終ノ刻印 第二章 最強の王編 第77話
/真斗
「目が覚めたのか」
枕元で、声がする。
落ち着いた声は茜に似ていたが、もっと静かな声。
「――時間は!?」
ベッドから身を起こすなり、俺は時計を捜した。
いったいどれほど眠ってしまったのかと思い、慌てる。
「昼を過ぎたところだ」
俺が時計を見やると同時に、答えがあった。
時計の針は、一時を過ぎたところだ。
どうやらずいぶん眠ってしまっていたらしい。
「……っと」
飛び起きようとして、ハッとなる。
一体誰だと思って見返せば、さも当然のように、エクセリアの姿があった。
「お前……?」
昨夜のことを思い出す。
事務所へ向かおうとして、エクセリアに出会い、その間に事務所で異変があった。
駆けつけてみれば黎は重傷を負っており、由羅の姿も無かった。
騒ぎになるということで、一旦場所を変え、黎の手当てをして。
これには所長とエクセリアのおかげで、黎は一命を取り留めることができた。
黎の身体はとても脆いらしく、少しの傷が命を脅かしてしまう。だが反対に傷などの修繕に関しては、普通の人よりも簡単に行えるのだという。
問題は黎を生かすためのエネルギー――つまり生気が必要だということだった。
それを失えば、いかに傷が治っても死んでしまう。あの時どうしても必要だった生気を、俺と所長、そして騒ぎを聞いてかけつけてきた東堂さんから少しずつ提供し、持ち直すことができたのである。
複雑な状況ではあったが、東堂さんには所長がうまく説明してくれたらしい。
俺はというと、黎にエクセリアを介して生気を提供したところで、意識を失ってしまったのである。
そこまでの量を提供したわけではないというのに、どうしてだか俺だけが耐えられなかった。
それからのことは何も覚えてはいないが、今のこの状況を見るに、所長かエクセリアかが俺をここまで連れてきてくれたのだろう。
そして、今まで眠ってしまっていたというわけか。
「……そなたは未だ肉体に依存している。体力を失えば、精神もそれにつられて眠りに落ちるのは道理。気づいていないのかもしれないが、そなたは疲れすぎている」
「疲れてるって、そりゃあ少しはそうかもしれねえけど」
「自覚が無いようだから言っておこう。そなたは一昨日からずっと、黎に生気を提供し続けていたのだ。黎は他者から生気を摂取する以外に、得ることができない。そのため大勢の人の中に赴き、微量ながらも不特定多数の人間から生気を集めていた。それが、一昨日」
一昨日って……ああ、そうか。
俺は黎と一緒に京都を回った。
あれにはそういう目的があったのだ。
「黎が行っていた方法では、対象を限定できない。そのため、ずっと傍にあったそなたは、その影響を受け続け、知らずのうちに生気を提供していたのだ」
「……なるほどな」
思い出せば、違和感はあった。
鳥居の中の階段を上っていた時、どうしてあんなにも疲れるのだろうと思っていたのだが、原因はそれだったというわけか。
「だから、眠りは必要だった。そなたの場合、黎とは違って、眠ることでも体力を回復させることが……」
言いかけていたエクセリアが、言葉を止めた。
そしてこちらをまじまじと見返す。
どうやら俺が、少し驚いたような顔をしているのに気づいたらしい。
「どうか、したのか?」
「いや……何か気を遣ってもらってるような気がしてさ」
昨日ぶったおれてしまった俺が、自分を情けないと思っていることを、まるで見越したかのような発言に聞こえた。
まるで、慰めてでももらっているような……。
「ただ事実を告げただけだ。他意はない」
「そっか」
まあいい。
「それで黎は無事なんだろうな?」
「回復していると思う。今回ばかりは私も力を使った。私の認識力ならば、人一人の生気を〝捏造〟することなど、そう難しいことではない。あまり、そういうことはしたくはないが」
よく分からんけど、とにかく黎は大丈夫らしい。
一時はどうなるかと思ったから、少し安心する。
「じゃあ……由羅はどうしたんだ?」
それを聞こうとしたところで。
携帯の音が鳴った。
着信を見れば、所長からだ。
出ないわけにはいかない。
「もしもし」
『真斗か。さすがにもう起きてたな』
「ほんの今だよ」
『ならちょうどいい。事務所の方も何とか落ち着かせたから、来れるようだったら来い。こっそり裏口からな』
落ち着いたって……ああ、そうか。
確か盛大にぶっ壊されて……。
『ちょっと厄介なことになっててな。黎君どころか、茜君のことでもお前に言っておかないとならんことがある』
「茜って――おい所長!? あいつも何か……!?」
昨夜は動揺していて思いもしなかったが、あれだけの騒ぎになったにも関わらず、茜は姿を現さなかった。
何かあったのだ……!
『いいから来い。話はそれからだ』
「……わかった」
頷き、電話を切る。
「今から所長のとこに行く。お前も来て欲しい」
その言葉に、エクセリアは小さく頷いた。
◇
「……よく戻ってこれたよな」
言われた通りに裏口から何とか事務所に入った俺は、所長に向かって少し呆れたように言った。
昨日あれだけの爆発があったのだ。当然のごとく、警察沙汰になったのは間違いない。
しかし昨日の今日で、壊れた場所には立ち入り禁止の黄色いテープが張られていたが、もう警察の姿などはどこには見えない。
普通、もう少しは現場検証やら何やらで警察がいて、いくら住人とはいえ簡単に帰ってこれないもののはずなのだが。
「元々今回のことは、府警から内密に回してきたことに関わることだからな。おれはあっちには多少顔がきくし、原因はわかってるってことで、早々に帰ってもらったんだよ。もっとも、少しは上の連中の圧力にも頼りはしたがな」
「揉み消す……ってやつか。けどマスコミとかは、そう簡単に黙ったりはしないだろ?」
「ガス爆発、ってことになってる。事故だな。それに、もっとでかい事件が起こったせいで、みんなそっちに行ってるよ。警察もマスコミも、忙しいってわけだ」
「でかい事件……?」
俺は首を傾げる。
「何だ。お前は当事者だろうが。少なくとも一昨日のことに関しては」
「山が吹っ飛んだ奴か?」
「それもある」
それもって……。
「――茜のことと、関係あるのか」
「まあ、そうだ」
歯切れ悪く、所長は頷いた。
「とりあえず座れ。そっちのお嬢さんも」
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