終ノ刻印

第88話 最強の王④

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第88話

 ずっと後ろへとレダが下がっていくのを見て、俺は視線を全てアルティージェのみに集中させる。
 援軍など不要だ。
 こいつは俺の手で、片をつけてやる。

「せっかく立ってくれたけど、寝てる方がお似合い」

 アルティージェが、手を振るう。
 放たれる、無数の糸。
 見える……!?

 一瞬驚いたが、すぐに納得する。
 エクセリアのおかげだ。
 倒れていた場所に、すでにあいつの姿は無く、どこを捜しても見つけることはできない。
 しかしすぐ近くにいるのが分かる。
 あいつは身を削ってまで、俺を認識することに力を傾けている……!

「二度も食らうか!」

 薙ぎ払う。
 それを見て、アルティージェは柳眉を跳ね上げた。不愉快そうに。

「いい気になるのではないわ!」
「く!」

 再び剣によって打ち据えられる。
 白兵戦。
 望むところ――――!

「は――――っ!」

 打ち返す。
 舞い戻る。
 弾き返す――――!

 続く。
 何度だって繰り返す。
 きた分だけはね返してやる。

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――――!」

 ひたすら凌いでやる。
 それだけでいい。
 はねのける際の力でさえ、相手へのダメージになる。

「こ……の……っ」

 剣が届かないことへの苛立ちか、アルティージェの顔から余裕が消えていく。
 そのせいかは分からないが、一撃を仕損じる。
 誘いでもなんでもなく、純粋なミス。

「だああああっ!!」

 チャンスとばかりに、今度は俺が叩きつけるように剣を振るった。
 アルティージェはすぐにも対応するが、防戦一方となる。
 形振り構わず、俺は剣を振るった。
 幾度となく剣戟が響き渡る。
 剣が折れるかと思える一撃を、何度も繰り出す。
 火花が舞う。

「いい加減に……!!」

 業を煮やしたように、アルティージェは戦法を変えようとした。
 剣だけでは埒があかない。
 そう判断したか、アルティージェは戦地を離脱し、咒を発現させる。

「消えろ!!」

 放たれる、真紅の業火。
 しかしそれを、

「――――〝ザイオレスの嵐〟よ!!」

 黎の声が遮った。
 突如起こった圧倒的な暴風が、炎を吹き散らす。
 その業火はさすがに消えることは無かったが、道は開く。
 俺はそれを一気に駆け、再び打ちかかる。

「――――まだ」

 アルティージェは目を見開いた。
 動揺ではないが、驚愕。
 咒法は防がれ、再び剣戦に引き戻される。

「この――――」

 受ける。
 弾く。
 再び打ち込む――――!

「たかがエクセリアの楔にすぎぬくせに!」
「知るかそんなこと!」

 ――アルティージェは確かに強い。
 ここにいる誰もが、一対一で臨めば勝つことなどできないだろう。
 これだけ打ち合っただけだが、それは何となく分かった。

 それでも、今は違う。
 俺は一人じゃない。
 エクセリアもいれば、黎もいる。由羅だってな……!

「はああっ――――!」
「ち……!」

 俺の剣圧が増す。
 重くなる。
 打ち崩す。
 前進する――――!

「――――」

 アルティージェが下がった。
 追撃を許さぬほど後ろへと飛び、そして。

「――――これまでよ」

 その全身から白い閃光が沸き立つ。
 髪が逆立ち、揺らめく。
 その圧倒的な熱量――これは。

「真斗!」

 隣に、黎が並ぶ。
 俺の持つ剣に手を添えて。

「行く……わよね」
「当然だ」

 ここまできて逃げる気など無い。
 正面からぶつかってやる……!

「なら、手伝わせて」

 有無を言わせぬ口調で、黎が剣を握り締める。
 剣から、水蒸気が溢れ出した。

「二度と凍らせてはだめ……全てを出し尽くして、ぶつけるの」

 黎は自分の生命力すべてを燃やして、この憎悪の剣を溶かしていた。
 凝固されていた力が、広がっていく。

「私……だって」

 もう一人が、俺の横へと来た。
 由羅だ。

「誰も、殺させないんだから……!」

 三度、由羅の髪が逆立った。
 俺らを包み込み、溢れ出す熱量。
 アルティージェが放つものと、全く同質なもの。
 力が満ちて、集まり、充実していく……!

