終ノ刻印

第87話 最強の王③

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第87話

 それはまさに九天直下。
 あらゆるものを転落させる、非情な一撃。
 全てを薙ぎ払うその威力は、眼下に打ち落とされる。

「く――――!?」

 何も見えなかった。
 その凄まじいまでの威力は、落ちた場所での存在を、何一つ許そうとしないかに感じた。
 何者だって耐えられない。
 それを。
 エクセリアは耐えていた。

「…………!!!」

 相手の一撃は、まさに力ずくの存在否定。
 それに、全力で耐える。
 それは、いつまで続くのか。
 長くも、短くも――やがて結果がおとずれる。

 ズッ……!!!

 鼓膜が破れるような衝撃。
 為す術なく、俺達は吹き飛ばされていた。

「く――――あ……」

 全てが収まった時、全身を打つ苦痛に俺は顔をしかめていた。
 もうどこが痛いのかすら分からないくらいに、激痛が全身を巡っている。
 俺に限らず黎も由羅も、吹き飛ばされている。

「…………!?」

 ハッとなった。
 エクセリア――あいつは!?

「ふふふ……あははは。なぁんだ。その程度?」

 俺がエクセリアを見つけたその場所に、アルティージェは立っていた。
 その足元には、ズタズタになって倒れている、エクセリアの姿。

「な――――?」

 身体中は痛い。しかしそれだけだ。
 どこも壊れておらず、無事であることは分かる。
 しかしエクセリアは違った。
 その姿は、見るも無残なほどに、引き裂かれてしまっている。
 それでも五体満足であるのが不思議なほどに。

「観測者って言っても、大したことないのね。これじゃあなに? こんなのじゃ、イリスをどうこうしようなんて、初めから無理じゃないの」
「てめええ――――!」

 立ち上がる。
 剣を拾い、打ちかかる。
 何度も何度も繰り返す。

「ふふ、なあに? ゴキブリみたいにしぶといのね。意外と」
「――――黙れ!」

 横薙ぎに振るう。
 しかし受けることなく、アルティージェは後ろへと飛び、剣を持たぬ方の手を一閃させる。

 何をしたのか分からなかった。
 実際、何も起きない。
 俺はそのまま向かっていって――――

「っく!?」

 それ以上、進めなかった。
 足が空回りをする。
 なぜだ? なぜ――――

「お馬鹿さん」

 愉しげに、アルティージェはささやいた。
 両腕が、まるで何かに縛られたかのように、びくともしない。
 無理やり動かせば、手首から血が滲み出した。
 そしてそれは、空間に赤い糸の筋を形どらせて見せていく。

「これは……!?」
「見ての通り、わたしの〝絲魂〟よ。千絲封のね……」
「真斗……っ」

 駆け出す黎へと視線を転じると、アルティージェは手をまた一閃させる。

「くっ……!」

 見えない糸をかわし、距離を縮めようとする黎だったが、結局それは徒労に終わってしまう。

「無駄よ、無駄」

 何度目かで、捉えられた。

「――――ぁッ!」

 全身に糸をかけられ、地面に叩きつけられる。

「黎!」
「あは。無様ね」

 黎を見下しながら、俺もまた地面へと打ち据えられた。

「ほら。今までの気迫はどうしたの? もう終わり?」
「くそ……っ!」

 何とか立ち上がろうと、全身に力を込める。
 しかし駄目だ。
 動かない。
 いったいどうなってるっていうんだよ……!

「ジュリィ――真斗……!?」

 こっちの惨状に、由羅が声を上げた。
 こちらに来ようとするが、足元がおぼつかずにその場で転倒してしまう。
 黎が放った咒法に対して、由羅は無傷に見える。
 しかしダメージそのものは深刻なようだった。
 動けていない。

「お、お願いアルティージェ……! それ以上、みんなにひどいことしないで……!」

 泣きそうになりながら、懇願する。

「駄ぁ目。由羅、あなたはそこで大人しく見ていなさいな」

 しかしアルティージェに、聞く耳などないようだった。

「でもまああなたに免じて、すぐに終わらせてあげるわ。楽に逝けるように、ね」
「そんな……! アルティージェ……っ!」

 それ以上は何も聞かぬという様子で、アルティージェは由羅から視線を逸らした。
 ――見下ろすのは、俺か。

「もう足掻かないの? いかに千絲封の片鱗とはいえ、百にも見たぬ糸に絡まれた程度で動けないなんて、あまりに拍子抜け。少しでもあなたに期待したわたしが愚かだったのかしら」

 くそ……動け、動け、動け……!

