終ノ刻印 第二章 最強の王編 第84話
/
交差する閃光。
二つを一つで弾き、一つを二つが弾く。
どちらの一撃も、並の相手ならば必殺と成り得る一撃。
しかしそれらは届かず、また届かせない。
繰り返される、斬撃。
短いが、幾数もの弾丸となって繰り出される短剣の切っ先は、しかし一閃にて切り返される。
最小限度の動きで、捌ききる。
門番の男――ブライゼンは、エルオードの繰り出す全てを、見切っていた。
何度やっても同じ。
一払いで、防がれる。
攻撃の間歇。
そのリズムの瞬間が、攻防の逆転となる。
防ぐ時と同じ、放つは一撃のみ。
重々しい一撃が、繰り出される。
胴を断ち切る威力。
一手では防ぎきれはしない。
数手を持って、弾き返す。
一時距離が開く。
ブライゼンは無闇に攻めてはこない。
力を溜め、万全の体制に至ってから、一撃を放ってくる。
両者の勝負は一見互角に見えたが、違う。
確実に見切っているブライゼンの方が、一歩上をいっている。
繰り返す。
捌き、弾き返す。
「――――」
何度目かに至り、ブライゼンは一旦、自分の攻撃の機会を放棄した。
代わりに尋ねる。
「やめぬのか」
「――通させていただくまでは」
「できぬ」
「忠実な下僕というわけですか」
エルオードの言葉に、剣先を上げた。
「そのつもりはない。私の主はすでに世を去っている。この身に主はいはしない」
それは、意外な言葉とは映らなかったようだった。
「ならばなぜ、彼女の元にいるのです? 一度、死した身でありながら」
「…………」
エルオードの指摘は正しい。
ブライゼンは一度、死んでいる。
かつて死神と闘い、そして命を失った。
それは間違い無い。
「自我をもって人形となるには、まず何よりも本人の同意が不可欠なはず。僕のようにね。あなたも同じ人形。こうして自我を保っているように見受ける以上、その意思をもってあの方にお仕えしているのでは?」
それも、正しい。
ただし一部を除いて。
「私はもはや人形の身。意思でもって傍にあることも、否定はしない。だがその経緯は違う」
「ほう」
「望んでこの身になったというわけではない。故に主とは仰がず、その命にも絶対服従はせぬ」
彼の身体は人形である。
死ぬ間際にアルティージェによって造り変えられ、今に至っている。
しかし、ただ人形とされただけならば、自我はついてはこずに、消えていたことだろう。
だが、そうはならなかった。
なぜか。
思い出してみれば、簡単なことだ。
不用意ではあったとはいえ、彼は自分の名を彼女にあげてしまっていた。
名による支配。
それが原因。
しかしそれはきっけかに過ぎなかったが。
「……なるほど。縛られているようですね。しかし命には服せぬ、と。ではなぜこうして門番となり、僕を阻むのですか? まるで彼女の言いなりになっているようにしか、見えませんが」
揶揄するように言われても、ブライゼンは動じない。
「恩はある。機会があるのならば、それらを使って返す」
「というと?」
「私は、私の判断でここにいる。あなたを、アルティージェに近づけさせるつもりはない」
「おや。妬まれてでもいるんですかね」
おどけたようにエルオードは言ったが、そんな軽口を、ブライゼンは少しも気にする風は無かった。
「……しかしなぜでしょうか。あなたは確かにそうなのかもしれませんが、僕はれっきとした、彼女の下僕です。彼女を捜して幾星霜……。こんなに忠節をつくしているつもりなのに、それを門前払いとは。少々哀しくなりますね」
「無論、あなたのことは知っている。噂も耳にしているし、アルティージェ本人からも、少しは話が出たこともある。なるほど、あなたは忠節な者のようだ」
「ではなぜ?」
「――だからこそ、と言ったら」
その言葉に、エルオードは黙り込んだ。
「……なるほど。アルティージェが気に入るわけですね」
剣を構え直す、エルオード。
「何にせよ、あなたは厄介そうだ。ここで仕留められるのならば、そうしたいところです」
「……好きにするがいい」
ブライゼンもまた、剣を構える。
空気が変わる。
どちらも生を持たぬ人形。
しかしそのどちらからも放たれる闘気は、生者のそれを遥かに凌駕している。
「――では」
エルオードが、飛び退く。
距離が大きく開く。
ブライゼンは動かず、剣を持った腕を真っ直ぐに伸ばしたまま、遠くのエルオードを見据える。
どうくるか。
エルオードの剣技は大したものだが、それでもブライゼンには及ばない。
そんなことは、彼にも分かっている。
故に手数で勝負してくる。
圧倒的物量は、時に精鋭を凌駕するからだ。
