終ノ刻印

第89話 ティータイム

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第89話

     /アルティージェ

「ご苦労様だったわ」

 昼下がり。
 ようやく訪れてくれたその相手は、まずそう労ってくれた。

「あれで良かったの?」

 悪いとは言わせない、とそんな感情をちょっと込めて、聞いてみる。
 わたしの前に座る銀髪の少女は、微笑んで頷いてくれた。

「そう?」
「ええ……。姉さんも、これで少しは変われると思うわ」

 そう言って、レネスティアはわたしの出した紅茶に口をつけた。

「ふうん」

 どうやら彼女にとっての諸事は片付いたようで、今彼女が主に視線を向けているのは姉のことだ。
 彼女がもっとも気にかけているのは、間違いなく契約者のことだろう。まあ配偶者ともいえる存在のことだ。
 まだ少女みたいな顔もしているくせに、ちゃんと娘までいるんだから侮れない。

 今では旦那や娘のことは落ち着いて、姉のことばかり気にしているようだけど。
 今回のことも、まあそんな感じのレネスティアに頼まれたっていうのが、一番の理由だ。

「でも良かったの? 由羅のこととか」
「……わたしの気持ちを汲んでくれたのでしょう?」
「どうかしら。わたしはあの子とこれから仲良くなりたかったから、封印されたままなのはちょっと困るわけだし」

 いかにわたしといえども、あの氷涙の檻だけは、さすがにどうすることもできない。本来ならば剣など抜けはしないのだ。
 けれどわたしはそれを抜くことができた。
 それはつまり、レネスティアが許したということだ。
 あの子が自由になることを。

「それにしても……少し損しちゃったかも。お芝居だったとはいえ、わたし何かとっても悪役してたし」
「芝居?」

 意味ありげに、笑われる。

「なによう……?」
「わたしはてっきり地だと思っていたのだけれど」
「うるさいわね」

 わたしはそっぽを向く。
 しかしまあ……それを言われて完全否定できないのは確かだ。
 偉そうだとか、高慢だとか。
 ……いいじゃない。
 わたしって実際偉いんだし。

「……これからどうするのかしら?」

 レネスティアが聞いてくる。

「頃合いを見ながら、また顔を出すつもり。もう一回、由羅をさらうのもいいかもね?」
「構わないけれど……驚くんじゃなくて? あなたのこと、死んだと思っているかもしれないのだし」
「さあどうかしら」

 そこまではっきりと、わたしが敗北したっていう風に認識されていると、ちょっと不愉快ではある。
 負けたのは事実だけど、それはそれ、だ。

「エクセリアだったら気づいていたんじゃない? わたしが本当にわたしだったのか、とか、あなたが関わっていることとか」
「そう思う?」
「別に過小評価する理由も無いしね」

 わたしはあまり、エクセリアのことは好きではない。
 というか嫌いだ。
 性格が鬱陶しい、っていうのもあるけど、何より一度、わたしの命を狙ってくれたこともあるからだ。

 だからほとんど手加減しなかった。
 けっこう痛い目にあっただろうけど、それでもレネスティアが何も言わないのは、その辺りの事情を理解してくれているから……だと思う。
 何だかんだいって、レネスティアも実際何を考えているのか分からないから、油断はできないけれど。

 ともあれ、今回のことは成功だったのだろう。
 捏造でも何でもいいから、エクセリアに自分の感情そのままに何かを認識させること。
 それはもしかすると、彼女が危惧するように、この世界にとっては由々しきことなのかもしれない。

 しかしそんなことなど、レネスティアにとっては些事だ。
 ただただ、姉が自分自身の気持ちに正直なって欲しいと、そう願っている。
 それはどちらかというと、姉よりもずっと我侭を通して今までやってきた、レネスティアなりの想いなのだろう。
 わたしはその手伝いを、少しした程度だ。

「けど……真斗にはちょっと驚いたわ。ずっと闘っていたのはわたしの人形にすぎなかったというのに、あの人形を介してしっかりと……刻印を刻んでくれたんだもの」

 今のわたしの手には、例の刻印がある。
 さすがにあの瞬間はわたしもカッとなってしまったけど、今となっては感心するやら呆れるやら、まあそんな感じだ。

 完全な紋章なだけに、由羅の時とは違って何の痛みも無い。
 この始末をどうしようかと考えていたけれど、今ではしばらくはこのままでもいいかなと思っている。
 同時に、あの人間にも興味は湧いてきていた。
 なかなかの、掘り出しものなのかもしれない、と。

「何だかエクセリアとかにあげちゃうの、もったいないわ……。うん、そう。こっそり身体をつくってあげて、篭絡するのもいいかも」
「そんな余裕、あるのかしら」

 何やら意味ありげな言葉に、わたしはむ、と眉を寄せた。

「……何が言いたいのよ?」
「あなたがわざわざこんな所に赴いた、本当の理由……よ?」

 面白がるように言われ、ついそっぽを向いてしまう。
 本当、侮れないわねレネスティアって。
 いったいどこでどんな情報を仕入れてきているんだか。

「何のことかしら」

 とりあえずは惚けておくことにした。
 正直に白状するのはプライドが許さないし、現状では最優先というわけでもない。
 差し当たっては由羅やイリスのことが気になるから、そっち優先でやるつもりだし。

「――アルティージェ」

 あれこれ考えていると、低い声がかかった。

「歓談中、失礼する」

 やってきたのはドゥークだ。
 壊れていた身体は元に戻してあげたので、いつも通りの姿になっている。
 彼との出会いは千年以上も昔だが、一目で気に入って、何とか下僕にしようと思ったのに、本人はうんとは言ってくれなかった。
 さすがに諦めたわたしだったんだけど、彼が死神への戦いに赴く前に、あるもらいものをしたのだ。

 それは、彼の名前。
 その時は特に狙ったわけではなかったけど、考えてみると好都合だった。
 わたしは名前から彼を支配し、死神と戦って瀕死だった彼の身体を人形として、そのまま傍におくことにした。

 けっこう無理矢理だったし、だから彼にはかなり自由にさせてあげている。
 彼もまた、何だかんだでこれまでわたしに付き合ってくれていた。
 これもわたしの美徳の為せるわざ、ね。

「なあに?」
「客が来ているが」
「お客?」

 わたしがここにいるっていうことを知っている者は、せいぜいレネスティアだけだ。
 そのレネスティアはここにいるのだし。
 ぴんとくる。

「ディエフ殿だが」
「ああ……エルオードね」

 さっそく嗅ぎ付けてきたらしい。
 ご苦労なことね、まったく。

「追い返しておいて」
「それで、帰るような人物でもないと思うがな」
「だったら放っておきなさい」

 わたしはにべもなく言ってやる。

「……ではそうしよう」

 それだけ言って、ドゥークは踵を返した。
 相変わらず、真面目なんだから。

「会って、あげないの?」

 不思議そうに、レネスティアが覗き込んでいた。
 わたしは頷く。

「今はね。その時になったら、いずれ。わたしもちゃんと、決着はつけてあげるわ」


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