終ノ刻印

第85話 最強の王①

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第85話

     /真斗

 暗闇に、火花が散る。
 最大限の気迫を込めて、斬撃を打ち込んでいく。
 蒼い軌跡を描いて打ち込まれるそれを、一振りたりともかわすことなく、アルティージェはその槍剣で受けていた。
 どれもが重い一撃に違いないというのに、乱れることなくそれを受けていく。

「は――!!」

 剣戟が響く。
 今の俺の力は尋常ではない。
 エクセリアの借り物とはいえ、由羅にだって充分に対抗できる力がある。
 その一撃は、岩をも砕くだろう。
 しかし、その長い剣を砕くには至らない。

 ――剣の扱いに関して、その他の武器と共に、俺は幼い頃から修練を積んでいる。咒法の苦手な俺にとって、むしろ武器の扱いの方が得意分野だ。
 もっともその携帯性から、俺は銃やせいぜい短剣程度のものまでしか利用はしていなかった。

 しかし扱えないわけではない。
 呼吸に関しては、どれも同じだ。

「――ふふ」

 楽しげな声が洩れた。
 勢いの、風向きが変わる。
 長大な剣が、弧を描いて俺に襲い掛かる。

 速度は俺の方が速い。
 しかし威力は勝る。
 受けるは不利だったが、受けざるを得なかった。

 相手のリーチは長い。下手に間合いを開ければ、こちらの射程から離れてしまう。
 再び相手の懐に潜りこむのは骨だ。
 ――受ける!

「ち……っ!」

 刃を立てて受けねば刀身が砕けかねない威力。
 手が振動に痺れたが、構ってられない。
 即座に反撃に転じる。

「でやぁああああああ――――!!」

 思いつく限りの連撃を叩き込む。
 猛攻だ。

「――――」

 俺の攻撃を全て受けつつも、アルティージェの表情から笑みが消えた。
 少しずつではあるが、余裕を削ることができている。
 この機を逃さす、俺は息が続くまで叩き込んだ。

「ふん……っ!」

 受け難いと判断してか、初めてアルティージェが後ろへと退いた。
 同時に俺も限界で、背後へと下がる。

「はぁ――はぁ――はぁ――」

 そこから更に下がって、俺は息を整えた。
 ……いかにエクセリアの力を受けているとはいえ、俺は未だに元の身体に依存している。
 どんなに身体そのものの力が上がっても、やはり限界はある。それだけの力を、今放出しきったのだ。

「…………」

 存外早く、呼吸は元に戻った。
 一方で嫌な頭痛が頭に響く。
 身体の回復は早い。
 しかし力を受け入れている俺の精神の方は、徐々に亀裂が生まれ始めているようだった。

 だが、まだいける。
 それに、今の俺の目的はあいつを倒すことじゃない。
 ただ、黎と由羅から視線を逸らし、妨害させないことだ。
 そのためにはもっとこちらに関心を持たせ、没頭させねばならない。

「……大したものね」

 素直ともいえる表情で、アルティージェはそうつぶやいた。
 槍剣を肩に背負い、くすりと微笑む。
 その顔には勿論、衣服にすらかすり傷一つ無い。

「さすがは観測者、というべきかしら。観測による本来在り得ないものの〝捏造〟……。この〝捏造〟こそ、あなたのもっとも忌むべきものだったのでしょうに」
「…………」

 ずっと背後で、エクセリアが眉をしかめた。
 しかし、何も応えはしない。

「まあ、それをそれなりに使いこなせている真斗も、少しは褒めてあげるわ。伊達に、紋章の継承者ではないということね」

 やはり、アルティージェはあの刻印のことを、充分に承知しているようだった。

「――それとも、よほど信頼し合っているのか。即席にしては、大したものよ」
「ち……余裕ありげだな」
「だって余裕だもの」

 さっき僅かに見せた真剣な表情など微塵も無く、当然のようにそいつは言う。

「さあ……続きをしましょう。なかなかに楽しいわ」

 くそ重そうな槍剣をいとも簡単に振り回し、剣舞のように舞う。
 ――それはなかなか綺麗で美しくはあったが、見惚れているわけにもいかなかった。
 そんなことをしていれば、首が飛ぶ。

「――次は、わたしの番ね?」

 舞い踊る。
 俺はそれを、

「――来い!」

 正面から迎え撃った。

     /黎

 何度、交錯したか。
 由羅の攻撃をかわし続け、咒法で迎撃する。
 しかし放つ炎も、氷も、由羅には通じない。
 傷をつけても、火傷を負わしても、そんなものはすぐに治ってしまう。

「はあ……はあ」

 息が乱れてきた。
 致命的な傷は何も受けていないが、体力がもたない。
 真斗達に補充してもらい、エクセリア様には生気を〝捏造〟までしていただいた。

 それでもそれらがどんどん失われているのが分かる。
 動けば動くほど、霧散していく。
 理由は分かってる。
 わたしの最大のエネルギー源であったエクセリア様が、もはや真斗しか見ていないからだ。

