終ノ刻印

第86話 最強の王②

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第86話

     /黎

 彼に声が届いたかどうかなど知らない。
 それを確認していることはできなかった。
 まばゆい二つの光がぶつかり合う。

 生命力を燃やす、千年ドラゴンの必殺とも言うべき光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロはまさに圧倒的だ。
 しかしわたしは知っている。
 この千年ドラゴン最大の力には、何よりも必要なものがあるということ。

 それは、感情。
 喜怒哀楽――それは何でもいい。
 怒りでも、不安でも、殺意でも、悪意でも、混乱でも、愉悦でも――何だって構いはしない。

 けれど今の彼女には、それらが決定的に欠けている。
 後押しさえなければ、いかに魔王殺しの必殺の一撃とはいえ、恐れるには足りない――――!!

「ユラァアアアアアア!!」

 あらん限り、叫んだ。
 黄金の光が、白光を包み込む。

「――――」

 ユラが目を見開く。
 この咒法は、クリーンセスがユラと闘うためだけに生み出したもの。
 彼はユラを救おうとしていた。
 だから。

「ぃぁああああああああああ――――」

 直撃だった。
 全ての白光を払いのけ、導火線がユラに届き、炸裂する。
 その威力に、周囲全てが震撼した。

     /真斗

 光が炸裂する。
 その光は、黎と由羅のもの。

「――――?」

 さすがにここにきて、アルティージェも気づいた。
 視線を巡らす。

「どぉこ見てんだよ!」

 何もさせない。
 一撃が、アルティージェをこちらに振り返させる。
 今、離れさせるわけにはいかない――――!!

     /黎

 ユラが光の中に消える。
 世界中、この咒法はあの子にしか通じない。
 まるで、レネスティア様の氷涙の剣アルレシアルと同じ。

 けれど決定的に違うのは、この咒法は決して殺すためのものではないということだ。
 活かすため。
 目覚めさせるためのもの。
 わたしはその光の中に飛び込んだ。

「ユラ――ユラスティーグ!!」

 叫ぶ。

「…………?」

 ぼんやりと、目を開く。
 そこには、いつもの表情。

 その手を掴む。
 ぼろぼろになった手には、くっきりと刻印が浮かび上がっている。
 そして同時に、わたしがかけた呪いは綺麗に消え去っていた。

 なぜならば、これは破壊による浄化。
 ユラの狂化をゼロに戻すための、浄化咒法。
 わたしごときの呪いなど、消え失せて当然だ。

 これで傷害は無い。
 ユラの手には、真斗が刻み込んだものとは形状を異なる、真の刻印がある。
 しかし偽物だ。

「真斗――――!!」

 再び、叫ぶ。
 その手を持ち、掲げて。

     /真斗

 黎が呼ぶ。
 あれだけの光と破壊の中にあって、それでも由羅は無事で。
 その左手には、青に輝く刻印。

 これが……!
 確かにその形状は違う。
 これが真の刻印。
 目に焼き付ける。そして、脳裏へと。

 ――本来ならばここで取って返し、その刻印を黎へと刻み込む。
 これで由羅は完全に取り戻せる。
 けれどそれはできない。
 俺は黎を、犠牲にするつもりなどない。
 あいつに、こんな程度で満足してもらうわけにはいかない――!

「いいもん見せてもらったぜ――」

 剣を投げ捨てる。
 そしてそのまま、アルティージェの懐へと跳び込み、そして。

「――――!?」

 目を見張る。
 俺の意図に気づいたのか。
 だが遅い……!

 その一瞬の交錯。
 俺の左手が踊る。
 狙うのは槍剣を持つ、アルティージェの右手!

