終ノ刻印

第82話 門番

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第82話

     /黎

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 その問いが何に対してなのか、自分自身でもよく分からない。

 ただしはっきりしているのは、ユラに関わることだいうことだけ。
 あの子を憎く想い、これまでを経てきたことに対してか。
 それとも、そう想い続けながらも、今あの子を取り戻そうとしていることに対してか。

 結局、わたしはユラという存在に生かされ続けてきたことは間違いない。――そしてきっと、死ぬということに関しても、あの子無くしてはありえないのだろう。
 あの子との決着はつけた。
 望むような結果になどなりはせず、なるはずもなかったけれど、想いの全てはぶつけたつもりだった。

 満足はなくとも、後悔は無い。
 ならば、これからすべきことは。

 ――ユラを、取り戻す。

 何のために?
 自分のため?
 あの子のため?
 それとも、その他の誰かのためだろうか。

 ――例えば、真斗とか。

 真斗。
 ずいぶん迷惑をかけたと思う。
 直接の助けとなることはなかったけれど、なぜか傍にあって、安心できた。
 同じ傍にあっても、エルオードとは何か違うと思った。

 それが何かは分からない。
 何でもいい。
 とにかく、お礼と呼べるだけのものを、最後に残したいとは思っている。
 それが、あの子でいいではないか。
 ユラで。

「…………」

 そう思ってから、自分を確認する。
 妬みは湧いてはきていない。
 もともと自分はあの子のことが好きだった。
 あの時はどうしてあんなにも、ユラのことを羨ましく思ってしまったのだろう。
 今は、どうして思わないのだろう。
 自分は兄を愛していたから。
 真斗のことなど、何とも思っていないから。

 違う、と思う。
 そんなのじゃない。
 確かに一度、わたしはここで嫉妬したはずなのだ。
 真斗が由羅を庇おうとしたその時に。
 今はそれが無い。
 きっと、何か理由ができて。
 その理由とは、何なのだろう……。

「ねえ。あなたにはわかる……?」
「おや。気づかれていましたか」

 静かにドアが開き、エルオードが姿を現す。

「――何のことかはわかりませんが、お悩み事ならば、相談に乗りますよ?」
「いえ……いいの」

 苦笑して、想いをしまい込む。
 そして振り返った。

「あなたが来てくれたということは、話は通ったのね?」
「はい。ご案内できます」
「そう……」

 やはり、向こうも応じた。
 アルティージェならば、こっそりと盗み出して終わるようなことはしないだろう。
 正々堂々――というのも変だが、彼女ならばはっきりとした舞台で、明らかな結果と共に手に入れようとするはずだ。
 そしてそれは、わたしたちへというより、エクセリア様に対して。

「ありがとう。時間は?」
「深夜に、と。場所には、大規模な結界が展開されつつあります。それが熟成されるのに、まだ数時間はかかりますので」

 どうやら昨日のような騒ぎになることは、向こうも望んでいないらしい。
 完全に無人のフィールドで、出し惜しみ無しで、ということか。

「それにしても、親切なことね」
「この町には例の方々がいますからね。それも比較的近くに。さすがに介入はされたくないのでしょう」

 それはそうかもしれない。
 それこそ、昨日の今日だけに。

「なら、それまで少し眠るわ……」
「わかりました。また、その時に」

 一礼して、エルオードは消える。
 わたしはまどろみながら、また、物想いへと戻った………。

     /真斗

 ――夜。
 結局、茜の居場所を知ることはできず、この時がきてしまった。

「真斗」

 仮眠をとっていた俺を、エクセリアが起こす。

「外に」

 その一言だけで、何を意味するか分かった。
 すでに準備はできている。
 必要最低限のものを持って、外へと出た。

     ◇

 外は未だ雨が降り続いている。
 マンションの外へと出れば、二人の人影が俺を待っていた。
 黎と、上田さんだ。

「遅くなりました」

 相変わらずの笑顔で、上田さんがそう声をかけてくる。

「何しろこちらも都合がありまして……」
「案内、してもらえるんだろう?」
「それはもう、間違いなく」

 答える上田さんと、そして黎を見れば、彼女も小さく頷いた。
 どうやらうまくいったらしい。
 もっとも上田さんがどこまで信用できて、どこから敵になるのか分かったものじゃない。気は抜けなかった。