「呆れた。本当に駄目そうね。まあいいわ……。どうせなのだし、あなたの刻印はわたしが譲り受けてあげる。殺してね」

 アルティージェが、槍剣を掲げる。

「真斗……っ!!」

 黎の悲鳴。

「ふふ。さよなら――」

 振り下ろされる。
 駄目だと、そう思った。
 しかし。
 俺に突き刺さるまさに目前で、槍剣はあらぬ方向へと吹き飛んでいった。

「――――!」

 一瞬上空を見て、アルティージェはその場から退く。
 その場所へと、何者かが降り立った。
 軽い足取りで降り立ち、アルティージェの剣を弾き、地面へと突き刺さった見慣れぬ長大な斧を引き抜く。

「女……?」

 その背格好から、そう判断した。
 更に顔を上げて、間違い無いと確認する。
 この場に乱入し、からくも俺の命を救ったのは、見知らぬ女だった。

 ――いや。
 どこかで見た顔。
 どこで……?

「邪魔したかしら」

 その女はまずそう言って、周囲を見渡した。

「知った顔が殺されそうになってるみたいだったから、思わず助けちゃったけれど。何なの、これ?」

 俺のことなどどうでもいいような口調で言いながら、アルティージェの方を見て、不意に顔をしかめた。

「……あなた。どこかで……?」
「奇遇ね?」

 邪魔をされた当の本人は、なぜか気分を害した様子も無かった。
 侵入者の顔を見て、微笑む。

「この結界は、千年ドラゴンとして時の力を転化させて展開させているもの。同朋の由羅やあなたならば、素通りは可能ね」

 そう言いながら、嬉しげに落ちた槍剣を拾う。

「お久しぶりね。レダ・エルネレイス。千年ぶりになるのかしら」
「――――」

 息を呑む気配が、伝わってきた。
 レダと呼ばれた女は目を見張り、そしてまじまじと見返す。

「……まさか。あの時の………?」
「そう」

 嬉しげに頷く、アルティージェ。

「まさか、ここまで強く美しくなってくれるなんてね。本当に、嬉しいわ」

 その率直な感想に、戸惑いをみせるレダ。
 しかしそれも、長くはなかった。

「……あなたのことは知ってるわ。本来ならば敬意を払うべき方なのかもしれないけれど、私には」
「イリスがいるものね。いいわ。それにあなたにそんなもの、求めてなんかいないもの」
「助かるわ。……それより何なのこれ。何やってるの?」
「あなたこそどうしてここに?」
「私は……」

 応えながら、レダは周囲を見やり、由羅を見つけて視線を止める。

「あれを捜しにきたの」
「由羅を?」
「そうよ」

 頷くレダ。

「イリスさまからのご命令。生死を問わず、連れてこいってね。まったくどこの馬鹿か知らないけれど、あんなにイリスさまを怒らせるなんて、本当に命知らず。ま、身をもって知ればいいけど」

 そうつぶやいて、由羅の方へと歩き始める。
 それを。

「嘘は駄目よ?」

 あっさりと、アルティージェは言い切った。

「嘘?」

 レダが振り返る。

「そう、嘘。本当は助けに来たんでしょ? 九曜茜に頼まれて」
「…………」

 二人の視線が、ぶつかり合う。

「どうしてそんな風に思うの?」
「わかるわよ。違うの?」

 聞かれ、レダはやがて、溜息と共に頷いた。

「……違いやしないけどね」

 乗り気でないといった感じで、続ける。

「でも彼女を連れてこいという話は本当のこと。何でもあなたにさらわれたらしいから」
「否定はしないけど。……それで、わたしが嫌だと言ったら?」
「私にとってイリスさまの命令は絶対だわ」
「ふうん……そう。今度はあなたが相手というわけね」

 くすくすと笑いながら、アルティージェは槍剣を地面に叩きつけた。
 その威力に、アスファルトは粉々に飛び散る。

「あなたならちょうどいい相手になりそう。ザコばっかりで、つまらなかったから」

 ……ザコっていうのは俺達のことらしい。
 言ってくれるぜ……!

「素直に返してくれないの?」
「そりゃあせっかく手に入れたんだもの。大事にしないとね?」
「ふん、そう」

 交渉は決裂したとばかりに、レダは大斧ハルバードを僅かに引き、構えを取る。

「――千年前と同じにしないでよね。後悔するわ」
「そう。その硝魔八凶の斧イクティオンがあなたに相応しいかどうか、確かめてあげるわ」
「……ちょっと待て……」

 二人の戦意が高まる中、俺は精一杯の力を込めて、立ち上がる。

「勝手に話を進めてるんじゃねえよ……!」

 糸の束縛は消えていた。
 アルティージェがレダの方に、意識を向け始めたからだ。

「しつこいわね。あなたなんて、地面に這いつくばってるのがお似合いなのに」

 ……いちいち嫌味を言ってくれる。

「……くそったれが。さっきとどめを刺せなかったのを、後悔させてやる」
「本当に鬱陶しいわね。死に足りないのなら、いくらでも殺してあげるわ」

 殺気が、こっちへと転じられる。

「レダ? 悪いけど先にこっちを片付けさせてくれる?」
「……好きにすればいいけど。でも、まさかとは思うけど……侮ってはいないわよね?」
「こんなザコを相手に、何を侮るというの?」

 鼻で笑う。
 それを見て何を思ったのか、レダは一旦斧を収めて下がった。

「……火傷をしなければいいけどね」


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