相手が化物でもない限り、それは今も昔も変わらない。
彼はそうする。
間違いなく。
そして全てを受けきれば、結果は自ずと出る。
これは、そういう勝負だ。
「――〝第八章・第十四節・八百十三頁〟!」
咒法の展開。
「――――」
暴風。
まず放たれたは真正面からの空気の流れ。
身動きとれぬだけの風量を前に、ブライゼンは微動だにせず敵の姿を追う。
向かい風。
しかしエルオードにとっては追い風。
一気に駆け抜けてくる。
「――〝第三章・第一節・三百頁〟!」
次は業炎。
暴風にあおられた炎は、ありえない威力となってブライゼンを包み込む。
囲い込まれ、逃げ場を失う。
だが元より逃げるつもりなど、毛頭無い。
「――ぬん!」
振り払う。
暴風に勝る剣圧によってなぎ払い、炎など寄せ付けさせず。
その間に、エルオードは跳躍していた。
高く。
「〝第二章・第四節・二三五頁・九行〟!」
上空から舞い降りる、氷の刃。
それは降りしきる雨にも劣らぬ数となって、ブライゼンを襲う。
一度受ければ容易に身体を貫通する威力。
その一つたりとも受けるわけにはいかない。
「はあああああっ!」
降り注ぐ全てに対し、剣を振るう。
受け、切り裂き、砕け散らす。
氷の刃は地面に達する。
しかしかすりはするものの、ブライゼンには届かず。
舞のように剣を振るい、その全てを受け切る。
それを、ただの剣技のみにてやってのけてみせた。
しかし、終わってはいない。
四手目。
エルオード自身の刃が、振り下ろされる。
「〝廃章・序節・■■頁・■行〟――!」
本命。
いかにブライゼンの剣が優れていようと、それらは事前に力をため、一気に放出し、再びためる必要がある。
三手で、その余力を可能な限り削り取った。
後は力勝負。
「――〝失われし、太古が雷〟――――!!」
両刀の短剣が、まっさかさまになってブライゼンへと延びる。
電撃を帯びた双剣と、ブライゼンとの剣はぶつかり合い、耳障りな音を撒き散らす。
周囲に燻ぶっていた炎は勢いを取り戻し、短剣へと集約して勢いを増す。
「ぬぅううううううううん――――!!」
ブライゼンが一歩下がる。
押される。
しかしその一歩だけ。
後はもはや許されぬ。
エルオードは一つの短剣をずらした。
一気に押し返されてくる。
しかし片手に余裕ができる。
その一瞬。
互いの力がぶつかり合い、そして。
――何事もなかったかのような、静寂に戻る。
その場には、仁王立ちのまま動かぬブライゼンと、彼よりも門に近い場所にて膝を降り、しゃがみ込んでいるエルオード。
どれほどしてか、ブライゼンは向き直り、そしてエルオードは振り返った。
「……いやはや。これは参りました」
「大したものだ」
どちらも二の足で立っている。
しかし、それが精一杯とも言えた。
ブライゼンの持つ剣は、途中から砕け、無くなっていた。
そしてその胸には短剣が突き刺さり、その周囲を焦がしている。
一方のエルオードは、片手に残っていた短剣は黒くすすけ、両腕は真っ黒に焦げてしまっていた。その腹からは、赤い血が滲み出している。
どちらもが一撃を受けていた。
エルオードが言う。
「あなたは剣だけでなく、咒にも長けているはず。それを剣のみでここまでするとは、本当に驚きました。侮ったつもりはありませんが、最後の一撃には自信があったんですけれどね」
肩をすくめて、使い物にならなくなった剣を放り捨てる。
「……いや。この身がアルティージェの造ったものでなければ、この一撃で決まっていただろう」
人形を造ったものの力量の差が、どうしても出てしまう。
ブライゼンは直撃を受け、なおあの程度で済んでいるにもかかわらず、放ったエルオードの方が、咒の威力に耐え切れず、両腕を損傷してしまっていた。
もはや、この腕は使い物にはならぬだろう。
「これはジュリィにお願いして、新しいものに新調してもらわないといけませんね」
「――まだ、先に進むか」
ブライゼンが、静かに尋ねる。
エルオードは首を横に振った。
「こんな姿、彼女にはちょっと見せられませんからねえ……。何を言われるか、わかったものじゃありませんから」
あっさりと、撤退を決める。
「しかしまあ、あなたの実力を知る、いい機会にはなりました。充分に参考にして、次回は遅れを取らぬよう、臨ませていただきますよ」
そうとだけ告げて。
彼は門から離れる。
「エルオード・ディエフか」
去る彼の姿を見送りながら、ブライゼンは小さくつぶやいた。
「なるほど。アルティージェとはいえ、一筋縄ではいかぬ相手か」
次の話 >>
目次に戻る >>