終ノ刻印

第79話 騒動の後③

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第79話

「アルティージェの目的はともかく、現実としてあの子は彼女の手の内にあるわ。その上で、真斗はどうしたいと思っているの?」

 そう……だな。
 俺は答える。

「あいつが自分の意思で出て行ったっていうんなら、止めるつもりはねえよ」

 しかし、今回はそうであるとは思えない。

「さらわれた以上、取り戻す。それに茜のこともある。お礼はしないとな」
「喧嘩ではないのよ。彼女には関わらない方がいいのかもしれない。それでも……行くと言うの?」
「大して変わるか」
「そう……」

 くすりと、黎が笑う。
 苦笑のようだった。

「ユラや、九曜さんが好きなのね」

 む。

「んだよ。そーゆうお前はどうなんだ? そんだけやられて、黙って見てる気なのか?」
「わたしに……ユラを救えと?」

 馬鹿馬鹿しい――そう言うと思った。
 ところが。

「……そうね」

 思わぬ返答に、俺は耳を疑う。

「黎……?」
「そんなに意外だったかしら」
「そりゃあ……お前」
「ただ、九曜さんに借りができてしまったから。それを返すだけ」

 借り?

「何だそれ?」
「馬鹿なことよ。……あの時、わたしは九曜さんに、ユラを追って欲しいと頼んでしまったの」

 自嘲するように、黎は言う。

「何を血迷ったのか、そんなことを頼んでしまったの。結果、九曜さんには申し訳ないことになってしまったわ。だから。それだけよ」

 それだけ、か。
 どこまでが本当なのかは分からない。
 それでも、由羅を助けようとしていることには違いない。
 充分だった。

「そうか」

 それ以上は聞かずに、頷く。

「どうでもいいがな」

 ずっと話を聞いていた所長が、何か思ったように口を挟んだ。

「何だよ?」
「勝てるのか? お前らだけで」

 あっさりと、所長は根本的なことを指摘する。

「聞いてると、そのさらっていったお嬢さんとやらは、相当強いんだろう? ただの人間のお前と、病み上がりの黎君と二人だけで、どうにかなるような相手とは思えんのだが」
「その通りね」

 黎は所長に同意した。

「勝てない……そんなのはわかっている。けれど、それでも行くのでしょう?」

 そう問われて。
「ああ」

 当然の答えだった。
 これまで黎と由羅のことでは何かと苦労してきたのだ。
 最悪のところまでいったかと思ったが、土壇場でそれは好転するかもしれないという希望を見せてくれた。エクセリアの、おかげでだ。
 だというのに、こんなところでいきなり第三者に掻っ攫われるのを、俺が黙って見ているはずもない。

「私も、助力しよう」

 控え目な提案に、俺は驚いてエクセリアを見返した。
 黎までもが驚いている。

「私の望みは、そなたたちと同じだと。だから」

 言葉少なげに、そう言う。
 そんなエクセリアを見て、俺は無意識にその頭に手をやって、くしゃくしゃっと頭を撫でてしまっていた。

「お前って、本当に純粋だよな。……助かる」
「私には、分からぬ……」
「俺がそう言ってるんだから、そうだって思っとけ」
「…………」

 エクセリアが俺を見つめる。
 大人びた雰囲気は相変わらずだったけど、この時だけはどうしてか、年相応の女の子のように見えてしまった。

「ふむ……なるほどな」

 様子を見ていた所長は、やがて納得したようだった。

「それなら好きにすればいい。だけど、死ぬなよ。おれが色々と困るからな」
「ん……ああ」

 実のところはもうすでに、なのだが、別段言う必要も無いだろう。

「あと詳しい事情も聞いておきたいが、後でいいだろう。事が終わってからで」
「……いいのか? それで」
「いいだろう。別にな」

 それはそれで助かった。
 いずれしなければならないことではあるが、いずれであって欲しい。

「真斗」
「ん?」

 さてこれからどうするかと考え始めたところで、黎から声がかかった。

「話があるの。二人きりで」
「?……ああ。いいけど」

 席を立つ黎の後を、俺も続く。

「ちょっと待っててくれ」
「おう。好きなだけ内緒話しておけ」

 所長に言えば、簡単に頷いてみせた。
 他人のことをあまり詮索しないのが、所長のいいところといえばいいところだ。
 ――などと思っていると、

「さて」

 残された所長が、ずいとエクセリアに迫っていた。

「おれとしては、是非君の自己紹介なんかを聞きたいところなんだが」

 興味あるぞとそう明言する所長に、きょとんとした雰囲気を返すエクセリアの気配が伝わってきて。
 俺は苦笑いした。

     ◇

 隣の部屋に移って。
 少し疲れたように、黎は長椅子に腰掛ける。

「お前、本当に大丈夫なのか?」
「だるいけれど、動けないわけじゃないわ」

 少なくとも本調子ってわけではないらしい。当然だろうけど。

「あなたには、色々謝っておきたくて」
「今更かい」
「そうね……今更ね」
「別に責めてるわけじゃねえけどな」

 けれど、やはり今更といえば今更だろう。

「第一、俺に謝ることなんて、あるようでないだろ」
「……かもね」

 せいぜいあるとしたら、由羅のことで、少しも俺の言うことを聞いてくれなかったことだろうか。
 しかしそれは俺の我侭でもあり、どちらが正しくてどちらが悪いというわけでもないはず。

「……聞かせて。あなたは、ユラのことが好き?」

 そんなことを突然聞かれ、俺は戸惑う。

「……何だよいきなり?」
「いいから答えて」

 何の冗談も感じさせない瞳で見つめられ、俺は視線を逸らした。

「……さあな。わからない。でも、惹かれてるのはたぶん、事実だと思う。少なくとも、気に入ってると思う」

 それは、俺の正直な気持ちだった。

「そう……。あなたはああいう子が、好きなのね」
「だから。どういう意味で聞いてるのかは知らんけど、俺は別に……」
「いいのよ。それでいいのだから」

 黎は微笑む。

「だから、お願いしたいの」
「俺にか?」
「……あの子のね、刻印を解いて欲しいの」

 ――刻印を?
 俺は困ったように頭を掻いた。

「確かにあれをしたのは俺だけどさ。だからといって解けるかっていうと、そう簡単じゃないんだよ。有り体に言えば、俺じゃ不可能なんだ」

 茜でさえ、できるとは言わなかった。なのに俺にできるはずもない。

「けれど、移動はできるはず」
「移動って」
「この刻印はね。本来一つしか存在できないものなのよ。そしてその今の支配者は、あなた。あなたが誰かに刻み付ければ、過去の刻印は消えてしまう。この刻印――紋章による支配力は、一つの対象物にしか及ばないから」
「あの刻印のこと、知ってるのか?」

 驚いて、聞き返す。

「少しはね。あれはディーネスカの紋章。家紋なのよ」


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