終ノ刻印 第二章 最強の王編 第81話
◇
「お。終わったか」
戻ると、何やら待ってましたとばかりに、所長がこっちを見た。
消えてしまっているかと思ったが、エクセリアもしっかり座って待っている。
「ああ」
「そうか。いや実は相談なんだけどな。このお嬢さんも新たに所員に加えてはどうかと思ってなあ」
「はあ?」
何を言い出すかと思ったら、何やらとんでもないことを口にする所長。
「いや少し話してみたんだが、まだ小さいのにしっかりしてるし、昨夜の一件を見ても、咒法には精通しているみたいだし。何より可愛いしな」
満面笑顔でそんなことを言う。
「…………」
「お? 何だその冷たい視線は?」
心外だとばかりに、所長は眉をひそめてみせた。……そんな仕草すら、芝居のように思えてならない。
「可愛い、じゃねーだろうが。そんな理由で――」
「なに? お前、こんな可憐な子をつかまえて可愛くないと言うのか。何という観察眼だ。上司として哀しいぞ。というか失礼だろう、本人に」
「そーゆう問題じゃないだろう!」
思わず反論したが、効果は無いようだった。
「……っていうか、エクセリア。お前も何か言ったらどうだ? 黙ってると、この危ないオヤジに連れてかれちまうぜ?」
「失敬な」
「……私は、特に問題無いと思うが」
本当に分かっているのかいないのか、エクセリアはそんな風に答える。……ちょっと待て。
「問題だらけだろーが」
「なぜだ? 私はそなたの傍にいる。そなたはよくここにいる。ならば私がここにいる必然性を用意した方が、何かと支障が少なくなるのではないか?」
「いやそーだけど、いや違う――駄目だ駄目だ」
確かに都合はいいかもしれないが、とはいえその程度のことだ。決して推進するべきことではないと思う。……多分。
「とにかく無しだ。この話は終わりっ」
「そうか? そいつは残念だ。東堂あたりも喜ぶかと思ったんだが」
……言われてみれば、好きそうかもしれない。東堂さん。
俺は頭をぶんぶん振るう。
「そんなことより!」
俺は強引に話題を変えた。
「今から茜のとこに行ってこようかって思ってるんだけど、どこ行けばいいか、所長わかるか?」
「うーん」
なぜか考え込む所長。
「たぶん、茜君は彼女の知り合いの所にいるんだろう。あいにくだが、場所はわからない。おれも楓君から聞いて知っているだけだしな」
「……そうか」
どうやらまともに病院とかには行っていないらしい。
そうなると、簡単には行けないかもしれない。
「ちょっと聞いてみるか」
所長は携帯を取り出し、電話をかけてみたが、聞こえてくるのはコール音ばかりで繋がらなかった。
所長は諦めて、携帯を切る。
「ま、いったんお前は帰って大人しくしてろ。おれがまた連絡して聞いてみるから」
「頼む」
頷いて、事務所を出ようとしたところを、呼び止められた。
さっきの話を蒸し返すんじゃないだろうなと思ったが、そうではなかった。
「――アルティージェのことだがな」
「ああ」
「あれは、悪魔が魔王に望んだものの、最終的な結果のような奴だ。当時の悪魔が魔王に望んだものは、絶対的な強さ。それは為されたかに見えたが、本人は自分では駄目だと思ったらしい。だから、娘に託した」
「はあ」
まるで見知ってるかのように、所長はそんなことを言う。
「だからあの娘は強いぞ。シュレストと、そして悪魔
レネスティア
の最高傑作の一つであることは、間違いないからな」
「所長……何でそんなこと知ってるんだ?」
怪訝に、俺は聞いた。
「そんなもん、おれはお前より人生の先達なんだ。知識の貯蔵はお前とは違うさ」
偉そうにそう言うが、せいぜい十歳程度の年の差で何を言ってるんだか。
「とにかく、だ。あいつは自身が強いと同時に、他者にも同じものを求めている。どんな形であれ、強さをな。だからあいつと戦うんだったら、その強さを示すことだ。そして認めさせろ。そうすれば、あいつも興味を抱くようになる。運が良ければ、その後の交渉だってやりやすくなるだろ」
だから、と。
所長は最後に付け加えた。
「負けるなよ」
と。
◇
負けるなよ、か。
事務所を出てから、俺はそんな所長の言葉を思い出していた。
実際、自分自身のためにも、そうしたいところだ。
「真斗」
雨の中、後ろから声がかかる。
案の定、ちゃっかりとエクセリアがついてきていた。
「ついていっても、いいだろうか」
俺は無言で頷く。
エクセリアがいなければ、俺は何もできない。
できるだけ、傍にいてくれた方がありがたい。
「黎のことだけどさ」
振り向かずに、聞いてみる。
「どんな……やつだったんだ? その、むかしのことだけど」
「私たちが一緒に暮らしていた頃のことを、聞いているのか?」
「そう……だな」
今に至っても、俺は黎のことをよく知らない。
知り合ってから今までに見せたあいつの顔は、どこまでが全てであったのか、俺には分からない。
「……なくてはならない存在であったと……そう思う。当然のように、傍にあった。彼女が乱れた時より、私は孤独になった……」
「いいやつ、だったんだな」
「わからない。それでも我々にとっては、そうだった」
「そうか」
歩きながら、もう一つだけ聞いてみる。
「今でも……変わってないか?」
その問いに。
「変わっていない」
そう答えるエクセリアの言葉が。
なぜだか嬉しかった。
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