「そんなに警戒しないで下さい。僕は今もちゃんと、ジュリィの味方ですよ」
「だったらいいけどな」
「行きましょう、真斗。そんなに遠くはないわ」
「ご案内します」

 先頭に立って、上田さんが促す。
 ちらりと後ろを見れば、エクセリアの姿も確かにある。

「ああ」

 あいつの姿を確認して、俺は上田さんの後へと続いた。

     ◇

 俺などでは、由羅にさえ及ばない。
 そんな俺がアルティージェなんかに対して、どれほど役に立つというのか。

 けれど今は、エクセリアがいる。
 由羅にやられて生き返ってからの俺は、明らかにそれまでと違っていた。
 力そのものが、違う。
 全て、エクセリアの存在の影響だ。

 そして今、そのエクセリアが更に協力してくれると言う。
 果たしてそれを、どこまで活かすことができるかは分からない。
 それでもそれを、一縷の望みとしてやるしかない。
 そして刻印のこともある。
 それは俺がやるしかなく、俺しかできないことだ。

「緊張しないで」

 横から黎が、気遣うように声をかけた。

「あ、ああ。……俺、そんな風に見えたか?」
「肩に力が入っていたわ。もっと、リラックスして。でないととても最後までもたないわ」

 どうやら知らず、力が入ってしまっていたらしい。

「そうだよな」

 深呼吸して、落ち着かせる。

「……ところで、どこまで行くんだ?」

 行き先は、まだ知らない。
 尋ねると、答えはすぐに返ってきた。
 上田さんが足を止める。

「――ここです」
「ここって……」

 そこは、馴染みのある場所だ。
 俺の通う大学。
 しかし何か変だった。

「………?」

 気配が無い。――いや、死んでいる。

「結界があるの」

 俺の疑問に気づいて、黎が教えてくれた。

「結界?」
「そう。人避けのね」

 人避けって……とてもそういうレベルのものではない。
 俺ですら、分かる。

「……ほとんどシェルターじゃねえか」
「似たようなものね」

 黎は否定しなかった。

「内部の熱は洩らさず、外部の干渉も受け付けない……。派手に何かをするのならば、お互いに都合がいいわ」

 ……なるほど。
 どうやらあちらさんも、やる気満々らしい。

「入口は、一箇所だけです」

 上田さんそう言って、校門の方へと向かった。

「出入りできるよう定められているのは、あそこだけですね。ただし」

 校門には、人影がある。

「あいつ……?」

 立っていたのは、長身の男だ。
 剣を片手に、校門の前で仁王立ちしている。

「門番もしっかりいるようです。招かざれる者は、侵入を許されない」
「来たか」

 低い声で、その男はこちらを見やった。
 ……知っている顔。
 あの時、由羅を助けて消えた、あの男だ。

「中に、二人はいる。行くがいい」
「……通してくれるのか?」

 この男も、アルティージェについてる奴なんだろう。ならば、敵のはず。

「目的は私ではなく、千年ドラゴンであろう。私には関係無く、手も出さん。行くがいい」

 どうやらあくまで門番、というわけらしい。
 油断はできないが、行けと言うなら行くだけだ。
 俺と黎は頷き合い、門をくぐる。
 ――そこで。

「あなたには遠慮してもらおう。――ディエフ殿」
「おや」

 俺と黎、そしてエクセリアには何も言わなかった。
 しかし上田さんに対してだけ、男は待ったをかけた。

「それはまたなぜでしょうか」
「アルティージェが、あなたを通すことを許してはいない」
「それはまた……」

 困ったとばかりに苦笑する、上田さん。

「引け。引かぬのならば、相手にすることになる」
「おい……?」
「真斗」

 思わず声を出そうとしたところを、黎に止められた。

「行きましょう。これはきっと、彼自身の問題よ」
「……けどいいのか?」
「――そうして下さい」

 促したのは、上田さんだった。

「どうやらまだ、僕への意地悪は続いているようでして。それでもせっかくここまで来たんです。一目なりともお会いせぬうちは、引くに引けませんよ。しかしそれはジュリィの言うように、僕自身の問題ですから。先に、行っていて下さい」

 事情は分からないが、今は頷くしかなかった。
 ここで揉めていても、先には進めない。

「行こう」
「ええ」

 俺の言葉に黎は頷き、エクセリアもまた続く。

「というわけなので、力ずくでも通らせていただきますよ」
「私が遮ることになるだけだ」
「ドゥーク・ロー・ブライゼン、でしたか」
「いかにも」

 答える声に淀みは無い。

「あなたの剣技は聞き及んでいます。かつて異端裁定の折には、あの死神に対してその片腕を奪ったとか」
「…………」
「ちょうどいい。その剣腕、見せていただきましょう」

 その手には、二振りの短剣。

「あの方の傍に、どちらが相応しいか――」

 二人のそんな会話を最後に、俺達は先へと進んだ。


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