終ノ刻印 第二章 最強の王編 第75話
/真斗
夜になり、俺は自分のマンションを出た。
今夜。
茜の知り合いが、由羅をみてくれるというのだ。
わざわざ茜が教えてくれたのだし、俺が同席させてもらっても問題はないだろう。
そう思い、事務所の方へと向かう。
そこへ。
「真斗」
不意に、誰かが俺を呼び止めた。
「――お前か」
俺の視線の先には、小さな人影が生まれ出している。
空間から現れたそいつは、エクセリアに間違い無い。
この脈絡の無い現れ方にはいい加減驚かなくなったが、それにしたって夜にいきなりやられると、さすがに少しは怖い。
文句の一つでも言ってやろうと思ったが、口から出たのは別の言葉だった。
「お前、大丈夫なのか」
エクセリアは頷く。
「今は安定している」
「そりゃ良かったけど。でもあの時どーしてぶっ倒れたんだ?」
伏せ目がちになるエクセリア。そのまま、小さく口を動かした。
「我々は、精神が弱い……。一時の感情、混乱で、容易く思考が停止することもある。発狂しないための、一種のブレーカーのようなものだ」
発狂って。
「あの時お前、そんなに……?」
思い詰めていたのだろうか。
「大したことではなかったのかもしれない。しかし私の精神は小さく、幼い。ゆえに遮断値も低いのだろう。……そなたには迷惑をかけた」
「……謝ってもらっても困るけどさ」
俺は少々戸惑いながら、頭を掻いた。
「……それで? それだけを言いに?」
「いや」
ゆっくりと、エクセリアはかぶりを振る。
「そなたに、願いがある」
願い?
「ユラスティーグ……由羅のことだ」
「……あいつがどうしたっていうんだ?」
「あの者に刺さったアルレシアル――あの剣を、私に引き抜かせて欲しい」
「――な」
「そなた……九曜茜が、死神に協力を求めたことは知っている。あの者ならば、容易であろう。だが……できることならば、私にさせて欲しい」
「お前……?」
真っ白になりかけていた思考を、俺は何とか元に戻そうと努めた。
剣を引き抜く。
つまり由羅の封印を解くことのできる奴がいる。
その一人が、エクセリアだと。
「できるのか……!?」
「あれは、私の妹の為したもの。同等の存在である私ならば、引き抜くことも可能だ。何より私が一度抜いているからこそ、ああしてあの者は存在していた」
……言われてみれば、そうだ。
「けどどうしてお前が? だってお前は……」
エクセリアの目的は、自身から一度聞いている。
由羅はもちろん黎までも、その存在を認めたくないということを。
そのために、二人とも処分するつもりだったはず。
「今更のように気がついた、私の我侭だ。……私はもう、誰も失いたくない……」
そう告げるエクセリアの顔は、まるで昨日見せた時のような表情だった。
今にも泣き出しそうな……。
「感謝、すべきなんだろうかな」
正直に、嬉しく思った。
たぶん、今回のごたごたした中では――一番に。
「あの二人のことも、私から話してみようと思う。そなたの望みは、私の望みと同一であるから」
「なんか、昨日とは正反対のことを言ってるな」
「――そうだな。すまぬ」
「謝ることでもないだろ。別に、嘘ついてたわけでもないんだしさ」
エクセリアが悩んでいたのは、昨日の姿を見れば分かる。
あの後、新しい答えが出たというだけのことだろう。
「けどさ。またわざわざどうして俺なんかに言いにきたんだよ?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「……恐らくこの後も、私は悩み続ける」
真っ直ぐにこちらを見て、エクセリアは言う。
「さまざまなことを。そうなった時に、助けになるものが欲しい」
「――それが俺ってか。けどどうして俺なんだ? 黎や由羅とか、妹だっているんだろ?」
「いる。しかし答えはくれぬだろう。誰もが皆、私には優しすぎるから」
「なんだ。俺は優しくないってか?」
エクセリアはこくりと頷き、そして首を横に振った。
何なんだよ、それは。
「そなたやアルティージェのような存在がいると、私に疑問を覚えさせる。それは、家族では為せぬことなのだと思う」
「……なるほどな」
あまりに近しいものでは駄目ってことか。
まあそういうこともあるかもしれない。
「だからそなたには、存在としてあり続けて欲しい。それが、そなたが私に尋ねたことへの答えでいいだろうか」
尋ねたことへのって……。
言われて、思い出す。
黎に託しておいたやつだ。
この後俺を、どうする気なのかっていう。
「つまり……まだ生きていられるってことだな」
――そうか。
肩の力が抜けるのを感じる。
俺は俺で、思っていた以上にこのことに対して緊張していたということか。
あまり考えないようにしていたけど、やはりずっと気になっていたのだ。
「……ほっとした」
「そなたには迷惑をかけた」
「まったくだ」
――まだ色々と解決したわけではないが、少し先が明るくなってきたような気がする。
俺一人じゃ駄目かもしれないが、エクセリアの協力があれば、あの二人のこともあるいは――と思わせてくれる。
と、ふと思い出す。
「そういやさ。お前らって本当に家族なんだなって、朝見てて思ったよ」
「……朝?」
「ああ。お前、黎に子守唄を歌ってもらって、寝てただろ? あの様子がさ。お前はずいぶん無防備になってるし、黎は黎でえらく優しい顔になってたし。それに何ていうか、自然な感じがしたからさ」
「自然、か」
しみじみと、エクセリアはその言葉を噛み締める。
「確かに、心地の良いものだと思う。とても懐かしいものを感じた。私はきっと、得られるかもしれぬものを、得ようとしなかったのだろう……」
エクセリアがそうつぶやいた――その時だった。
ズンッ、と鈍い振動が響く。
「何だ……?」
その振動に、俺は反射的に周囲を見渡した。
近い。
この振動の源は。
「――――」
エクセリアが、振り返る。
その視線の先は――
「まさか!?」
和んだ空気が一気に払拭された。
嫌な予感が全身を伝う。
俺はわき目もふらず、ただ事務所へと向かって駆けた。
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