「あははははっ。それで、勝てるとでも思っているの――――!?」

 ふざけるなと、アルティージェの感情が爆発する。

「消滅すればいいわ――!」
「私が行く!」

 まず飛び出したのは、由羅。

「〝三界打ち滅ぼすクォルティカ――――」
「〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟!!」

 二つの光がぶつかり合う。
 二人の放つものは、全く同質なもの。
 千年ドラゴンとしての全てと全てがぶつかり合う。
 天地が割れるかと思わせるほどの、激流。
 二つの力がぶつかり、相殺し合うその中で。

「これで、消し去ってしまって……。すべて」

 黎が微笑んだ。

「あとは任せるから」
 そのまま駆ける。

「〝氷解せし悪魔が涙レア・ザウハーグ〟!!」
「――――天魔千年の吐息ザイザレフ〟!!」

 光の中、アルティージェの槍剣が振るわれた。
 圧倒的な一撃。

 由羅と同じ〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟を纏いながら、〝九天打ち崩す、降魔が牙アリア・シャクティオン〟を打ち放つその威力たるや、まさに天地を滅ぼす勢いだった。
 大地が鳴動し、大気が悲鳴を上げる。

「くううううううううう――――!!」
「はああああ――――!!」

 由羅と黎が、それに耐え凌ぐ。

「ふふ、あはははははは――――。いつまで頑張る気――――!?」
「っあう………!」
「ぐ………!」

 黎の直撃を受けた由羅は、もはや余力など無い。
 一方の黎は素手だ。氷の剣を手しているならばともかく、溶かし得た水蒸気のみにて立ち向かった以上、それを使い果たせばもはやどうすることもできない。
 それでもなお、これを置いていったのは、俺に武器を残すため。
 最後の決め手となるべきものを、俺に託したのだ。

 ……覚悟は決まっている。
 由羅、黎、そして。
 ……これで、決める!

「……行くぜ」

 誰もいはしない。
 それでも確かに、頷くエクセリアを感じることができたような気がした。
 地面を蹴る。
 力尽きる寸前の二人の間を駆け抜け、圧倒的な力の奔流の中へと飛び込む――――!

「くらえええええええええ!!」

 火がつく。
 氷涙の剣が、発火する。
 蒼い炎の軌跡を描いて、光を呑み込む。

「――――!」

 真正面から、シャクティオン降魔九天の剣を叩き伏せる。
 今だ――――
 刻み込む。
 一瞬とはいえ硬直したアルティージェへと手を伸ばし、最後の一つを刻み込む。

「…………!?」

 アルティージェが目を見開いた。
 己の失態に気づくが、もう遅い。
 終の刻印がなされ、完成の証に鮮血が噴出す。
 ――まるで、あの時の由羅のように。

「よくもっ………!!」
「お前の負けだ――――!!」

 支配は為された。
 しかし予想通り、アルティージェはその支配に耐えた。
 全霊をもって耐えてみせた。
 こいつのどうしても譲れぬ誇りだろう。

 上等っ……さすがだよ!
 それでも動きの鈍ったアルティージェに対し、この瞬間しか無いと確信していた俺は、迷わず切り伏せた。

「ぐっ………!」

 袈裟懸けに、斬撃が走る。
 鮮血が舞う。
 光が、弾ける。
 すり抜け、地面へと倒れこむ俺を、どこからか現れたエクセリアが支え、助け起こしてくれた。
 それでも立っていられなくて、両膝をついてしまう。

「…………」

 光が消える。
 周囲には、みんな倒れていた。
 黎も、由羅も。
 俺だって、立っているとはいえない。
 今更のように、無茶をした反動と疲労とが、全身を覆ってくる。
 だがその中にあって、アルティージェは膝を屈することなどなかった。

 こいつ、まだ……?
 身構えようとした俺へと、アルティージェは誰にともなくぽつりとつぶやいていた。

「なあんだ……。みんな、強いじゃない……」

 気だるげにそう言い、くすくすと笑う。
 しかしその声に、もはや力は感じられなかった。

「お前……?」

 違和感を覚えて、振り返る。
 アルティージェは大きな傷を受けたまま、俺を見ていた。
 その瞳が、今までと違っていた。
 怒りや侮蔑など、微塵も感じられはしない。

「お前、ではないと言ったわ……。アルティージェ、でしょ?」

 いつかのように、そう言う。

「ふふ、ようやく消えたわね……」

 何を言っているのか、すぐにはわからなかった。
 その視線の先には、氷の剣が――

「な……?」

 無かった。
 氷の刀身が、溶けて消えていたのだ。

「これでいい加減解放されるわ。由羅も……レネスティアも」

 満足そうに微笑む。

「エクセリア……あなたはどう? 今、どんな気分?」

 聞かれて、エクセリアは戸惑った。

「…………?」
「答えられない? でも悪くはないはずよ。そんな簡単なことに、今でも気づけないから馬鹿だというのだけど」

 そこでふう、と息をつく。
 全員を見やった後、再びアルティージェは俺を見た。

「そして真斗、か。まったく、見事に刻印を刻んでくれちゃって……」
「……けどお前、俺に支配なんかされてねえだろうが」
「それはまあ、ね。王として、いえわたし自身として、許せぬものというのはあるわ。それでも……まあ、あなたなら」
「……なんだよ?」
「少しくらい、戯れても悪くないかもね」