 それはそれでいい。
 アルティージェを抑えるには、絶対必要なことだ。
 わたしは残された力で、由羅と対峙せねばならない。
 そして刻印をあらわにする。

 由羅がこちらに近づいてくる。
 その顔は、無表情。
 それを見て、身勝手な感想がよぎる。
 ……こんな顔をするのは、わたしの妹なんかじゃない、と。

「……そうね。今のあなたはユラじゃない。憎む価値もない、ただのつまらないものよ」

 歩む足が、止まった。
 言葉が聞こえたからか。
 いや違う。
 咒の発動に気づいたからか。
 一歩、下がる。

「どうしたの? 立ち向かいなさい。この咒法など、あなたは一度破っているのだから」

 挑発し、わたしは咒を練り上げていく。

 ――我が知る・全なる者よ。
 善を厭い、呪いし者よ・災厄を愛し、導きし者よ。
 我が胎動・栄華の大路に響き、崩壊の旋律とならん。
 落とせ・落とせ・落とせ。
 落下の悪夢・否、奇蹟によりて・天地の交換、速やかならん。
 されば求め、望み、身を砕きて、天変に臨まん。
 下りし赤子の生誕に、我歓喜す。
 その涙・贄となりて、悪夢とならん――

 ……これは、かつてクリーンセスが最後の闘いに用いた、禁咒。
 レ・ネルシスでの闘いにおいて、悪夢と為ったユラスティーグを詠んだもの。
 千年殺しの大禁咒。

 あの時、クリーンセスは敗れた。
 全てが発動しきる前に、呑み込まれて、消えた。
 そして失われた。

 けれどあの時、わたしはその一部始終を見ていた。
 だから知っている。
 だから、扱える――!

 わたしの目前に、黄金の光が収束する。
 圧倒的な、力。
 最後の力をもって、搾り出す。

「…………」

 ユラは逃げない。
 ただ、何かを思い出すように両手を掲げた。
 白い閃光が、溢れる。
 ユラの髪が沸き立ち、逆立つ。

 先日見たものと同じ。
 彼女を中心にして湧き上がる熱量は、まともではない。
 けれどそれを見て分かる。
 それをわたしが見るのは三度目。
 だから、分かるのだ。

「――――ラクリマ・レ・ネルシス」

 最後の咒言を言い終える。
 ユラもまた、その収束し終えた力をわたしへと向けた。
 後はもう、お互い迷うことなど無かった。

「〝ダルディオヌの砕〟――――!!」

 黄金の光が轟く。
 破壊が破壊となる前の光。
 それが渦を巻いて、ユラへと迫る。
 それを、ユラは迎え撃った。

「――――〝光陰千年の息吹ラウザンド・ゼロ〟!!」

 白光が満ちる。
 溢れる。
 チャンスはこれが最初で最後と。

「真斗――――!」

 わたしは彼の名を、呼んだ。

     /真斗

 次々と繰り出される連撃に、俺は後退しながらも耐えていた。

「あははははっ! どうしたの? その程度!?」

 威力が増す。
 踊るように繰り返される、剣の舞。

「ちい――――!」

 振り払う。
 しかしすぐにも取り付かれる。
 そして舞う。
 死の舞を。

「ざけんな――――っ!」

 真正面から受け止める。
 刃と刃が悲鳴を上げる。

「強い、強いわ――――もっと愉しませて!!」
「そうかよ畜生!」

 精一杯の動作で受け切り、押し返す。
 まるでお互い紐で繋がっているかのように、離れてもすぐにぶつかり合う。

 ったくこいつ、女のくせに何て馬鹿力してんだくそったれ………っ!!

 両腕の感覚が消えかけている。
 だが構っていられない。
 今この瞬間の感覚が無くとも、動きはする。俺の命令は、間違いなく腕に届いている。
 感覚が無かろうか、関係無い。

「だああああっ――――!」

 反撃する。

「やるじゃない!」

 愉しそうに、アルティージェは声を上げる。
 間違いなく、愉しんでいる。
 それでいい――それで。
 俺だけを見てろ。
 盲目になれ。
 あいつら二人のことなど目に入れるな――!!

「うらぁ!!」

 更に一撃。
 アルティージェの剣が揺らぐ。

 もう一撃!
 アルティージェはもうこちらしか見ていない。
 けど俺は違う。
 常にあの二人のことを見ている。
 見ていなければならない。

「真斗――――!」

 黎が声を張り上げた。
 しかしその声を、俺は渾身の力を込めた一撃で、打ち消す。

「――――ッ!」

 その威力の前に、さすがにアルティージェが顔をしかめた。
 今の声が、こいつに届いたかどうかは知らない。
 だけど俺が気づいていない振りをすればいい。
 それでアルティージェは引き付けられる。

 ――悪いな黎。
 結局勝手にやらせてもらうぜ……!
 俺自身の目的はすでに定まっている。
 伸るか反るか。
 賭けてやる――――!


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