「!? この……っ!?」

 驚き、アルティージェは何よりも離脱を優先させた。
 あまりに近すぎて槍剣は役に立たず、その重量さえ邪魔だと投げ捨てて、逃げようとする。

「逃がすか――――!」

 あと一閃――――
 だが、僅かなところで離脱を許してしまう。

「ちぃ……!」

 完全成功には至らなかった。
 深追いはせず、今度は俺が大きく下がった。
 黎と、由羅のところまで。

「真斗、何を――――!?」

 驚く黎の声へと、俺は息を整えながら視線を送る。

「……悪いな。ちょっとしくじった」
「え……?」
「最後の一つ、刻み損ねちまった」
「あなた――まさか」

 目を丸くして、黎は俺とアルティージェを交互に見返した。
 ずっと向こうでは、アルティージェが右手を左手で押さえながら、物凄い形相でこちらを睨んでいる。

 くそ……失敗だった。
 しかし由羅の左手を一瞥すれば、その刻印はかなり薄らいでしまっている。消えてはいないが、今までの輝きは失せている。
 それなりの成果ではあったが、完全な成功ではない。

「八十点、ってとこか……」

 満点を取れないあたりが、いかにも俺らしい。
 そしてその二十点分のツケは、とてつもなく大きいものになるだろう。

「真斗――あなた、アルティージェに刻印を……!?」

 黎の言う通りだった。
 俺が刻印移動の相手に選んだのは、誰でもない、アルティージェだったのだ。

「どうして――なんで」
「お前があれを背負うことで、それで満足されたら困ると思ってな」

 それは、俺の正直な気持ちだ。

「憎むにしたってこんな剣は使わず、贖罪するからってあんな刻印に頼るなって言ってるんだ。身一つで充分だろ」
「――真斗」
「それでちゃんと……由羅とけじめをつけろ。それができたら、俺はもう何も言わないからさ」

 言うべきことは、それだけだ。
 今俺は、やらねばならないことがある。

「だめ――真斗。もうここまでよ。これ以上は戦えない――殺されるわ……!」
「何言ってんだ。もう死んでるらしいのに」

 軽口を残して、俺はアルティージェへの歩み寄った。
 俺の接近に、あいつは右手に添えていた左手を離す。
 右手から雫となって落ちるのは、赤い血。

「やって……くれるじゃない……」

 低く、うめくような声が、アルティージェから洩れた。
 それを見て、ああやばいな、と漠然と思う。
 どうやらかなり――いや、とんでもなく、怒らせてしまったらしい。

「まさか、わたしを支配しようとするなんてね……? どんな思い上がり?」
「どっちがだよ。傲慢を顔に書いて歩いてるようなやつに、言われたかねえぞ」
「ふぅん……。まだ減らず口を叩く余裕、あるんだ」

 その目が細まる。
 殺気を帯びる。

 ――真斗!
 エクセリアの声ならぬ声が、警告を発してくる。
 分かってる。
 しかし受けて立つしかない。
 逃げることなどできないだろうこの上は。

「……本当はね。みんな生かしてあげるつもりだったの。由羅だって、元に戻ってもらうのは予定の内だったわ」

 何気無い動作で、アルティージェは片手を上げた。
 その瞬間、まるで見えない糸に手繰り寄せられるように、地面に転がっていた槍剣があいつの手へと戻り、収まる。

「けれど、もうどうでもいいわ……。とりあえずあなた、目障りよ」
「!!」

 手にした槍剣が、一気に熱を帯び始めた。
 同時に発生した暴風圧が、所構わずあらゆる場所を席捲していく。

「紋章の継承者だし、由羅のパートナーだし……まあ悪くないかと思っていたけれど、わたしを支配しようだなんて傲慢、許さないわ」
「ち……!」

 これから放たれるものが、まともな威力でないことくらい、俺にも分かる。
 しかし、対抗できる術など――

「だめ……真斗――!」

 黎の悲鳴が聞こえた。
 逃げてというが、逃げられはしない。
 と、俺の目前に小柄な人影が現れる。

「エクセリア……!?」

 思わず声を上げてその名を呼んだが、エクセリアは振り返りもしなかった。
 ただ俺を庇うように、アルティージェの前に立って。

「ふふ、あははははっ。闘ったこともないくせに、わたしを止めるつもり?」

 それは嘲笑。
 どこまでも馬鹿にした響き。

「――――目障りよ。死ね」

 高く、飛び上がる。
 光を背負ったまま、アルティージェの姿は上空へと一気に舞い上がる。
 そして、眼下へと振り下ろす。

「――――〝九天打ち崩す、降魔が牙アリア・シャクティオン〟!!」


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