 それはどこまで本気だったのかは分からない。
 それでもそれはアルティージェなりの、賞賛だったのだろう。

「それにしても……ちょっと疲れたわね」
「もしかして、お前」
「なあに?」
「今までの、全部――――」
「さあ、ね……」

 俺の疑問に答えることはなく、眠るようにアルティージェは瞼を閉じた。
 そのまま、倒れ伏す。

「――――」

 それきり、動かなくなった。
 風が吹き、気づけばその身体は、灰となって消え失せていく……。

「はあ……」

 俺は空を仰ぎ見た。
 どこまでも長い吐息が洩れる。
 どうやら――とりあえずは、終わったらしい。

「ふうん」

 今に至り、これまで観客に徹していたレダが、歩み寄ってくる。

「終わったのね」
「……だろうな」
「なかなかやるじゃない」
「俺はユウシュウ、だからな」

 普段はまず言わないような台詞を、誰かを真似て言ってみる。

「認めてあげるけどね」

 少し笑ってレダはそう言い、由羅の方を見やった。

「彼女を見るのも千年振り、か……。もらっていくわよ?」
「冗談じゃねえぞ」
「冗談じゃないわよ」

 あっさり切り返される。

「……馬鹿言え。こんだけ苦労して取り戻したあいつを、何が哀しくてお前に渡すかよ」
「別に悪いようにはしないわ。それに、あなたたち自身がそんなにぼろぼろなのに、彼女の面倒までみれるって言うの?」

 ……実はあんまり言えないことだ。
 俺自身、もはや一歩も歩けない。

「でしょ? そういうわけだから」

 言い切って、力の使いすぎで気を失っている由羅の元までいくと、軽々と肩に担いでみせた。

「あなたたちも、さっさとここから移動した方がいいわ。さっきのぶつかり合いで、結界は吹き飛んでしまったみたいだし。騒ぎになったら厄介よ」

 言われる通りだった。
 その証拠に、いつの間にやら雨が降り出している。

「……それにしても、何なのかしらね。初代の千年ドラゴンには会えるし、アルティージェも出てくるし、レネスティアの小型みたいなのもいたし……」

 ぶつぶつとそんなことを言いながら、レダはその場から去っていく。

「……真斗、エクセリア様」

 ふらふらと、黎が近づいてくる。

「黎、無事か?」
「真斗こそ」
「俺よりエクセリアを心配してやってくれ。多分、一番頑張ったんじゃないのか」
「それは違う」

 エクセリアは、首を横に振った。

「力があっても、活かせなくば意味はない。そう意味で、そなたは私などよりもずっと」
「……別に、強けりゃいいってもんでもないさ」

 俺一人では何もできなかった。
 黎やエクセリア、そして由羅がいなければ、こういう終わり方はできなかったはずだ。
 それにもう一人、アルティージェ自身……。
 まあいい。あいつのことは。
 俺の想像が正しければ、そのうち何かあるだろうしな……。

「ところで、さっきのあいつ、誰だったんだ? レダ……とか呼ばれてた、あいつ」
「レダ・エルネレイス……。由羅やアルティージェと同じ。最後の千年ドラゴンよ」

 最後のって。

「まったく……」

 苦く笑う。
 あんなとんでもない力を持った奴が、三人もいるとはな。
 そんな連中が、こんな所で何やってるんだか……。

「はあ」

 疲れた。
 さすがに。
 眠ってしまうその前に、俺は黎へと一方的な言葉を投げかけて。

「……なあさ。俺、これからのお前らに……期待していいんだろうな」

 それは希望。
 黎と、由羅のこと。そして、エクセリアのこと。

「お礼は、するわ……」

 黎はただそれだけ言って、俺を抱きしめる。
 とりあえずそれで安心して。
 俺は眠ることにした。


 次の話 >>
第89話 ティータイム終ノ刻印 第二章 最強の王編 第89話      /アルティージェ 「ご苦労様だったわ」  昼下がり。  ようやく訪...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...