由だ。

 借りもあるのだし、返せるところで返しておきたい。
 とはいえ、あまり目立ったことはできない。
 それで俺がやっていることといえば、もっぱら情報のリークだった。あの二人の動きを茜に伝える――そんな程度のことだ。

「……感謝はする」

 俺の言葉に、茜はそっぽを向いてそんなことを言った。

「別にいらんけどさ。それよかちゃんと帰ってこいよ? もしお前が二度とこっちに来ないってことになったら、たぶんイリスが暴れるぞ?」
「もちろんそのつもりだ」

 茜は即答した。

「別にあの二人のことが嫌いなわけじゃない。好意だって……ある。けれど、このまま帰らずにいるのは色々と良くないんだ。もう一年たってしまっている。私は由羅を追う任務の途中なんだ。その結果報告をして、この先面倒なことにならないように処理しないといけない」
「ああ、わかってるよ」

 茜が帰りたがっている一番の理由は、実はそのことだった。

「ちゃんと話せば、わかってくれるとは思うんだけどな……」
「私もそう思うが、できない。多分、この話をまとめてくるのは時間もかかるし、簡単にはいかないはずだ。厄介なことになるかもしれない。私自身、異端と呼ばれる存在に深く関わりすぎているからな。下手をすれば、アトラ・ハシースとの関係も……」

 アトラ・ハシースというのは茜が所属している組織のことで、世界中にある異端に対して実力行使する組織としては最高峰なんだとか。
 たぶん、俺が思っているよりもずっと物騒な組織なはずである。

 詳しいことは知らないが、あの組織の中にあって、茜の立場は色々と微妙らしい。
 一つはイリスとの関係であり、そして今度は由羅とのこと。
 本来ならば敵対者でなければならないというのに、こうやって容認してしまっていることが知られれば、間違いなく揉めることになるだろう。

 はっきりいって、茜の立場はあまり安全とは言い難い。
 とはいえそんなことをイリスあたりが知ったらどうなるか。

 俺はイリスのことは詳しく知らないものの、やはりただの人間、というわけではないらしい。由羅の千年ドラゴンとはまた違った存在らしいけど、れっきとした異端者だとか。
 しかもイリスはアトラ・ハシースのことが嫌いらしく、何かあれば全く容赦しないというのが茜の推測だ。実際茜自身、イリスに殺されかけたことがあるとか無いとか。

 とにかく茜はそんな騒ぎにはなって欲しくないらしい。
 心配してイリスが一緒に行こうものなら、話が余計にややこしくなる可能性もあるし、不測の事態だって起こるかもしれない。
 何とか穏便にすませたい茜は、こっそり抜け出して事をすませてきたいのだ。

「一応俺も心配だけどさ。けどお前のことだから大丈夫だとは思ってる。ガキの頃から不必要にしっかりしてたしな」
「ふん。真斗に心配されるようになったら、私も終わりだ」
「ったく……可愛くねえな」

 あの時ほどのガキじゃなくなったとはいえ、茜はまだ二十歳にもなっていない、ある意味子供だ。
 もうちっとくらい、可愛げっていうのがあったって、誰も文句は言わないと思うんだけどなあ。もったいない。

「けどまあ、あれだろ? こっちには黎がいるんだし、何とかなるんじゃないのか?」
「昔とは違うと言ってなかったか?」
「そうだけど。いないよりはマシだろ?」

 最遠寺黎―――本名ジュリィ・ミルセナルディス。
 由羅の義理の姉である黎は、実はアトラ・ハシースの創設者だったりする。

 ずっとアトラ・ハシースを操っていたらしいが、最近ではノータッチということらしい。とはいえ影響力が無いわけでなく、便宜を図ってもらうには最適な人物だったりする。

「確かに……黎の協力は助かる」

 茜が比較的楽観しているのも、俺もそんなに心配してないのも、黎の存在があるからだ。
 変な騒ぎにさえならなければ、無事収まるだろうとは思っている。

「何だかんだであいつ、いい奴だしさ」
「そうだな」

 茜も頷く。

「とにかく……今夜か。あいつらも警戒してるだろうけど、何とかなるだろ。とっとと行って、とっとと戻って来いよ」
「……ふん」

 俺の言葉に何を思ったのか、茜はそっぽを向いて、鼻をならすのだった。


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